第二話 魔王様は幼女様
「ツキノと申します」
魔王城へ向かう道中、唐突に彼女はそう呟いた。
「……ツキノ?」
「私の名前です。みんなからはそう呼ばれております」
淡い月光を浴びながら、彼女はこちらを振り返る。メイド服のスカートがふわりと翻った
ふと、目を奪われる。彼女――ツキノを久しぶりに見て、やっぱり彼女が美しいなと思った。
そういえば、前回会った時もその美貌に驚かされたっけ。
首元で揃えられた艶のある黒髪。鏡のように景色を反射する澄んだ黒目。月光を反射していると見紛うほどに綺麗な純白の肌。そして、その身にまとっているのはメイド服である。短めのスカート丈から除く太ももは艶めかしいが、何より膨らんだ胸元がエロい。ツキノはかなり魅力的な魔族である。
人間の女性と比較しても、彼女と肩を並べられる者はほとんどいないだろう。そんな彼女に真っすぐ見つめられて、少し狼狽えてしまった。
「勇者……あなたのお名前は?」
「え!? お、俺の名前!?」
「……? はい、お名前を教えてほしいのです。勇者と呼ぶのは、感情的に少し難しいので」
魔族にとって『勇者』とは忌むべき存在だ。その名を口にするたびにツキノは複雑そうな顔をする。できるなら勇者と言いたくないらしい。
でもなぁ……
「名前か……うーん、覚えてないんだよなぁ。物心ついた時から勇者って呼ばれてたし、たぶん名前もあるんだろうけど、まったく使わないから忘れた」
「……人間にも複雑な事情があるようですね」
ツキノはどこか同情するような目で俺を見ている。本当の名前すら呼ばれることなく、ただ『勇者』としての存在価値しか認められていなかった俺の境遇を案じてくれたのかもしれない。意外と優しい奴らしい。
「それでは、『ご主人様』とお呼びしますね」
「いやいや、なんでだよっ。俺はいつからお前のご主人様になったんだよ……」
「私は魔王城で働くメイドです。あなたは魔王城の客人になるであろうお方なので、間違ってはないでしょう」
間違っては……ないのか? 論理がよく分からんが、まぁ彼女がそう呼びたいのなら好きにさせておこう。こんな美人にご主人様って呼ばれるのも悪くないというか、うん。最高だ。
「じゃあ俺はお前のご主人様になってやるか。おい、その無駄にでかいおっぱいを触らせろ。ご主人様の命令だ」
せっかくご主人様になれたので、ずっと行ってみたかったた言葉を口にしてみる。勇者だった頃は模範的でなければなかったので絶対に言えなかったセリフだが、今の俺は何者でもないので余裕だった。
「大丈夫だ、触っても減らない。むしろ更に増えるかもしれないぞ?」
「…………」
俺の言葉に、ツキノは目を細める。少し嫌そうにしていたが、逆にそれが良かった。ヤバい、セクハラ発言するの結構楽しい。
「ご主人様は、スケベなのですね」
「うん。否定はできない」
「左様ですか。こんな脂肪の塊に触れたがる理由が私には理解できませんが……そうですね。触りたいと言うのなら、触っても良いです」
「いいの!?」
まさかの肯定! すぐに大きなおっぱいに手を伸ばしかけたが、その前に彼女がこんなことを言った。
「ただし、魔王様があなたの魔界滞在を認めたらの話です。もし魔王様が生存を許さなければ、この体を触らせてあげませんので」
「……なるほど」
残念ながら条件付きのようだった。相変わらずツキノが何を考えてるのかはよく分かってないが、彼女がそう言うのなら黙って受け入れるとしよう。
「分かった、魔王に命乞いすればいいんだなっ。媚びるのは得意だ、任せろ!」
「嫌な特技ですね」
勇者だった頃、俺は王族に媚びて生きていた。だって、勇者とは要するに傭兵なのである。雇い主の王族から給料をもらっていたため、あいつらの機嫌を損ねるわけにはいかなかったのだ。
そういうわけで、媚びるスキルも獲得している。ツキノのおっぱいを触るために、全力で魔王に命乞いするか!
「……ようやく、かつてみたいに覇気が戻りましたね。ご褒美は差し上げますので、どうか死のうとしないでください。あなたには、やってもらわなければならないことがあるのですから」
ツキノはそう言って、俺に優しく微笑みかける。なんとなくだが、彼女には何か目的があるような気がした。そのために俺には生きてもらわなければならないということか。おっぱいを触らせるというのも、俺を元気づけるためだったのかもしれない。
彼女は一体何を考えているのだろうか。気になるが、まぁそのあたりはいつか分かるだろう。今は、これから会う魔王に意識を集中させておくか。
「……到着しました。ようこそ、魔王城へ」
しばらく歩いて、俺は魔王城に辿り着いた。魔王城と言うのだから、てっきり俺が勇者時代によく通った豪華な城だとばかり思っていたのだが……実際は、そんなことなく。
案内された場所は、少し広めの屋敷としか表現できない古びた建物である。
あ、あれ? おかしい。前に来た時は、もっと立派な建物が魔王城だったはず。
「ただいま戻りました」
ツキノは戸惑う俺に構わず扉を開けて屋敷の中へと入っていく。いったいどういうことかと聞きたくて、俺の彼女に続いて中へと入った。
そして、見えたのは――寂しそうに誰かを待っている、一人の幼女。
「あ! お帰りなのだ、ツキノ!! まったく、どこに行っていたのだ!? わらわを一人にするなど、メイドとしてあるまじき行為――って、ふんぎゃぁああああ!?」
幼い魔族はツキノに抱き着いた後、俺を見て叫び声をあげる。
「勇者!? な、なぜここにいるのだ!? ぬ、ぬぁあ……」
そして彼女はツキノの後ろに隠れてしまう。明らかに俺を怖がっていた。
え? なんで? ってか、この子誰?
「えっと……ツキノ?」
説明を求めて、メイド服の巨乳を見る。ツキノは愛しそうに幼女の頭を撫でながら、彼女を紹介してくれた。
「この子はノエル。ノエル・サタン……今の魔界を統べる、魔王様でございます」
その言葉を耳にして、俺はあんぐりと口を開ける。
魔王? こんな幼女が魔王!?
魔王と言うのだから、てっきり屈強な男をイメージしていた。過去の魔王はみんな化け物みたいな男ばかりだったので、もちろん今の魔王もそうだと思っていたのだ。
だから俺は、かなりびっくしてしまったのである。
「な、なんだ! わらわを見るな、忌々しい勇者めっ……ひぃ、ツキノぉ。こわいよぉ」
ツキノの後ろでびくびく震える彼女が、魔王だったなんて……こんなの、ありえないだろ――
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