第十話 彼女たちの過去
――魔王城。仰々しい名前で呼ばれているこの場所は、しかし俺から見るとただの古い屋敷にしか見えない。かつて、俺が魔界を訪れた時に見た魔王城とは明らかに風体が変わっている。
ノエルの部屋に向かう途中。ついでなので、そのことについてもツキノに聞いてみた。
「なぁ、なんで魔王城がこんなにボロいんだ?」
「……誰かさんのせいです。力ある魔族が死に絶え、魔族は現在慢性的な金銭不足に陥っております。何せ、戦えるのが私だけですからね……少しでも今の状態を改善するために、かつて保有していた魔王城は売却致しました」
「……なるほど。ごめん」
金銭を獲得するのに最も手っ取り早い方法は、魔物を倒すことである。奴らを倒せば金銭や素材をドロップするので、かつての魔族はそうやってお金を獲得していたらしい。しかし俺が力ある者達を葬ったせいで今の魔族は貧乏になっているみたいだった。
俺は勇者だったので、敵対した魔族を倒したことに後悔はない。でも、こうやって何も罪がない魔族が苦しんでいるのを知ると、申し訳なくなってくる。
そんな俺の心情を察したのか、ツキノは補足するように言葉を続けた。
「気にしないでくださいませ。魔王城を売却したことに不満はありません。どうせ、私と魔王様しか暮らしていませんから、あのように広い場所は無用ですし……あと、貧乏とはいえ、現在魔界に残っている女性魔族たちは、みんな幸せそうですよ?」
「え? 幸せなのか?」
「はい。男性魔族が居た頃、女性魔族の立場は異常に低かったものですから……魔族とは、女でさえも力で屈服させれば良いと考える一族です。男尊女卑を常とするこの世界は私たちにとってかなり窮屈なものでした。だから、自由になれた今、私たちはとても幸せなのです」
その言葉に嘘の匂いはない。淡々とした口調だが、彼女の表情は安堵しているようにも見えた。俺が思っている以上に、過去の魔界というのは彼女たちに問って住みにくい場所だったのかもしれない。
俺を慰めるためだけの気休めではなく、本当に彼女は現状に幸福を感じているみたいだった。
「そう言ってくれると、少しは気分がマシになるよ」
「……ふふっ。そうですか? やっぱりご主人様は律儀ですね。そういうところを見ちゃうと、子供が産みたくなっちゃいます」
お、珍しい。ツキノが笑った。ノエルに対してはよく笑う印象のある彼女だが、俺に対してはさほど笑みをこぼさないので、なんだか嬉しかった。
少しは気を許してくれのだろうか。だとしたら、嬉しいな。
「人間は女性に対しても優しいですね……いや、違いますね。あなたが特に優しいのですね」
「そうでもないだろ。俺はお前のおっぱいが揉みたくて優しい言葉をかけてるだけかもしれないぞ?」
「だとしても十分に優しいです。通常の魔族なら私の許可なんて取ろうとせずに迫って来るので」
え、何それ怖い。力こそ全ての一族にとってそういうことは日常茶飯事なのだろうか。
「まぁ、私は通常の男性魔族よりは強かったので……そういう不遜な輩は返り討ちにしていました」
「うん。お前、強かったな」
「ご主人様には負けましたが……あの時はひやひやしました。ノエルちゃんを残して死ぬわけにはいかなかったので、見逃してくれてありがとうございます」
あの時、とはツキノが俺に命乞いした時のことだろう。
「私だけが、ノエルちゃんの味方なのです。私がいないと、ノエルちゃんは壊れてしまいそうでした……父君であられる先代の魔王様はとても野蛮ですし、その周囲に群がる魔族も見るに堪えない暴漢どもばかり。あの当時、ノエルちゃんは毎日ビクビクしておりました」
「……あいつの母親は?」
「とうの昔に亡くなられております。もともと体が弱かったらしく、ノエルちゃんを産むと同時に急逝されたと聞いております。そのせいでノエルちゃんはずっと孤独で、魔王城の使用人だった私が面倒を見ていたのです」
ゆっくりと歩きながら、ツキノは過去について少し語ってくれた。
「先代魔王は愛人こそ多数おりましたが、子宝にまったく恵まれませんでした。産まれた子供は、ノエルちゃんのみで……あの子は女の子であることを疎まれながらも、先代魔王にとっては必要な存在だったため、常に奴の手元で管理されていたのです。乱暴することはなかったのですが、先代魔王は野蛮な方でしたから……ノエルちゃんは、とても怖がっておりました」
そういえば、ノエルが俺を始めてみた時とても怖がっていたっけ。先代魔王を倒した俺に過剰な恐怖を抱いていたのは、そういう理由があったからのようだ。
「だから、先代魔王を殺したことをご主人様が気に病む必要はないと思います……まぁ、そのことに関してどう思っているのかは、ノエルちゃんに直接お聞きするといいでしょう。部屋に着きましたよ」
色々と話しているうちに、彼女のへやに到着したみたいだ。
「案内してくれてありがとう。ノエルから、色々聞いてみるよ」
そう言葉を書けると、彼女は深々と頭を下げるのだった。
「はい。どうぞ、よろしくお願いします」
そうやって俺を見送るツキノに背を向けて、俺は扉のノブに手をかける。
「入るぞ!」
そして、ノックもせずに彼女部屋に乱入するのだった――
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