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ともに夢見るかぐや姫  作者: 津島 誠
3/3

世界を自力で歩む者、世界を他力で歩む者 ver.1.2

 2人の向かった先は、変哲も無い3階建てのアパートだった。少し特徴があるとするのならば、玄関の扉に付いたランプだろうか。天井に灯りは設置されておらず、扉に吊り下げられた球状のランプだけが目の頼りとなる。

 このアパートに近づくにつれて街灯が減っていったのも事実。かぐやは聞いた道順の通りに移動しながらも、辺りの暗さと静けさに思わず道を疑ってしまった。弱ったカケルに何度も確認を取って進んだかぐやだったが、薄暗い路地を右に曲がり突然現れたその光景に言葉を失う。

 アパートの各部屋のランプが各階で直線を成し、見事な3直線を描いていた。日頃から見慣れているカケルにとっては日常の光景であるが、22時を回った薄気味悪い夜道を初めて通って来たかぐやは違う。突然暗闇に浮かんだ灯りに驚き、安堵した。


 安堵感に浸りその場で一旦休憩したかぐやであったが、更なる疲労回復のために部屋を目指して歩き出す。

 煤まみれの頰に汗が滴るのを感じつつ、かぐやは階段を進んだ。カケルも大分回復した様子で、彼女が右肩を貸してくれていることに感謝を述べ、2人掛かりで上った。

 カケルの話によれば彼の部屋は3階の1番奥にあるらしい。よりによって最も苦労する場所にあった。


 階段を進みながらかぐやは遠くにうっすらと見える炎に気がついた。2人が避難し始めてすぐ雨が上がったこともあり、森林を飲み込む炎はまだまだ健在だった。

 あの炎の原因が自分にあることもあり、すぐに視線を逸らし部屋に辿り着くことに専念しようとする。そもそも自分という存在の記憶がほとんど残っていないのだ。悩み始めたらきりがない。

 自分という存在を確認するためにも助けが必要である。自分が肩を貸すように、悩みに寄り添い一緒に進んでくれることを、密かにカケルに期待したのだった。


 そんなこんなで煤と汗の塊2人組がようやく玄関前に到着した。

 ランプは近くで見てみると、暗闇に浮かぶ人魂のようで少し怖い。そんなことを考えているのかかぐやは光の球をじっと瞬きせずに見入っていた。

 一方でカケルはポケットから大事そうに携帯を取り出す。画面を扉の取っ手当てると、ピーッといった音とともに取っ手が緑に光って解錠された。

 かぐやの反応が気になるカケルだったが、あいにく彼女はランプを見つめたままだった。


「いつまで見てんだ? 先入るぞ」


「っ! ごめん、ぼーっとしてたみたい」

 疲れのせいかかすれ気味の声で伝えるカケルの声で我に帰り、かぐやもカケルに続いて玄関に入る。


「おじゃまします。しばらくの間お世話になります。」

 扉を閉めると家の人への配慮を忘れずにかぐやは呟く。

 しかしその必要はないようで、一足先に上がって明かりをつけて回ったカケルが言う。

「ここは俺の1人暮らしだよ」


 中学生の1人暮らし。それは聞き逃せない。


「ご両親は他の場所に住んでるの? 」

 思わず気になってしまうかぐや。中学生で1人暮らしとはなんとも羨ましい。自分の親の記憶すらない彼女であるが、生活を自立することに興味の湧く年頃なのは間違いない。もしかしたらカケルは親元を離れて生活を営むほどの才能の持ち主かもしれない。そう考えると急にカケルが大人っぽく見えるのだった。


 しかしカケルの返答は予想を大きく超えた残酷なものだった。


「両親は俺が小2の頃に事故で亡くなったよ」


 さらっと言うカケルはもう慣れたといった様子だ。


「無神経なこと言ってごめん……」


「別に大丈夫だ。もう言い慣れてる。飯用意しておくから先シャワー浴びてくれ」


 平静を装っているだけで、やっぱり内心は傷ついているのではないか。かぐやは自分の配慮の至らなさを後悔する。それと同時に少し心配にも思うのだ。小学2年生で両親を亡くし、それからずっと1人で……。自分も記憶を無くした身であるが、辛い悲しい記憶を抱えながらそれでも1人で生きてきた彼を思うと、自分以上に過酷な道を歩んできたように思える。対して自分はすぐに他力本願だ。

 彼の背中を見ると、また違ったニュアンスで大人に感じたのだった。


 かぐやにシャワーを譲り遠ざかるカケルもまた、全身に煤を被っていた。

 薄汚れた顔に疲労が現れている。それは今回の騒動にとどまらない苦労のせいであった。

 身体のあちこちを黒に蝕まれたその姿は、偶然にも今の彼の心中を示しているようで、彼はまた同じように現実から背を背けるのだった。


※ ※


 簡素な風呂場で体を清めたかぐや。カケルの影響か、湯に浸りながら自分の今後を考えていた。

 真剣に自分と向き合って思い巡らせたまま、ドアを開けた。そして気づいた。

 タオルが無い。それどころか服も無い。


 考え事のせいで、入浴後のことを考えないまま服を脱いでいたことに今更気づく。さっきまで着ていた服は汚れていてすぐ洗濯機に入れてしまった。自ら窮地に陥るとは失態である。ましてや若い男女2人っきりの家の中でこの状況とは色々と危うい。

 とりあえずブザーで呼ぼうとボタンを探すが、簡素過ぎてそんなものは無かった。

 仕方無く上半身を乗り出し声をかけようとする。しかし、あいにく風呂場の先に脱衣所兼手洗い場、その先がちょうどキッチンだった。更にそこにはカケルが立っていて、音に気づいてこちらを見ていた。


「タオルと服ッ! 」

 そう叫んで力任せにドアを閉めるかぐやであった。


 カケルも夕食のことで頭がいっぱいで、かぐやの服のことをすっかり忘れていた。使い古されたタンスを開き、彼女が着れる服を急いで探した。


 服置いといたというカケルの声が聞こえ、かぐやはドアを開ける。ドアのすぐ横に折りたたまれた服とタオルが置かれたいた。

 タオルに身を包み、用意された服を確認する。サイズの合わなそうなダボダボの体操服上下、気休め用とでも言いたげな男物のパンツ。カケルへの独り立ちの尊敬の念が消滅し、女子にダボダボ体操服を着せる変態像だけが頭に残った。

 しかし、出された以上これを着るしかない。嫌々着ると文句を言うためにリビングに向かった。


 リビングには既に食事が用意されていた。食事といってもこれまた簡素な物で、ご飯・納豆・味噌汁・ほうれん草のおひたしだった。それでも疲れきったかぐやにとってはご馳走である。一瞬体操服の怒りも忘れて目を輝かせた。

 よく見れば食事とともに書き置きがされている。見てみると「ごめん服探したけどそれが限界だった。食事用意したから許してね。」と書いていた。

 書き置きを読み終わると同時に廊下を誰かが疾走する。警戒を怠っていたかぐやはしまったと振り返るがもう遅い。カケルが猛ダッシュで風呂に突撃し、まんまとかぐやの追及を逃れたのだった。一杯食わされたと悔しがるも、かぐやは風呂から出てきたら問いただすことを決心し、それまでの間食事を堪能したのだった。


※ ※


 体操服裁判の結果、被告人は自身のベッドを被害者に譲渡し、リビングで就寝することとなった。


 かぐやは寝る前にしっかり部屋の鍵を閉め、変態の襲来を警戒しながら部屋の電気を消した。

 カケルは狭いソファーに横になり、首を置く位置を探りながら電気を消した。


 1時間が経った。2人ともまだ眠りについていなかった。


 日常とは遠い今日の出来事を、それぞれで噛み締めていた。


 カケルはかぐやの「月から来た」という発言が気になっていた。それは決してありえないことだと理解していたが、もしも本当に月の世界があるのならばこの世界から逃げて訪れたい。その発言の真意が気になって、かぐやという不思議な存在が気になって眠れなかった。

 かぐやはこの世界が気になった。自分自身の記憶は無いけれども、どんな世界だったかは覚えている。この世界は自分が知っている世界と同じようで、少し違うように感じるのだ。また、辛い記憶を抱えているようなカケルという存在が、その生き方が気になって眠れなかった。


 お互い胸に疑問を抱きながら眠りについた。

 今回の騒動で心身ともに疲労困憊の2人を見守りながら、夜は更ける。

 夜空が消え陽が頭を出し、新たな1日が始まる。

 窮屈な日常は過去となり、2人を中心に世界が変わる、そんな日々の始まりである。

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