健康法
翌朝、ソフィーは混乱していた
昨日あの後、どうやって部屋に帰ってきたのかの記憶がない。
自分の足でここまで歩いてきたかも覚えていない。
あれ?ご飯は食べたっけ?
もしや記憶喪失になってしまったのでは?
「ここはどこ?私は誰?」
「……。お嬢様」
「あぁ、アビーの幻聴が聞こえてくる」
「私の声が幻聴ならこのゴーヤは幻なので食べられますね。はい、口を開けてください」
「本物ね。うん、本物のアビーだわ」
目の前に極厚に切られたゴーヤの塩漬けが差し出されるとソフィーの思考はいっきに現実へと引き戻された。
「お嬢様、そろそろ王妃様にご挨拶に伺う時間です」
「そうね、行きましょうか」
ソフィーはそう言って足早に部屋を出ると、廊下にはすでに王妃付きのメイドが待機しており、案内してくれる。
案内された先は昨日と同じ王妃の部屋だった。
メイドが軽くノックをすると、すぐに中から返事が来たので、昨日のように部屋へ入ると王妃は「優雅な毛玉」となっていた。
……我ながら迷言であることは自覚している。
だが、この状況は誰が見ても同じことを言うだろう。
王妃は頭から毛布を被り、足にもしっかりと毛布が巻きつけられ、手は毛布の中から出ていない。それなのに優雅な雰囲気を纏っているこの状況はやはり「優雅な毛玉」が一番しっくりくるのだ。
ソフィーは自分の中の混乱を顔に出すことなく、抑えると笑顔を作りドレスの裾を持ち上げて挨拶をした。
「おはようございます。王妃様。昨晩は泊めていただきありがとうございました。」
「おはよう、ソフィーちゃん。お礼なんていいのに、またいつでも遊びに来て。」
「ありがとうございます」
ソフィーが視線を上げると、目の前には毛玉。どうしても目が行ってしまう。
それに気づいた王妃はフフッと笑った。
「ごめんなさいね。こんな格好で。毛玉見たいだと思ったでしょう?」
思っていたことを言い当てられて内心焦りながらソフィーが慌てて否定しようとすると
「別に責めているわけじゃないのよ?昔、マリーにそう言われたからそうなんだろうなって思っただけで」
そう言って王妃は笑った。
ソフィーは心のなかで「お母様!」と頭を抱えたが、
王妃が機嫌を損ねたわけではないと分かり、ソフィーがホッと胸を撫でおろしすと、王妃は眉根を寄せて困った顔をした。
「別に好きでこんな格好してるわけじゃないのよ?ただ、朝って寒くてこうやって体を温めてからでないと動けないのよ」
そう言われてソフィーは昨日の王妃の格好を思い出すと、確かに王妃は手袋をつけて長袖のドレスに肩掛け、ひざ掛けをしていた。
もしかしなくても極度の冷え性なのだろう。
王妃は病弱だとアレクも言っていたし、昔からよく寝込んでいたとすると、筋肉の量も普通の女性よりも少なく、そのせいで血のめぐりが悪くなり冷え性に繋がっていることも考えられる。
ソフィーはそこまで考えると、良いことを思いついたのだった。
「王妃様、私、そのお悩みを少しなら解決できるかもしれません」
「あら?本当?」
「はい、そこでお願いがございまして。私にお台所をお貸しいただけませんでしょうか?」
ソフィーの言葉に首を傾げながらも王妃は快く、許可を出してくれたのだった。
ソフィーは城の台所に行くと、昨日王妃に手土産として持ってきたチョコレートを湯煎で溶かし、そこに温かいミルクとはちみつを加えてホットチョコレートを作った。
そして最後にアビーに持たせていた瓶から粉を一つまみ入れて混ぜたら出来上がりだ。
ソフィーはそれを王妃の元へと慎重に運んだのだった。
既に毒見を済ませたそれを王妃の前に差し出すと、王妃は顔をほころばせながら毛布の中から手を出した。
「まぁ、ホットチョコレートね。私、これ好きなのよ」
そう言ってカップに口を付けると、王妃の鼻に独特の香りが広がった。
「これは、ジンジャーが入っているのかしら?美味しいわねぇ」
そう言って王妃はもう一口飲んだがそこで首を傾げる。
「でも、ジンジャーなら私も冷えに効くって聞いて試したことあるけどダメだったのよ」
「このジンジャーはよく使われている物と少し違うのです」
「そうなの?」
「はい、このジンジャーは乾燥させる前に一度熱を通してあるのです」
王妃はまたも首を傾げる。
「熱を通すと何か違うの?」
「はい、一度加熱してから乾燥させた生姜は生のまま乾燥させた生姜と比べて体を温める効果が高いとされています。その他にも代謝をアップさせることで美肌効果やダイエット効果などが期待できます」
ソフィが一通りの説明を終えると、王妃はニコニコとしながら「本当に、いつもよりもポカポカしてきた気がするわ」
そう言って王妃はまたカップへと口を付け、飲み終わるころには王妃の毛布が全て取れて毛玉ではなくなっていた。
「本当に、ポカポカしてるわね。一時間立たずに毛布を取れたのなんて久しぶりだわ。ありがとう、ソフィーちゃん」
そう言って伸びをする王妃の顔はほんのりと色づいていた。
「他に体を温める方法はあるかしら?」
王妃が期待に目を輝かせている。
ソフィーは今までの知識を必死でかき集めた。
「体を温めるのでしたら、湯につかって半身浴をすると血の巡りが良くなりますし、運動をして筋肉をつけると、代謝がアップするのでいいかと思います」
ソフィーがそう答えると、王妃は更に目を輝かせた。
「運動って言うのはお散歩とかで良いのかしら?お散歩ならお医者様が仰るから毎日庭を歩いてはいるんだけど、最近飽きてきちゃったのよ」
「最初はお散歩で良いと思います。飽きてしまわれたのは…、うーん。コースを変えるとか……。あっ、アレク様や王様に会いに行くなんてどうでしょう?」
「会いに?聞けばすぐに見つかるわよ?」
「聞かずに探し回ればいつの間にかたくさん歩いていたりしますし、宝さがしみたいで楽しいですよ」
「そうねぇ、いつも二人には私の部屋に来てもらってるし、たまには私から行くのもよさそうね。じゃあ早速探しに行きましょ!」
「えぇ!私もですか!?」
「そうよ。ついでにお城の中を案内してあげるわ」
王妃はそう言ってソフィーの手を取り、二人で城の中を歩き回ったのだった。
王は執務室ですぐに見つかったが、アレク様は動き回っているらしくなかなか見つけることができなかった。
最後にはソフィーが諦めて使用人に場所を聞こうと提案をしても王妃は負けず嫌いなのか首を縦には振らず、日が落ちかかった所でようやくアレク様を見つけたのだった。
アレク様を見つけた時、王妃様は子供の様な無邪気な顔で笑っていた。
ソフィーは普段ダイエットのために運動している時よりも疲れたが、王妃の笑う顔を見て自然と笑顔がこぼれていた。
お散歩がひと段落し、ソフィーが帰ることを伝えると、アレク様が見送りに来てくれることになった。
王妃は、二人を見て目を細めて笑いながら「私は疲れたから部屋に戻るわね」と言って帰ってしまった。
「ソフィー。今日はありがとうございました」
「い、いえ。むしろこんな遅くまでお邪魔してしまって、ご迷惑をおかけしてしまい」
二人きりになったことで昨日の夜の事がフラッシュバックしたソフィーの話し方は少し他人行儀になってしまっている。
アレクはそんなソフィーを見て少し意地の悪い笑顔を浮かべた。
「ソフィー、もしかして少し太りました?」
「えぇっ!!そ、そんなことはありませんよ!……ないと……。あれ、でも昨日何食べたか覚えてない、でも、今日のお昼は……」
ソフィーが真面目な顔で今日食べたものを思い返していると、アレクはクスリと笑った。
「すみません、嘘です」
「う、え?嘘ですか?」
「はい、ソフィーがあまりにも昨日の事を気にしているようだったのでついからかっただけです。今日もいつもと変わらず、綺麗ですよ」
「きれ、いつも?えっと、……」
あまり褒められたことのないソフィーはアレクの言葉にどう反応したらいいのか分からず、顔を真っ赤にして困っていると、馬車の場所へと着いてしまった。
ちゃっかりお城探検から逃れたアビーは馬車の横で待機しており、荷物も全て積まれていた。
「残念ですが、引き留めてしまうとマクリーン家の方に怒られそうなので今日はこれで。また近々遊びにいきますね」
「はい」
ソフィーはコクリと頷くと、混乱した思考のまま馬車に乗り込み、笑顔で手を振るアレクに手を振り返して家路についたのだった。
その夜、ソフィーは家に帰ると「どうゆうこと?え?そう言うこと?」と意味不明な言葉を呟いて秘蔵のおかしなタイトルの本を夜遅くまで読んでいるのをお母様に発見され、怒られたとか。
このお話に出てきた生姜パウダー、冷え性の方におすすめです。
80℃生姜で検索するとレシピが出てきますので気になった方はどうぞ。
少量で結構効きました。
追記:7月10日。1日に大量に接種すると体に悪いので、少量を継続して接種してください。