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第四話 元勇者の名は――

 金髪ツインテールの幼女が無邪気な笑顔で声を上げる。


「おい、雑魚!」


「……雑魚って言われたの久しぶりだなぁ」


 おかしい、顔は愛らしいのに発言がうんこだった。クソ生意気な幼女である。


「わらわは足が疲れたぞ?」


「はいはい、マッサージすればいいのか?」


 ワンピースの裾から伸びる太ももを握ると、彼女は恥ずかしそうに顔を赤くした。


「ひゃぅん!? あ、阿呆がっ。マッサージではない、わらわを抱っこしろって意味なのだ!」


 立っているのに疲れたから、抱っこしてほしいということか。


「さっきまであんなに俺を怖がってたのに、抱っこされても平気なのか?」


「無論! そなた程度の雑魚に怯える必要などないわっ」


「なるほど」


 ノエルはかなり調子に乗っているようだ。完璧に俺を下等生物と認識したらしい。

 流石に舐められすぎてる気がする。やっぱり決闘で負けなかった方が良かったかなぁ……? 


 まぁ、いい。とりあえず俺には住むところが必要なのだから、今は彼女の言う通りにしておこう。そしてタイミングが来たらこのクソ生意気な幼女に逆襲してやる。


「はいはい、だっこしまーす」


「ふふんっ。それで良いのだ!」


 ひょいっと担ぎ上げる。ノエルは満足そうに息を吐きながらぎゅっとしがみついてきた。俺の首元に回された腕からは高めの体温が伝わってくる。漂ってくる甘い匂いも、幼児特有のものだった。


 やっぱりノエルは子供だ。魔王だなんて信じられないほどに、幼い少女でしかなかった。

 こんな子が魔王を自称しているのには、何か事情があるのだろう。後でツキノから色々聞いておかないと。


「お二人が仲良くなってくれて良かったです」


 ツキノから見ると俺たちの関係は良好に見えるらしい。実際は俺が一方的に見下されてるように思えるのだが、それはそれでいっか。


 魔王であるノエルから俺はきちんと滞在の許可を取ったのである。これでツキノとの約束は果たしたことになるので、おっぱいも触らせてくれる……はず!


「そなたは乗り心地が悪いなっ。もっとふくよかになればいいものを……筋肉がゴツゴツしてておしりが痛いのだっ」


「……ごめんな、ゴツゴツしてて」


「まったくだぞ。反省するがいい。ツキノくらいぷにぷにだったら良かったのに」


 後でご褒美があると分かっていれば、このクソ生意気な幼女の言葉にも怒らずにいられそうだ。


「さて……そろそろご飯にしましょうか」


「ご飯!? やった!!」


 ツキノの一言に、ノエルは破顔して足をバタバタさせた。かかとが鳩尾に当たってて普通に痛いんだけど、この子は配慮って言葉を知らないのだろうか。


「ご主人様の分もご用意します。遠慮なくお食べ下さい」


「悪いな。その分後で働くから、今夜は甘えさせてもらう」


 ノエルと違ってツキノは配慮という言葉を知っているらしい。突然の来客で対応はたいへんだろうが

、今晩はごちそうになっておこう。


「ダイニングルームにお食事を用意します。こちらへどうぞ」


 ノエルを抱きかかえながら、ツキノの後ろをついていく。屋敷の内部は小まめに掃除されているのか、とても綺麗だった。ただ、備品の一つ一つがとても古いが……住み心地は悪くなさそうなので、別に気にしなくていっか。


「ごしゅじんさま? 勇者、そなたはツキノに『ごしゅじんさま』って呼ばれてるのか? そなたの名前は勇者なのに?」


 歩きながら、俺にしがみつくノエルが不思議そうに首を傾げる。ツキノが俺のことをどうして『ご主人様』と呼んでいるのか理解できてないみたいだ。


 えっと……正直、俺もよく分かってないから聞かれても困るんだよなぁ。


「まぁ、俺の魂が『ご主人様』っぽいんじゃないか? ほら、とても威厳があるだろ?」


「フハハハハ! そなたは面白いことを言うのだなっ」


 えぇ……別に冗談で言ったつもりなかったのに、ノエルは爆笑していた。どうやら俺に威厳はなかったらしい。


 とにかく、俺はもう勇者ではなくなったわけである。ノエルから『勇者』と呼ばれるのも、なんだか少し違和感があった。


「……俺はもう勇者じゃないからな」


「え? そなた、勇者じゃなかったら何なのだ?」


「分からん。俺は一体何者なんだろうな」


 勇者じゃなくなった自分が何者なのか、俺にその答えは分かっていない。自分の存在意義が曖昧だった。


「むぅ……そなたは勇者じゃないのだな。だったらなんて呼べばいいのだ?」


「名前も分からないんだよなぁ。好きに呼んでいいぞ」


「ほう? だったら……ポチ! そなたは今日から『ポチ』だっ」


 おっと。ノエルは俺のことを本格的にペット扱いするつもりみたいだ。ポチとは、ペットに定番の名前である。まさか幼女相手にポチと呼ばれる日が来るなんて……人生、何があるか分かんないな。


「えへへっ。ポチ、おて!」


「はいはい」


 ちっちゃな手が差し出されたので、その手を軽く握りしめてあげる。そうすると彼女は嬉しそうに破顔した。


「いい子だっ。わらわの言うことをきちんと聞くのだぞ? 良いな、ポチ?」


 生意気だし、礼儀を知らないし、偉そうな幼女である。

 でも、笑った顔は愛らしかった。この子の隣に居るのも、案外楽しそうである――

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