第二話『妹とパンツ』
優香とは家が近いので、部活で一緒の日は、お互いの帰路を別ける岐路まで、二人で帰るのが習慣だ。
「じゃあ、次に部活で会うのは金曜日だな、明日バイト頑張れ!」
優香が部活に顔を出すのは、喫茶店のバイトがない月曜日と金曜日だ。
「うん、ありがと。最近はホールにも慣れてきて、たまにキッチンにも入るから、コーヒーも上手に煎れられるようになってきたよ。」
今にも、えっへんと言い出しそうな、得意げな顔で胸を張る優香。胸を張る優香。大事なことなので、セルフリピートアフターミーする僕。
「部室で美味しいコーヒーを飲める日も近いな」
コーヒー片手に駄洒落に興じるなど、まさに洒落ている。
「うん、がんばる! でもお店の方が、豆も器具もあるし、より美味しいコーヒーも入れられるから、たまにはお店にもきてね?」
下からのぞき込むようにして聞いてくる優香。
「部室には器具がないからな、そこは危惧しないとね」
なんとなくの気恥ずかしさからか、僕は洒落に逃げた。
「もー、今は部活じゃないから、ダジャレは抑えて話を聞いてよー」
優香のおっとりとした口調の所為だろうか、昔から優香に怒られるのは、不思議と嫌ではない。ちなみに僕には、怒られるのが好きだというハードな趣味はない。
「ごめん、ごめん、今度コーヒー飲みに行くから」
「うん! ご来店お待ちしています!」
そういいながら、へにゃっと、敬礼をする優香。
「敬礼は違うでしょ」
ツッコミという観点からではなく、僕個人の気持ちだけをすくい上げるのであれば、愛くるしさという点において、優香の敬礼は満点の回答であった。
「なんか、嬉しくって敬礼しちゃった」
照れ笑いによる頬の朱色と夕陽による柔らかな赤みが、優香の整ったパレットに混ざり合い、鮮烈で幻想的な光景を作りだしていた。
「……」
思わず硬直する僕、優香が訝しんでいるのがはっきりと分かる。
「どうしたの、結弦?」
僕が言葉に窮するのが珍しいのだろう、優香の瞳に不安の色がうつる。
「ん、あぁ、大丈夫、ちょっと目が眩んだだけだよ」
幻想的な光景に目が眩んでしまったのだろう。この温かさを持ったまま、優香の顔を向くことは非常に困難に思えた。
「じゃあ、またね、結弦!」
「お、おう、またな」
動揺がまだ残りつつも、何とかそう答えて、お互いの帰路へと向かった。
* * *
「ただいま」
自宅の玄関にはすでに、妹の靴が脱ぎ捨てられている。
「おかえり! お兄ちゃん!」
元気と可愛さと性格の良さだけが取り柄の妹が、過度に大きな声で出迎えてくれた。
「ゆず、パンツは被りものじゃないぞ? 今すぐ脱いで、今すぐはきなさい」
僕の眼前には衝撃的な光景が広がっていた。そう、この妹は、元気と可愛さと性格の良さだけが取り柄なのである。その3点を足しても余裕で足りない程に足りていないのだ、頭が……。
「はーい!」
返事は元気が一番というが、これはこれで不安を煽ってくる。
「それにな、ゆずも来年からは中学生だからな、パンツをはけるだけではダメだぞ? ちゃんと裏表を間違えないではけるようにならないとね」
赤子に諭すかのように、優しく語りかける僕。
「まえとうしろ、ぎゃくだった、えへへ」
逆なのが、ギャグでなら、どれだけ救われることだろうか……。
「お兄ちゃんは、安易な出落ちのギャグよりも、計算された笑いが好きだから、玄関に出る時にはパンツは被らないで、はいてからでてこようね。」
「ん? もっかいゆって~」
「玄関出る時は、下にパンツはこうな?」
優しく根気よく話しかける僕。
「うん! でも裸の方が面白いよ?」
ゆずは裸芸人が大好きなのだ。兄妹なのに、妹の嗜好が理解出来ない。思考はもっと理解出来ない。妹の将来が心配だ。
「とにかくパンツ芸は禁止だからな、約束したらプリンあげる」
「うん! プリン!」
ゆずは良い子だ、約束は守る。ただし、覚えている間に限り。
『ピーンポーン!』
我が家のインターフォンが鳴り響く。
「お兄ちゃん、ママ帰ってきた!」
そう言って再び玄関まで走り出す妹。安心してください、はいてますよ。
「ただいマンゴ~」
「おかえリンゴ~」
果汁たっぷりな、やりとりを交わす、母と娘がいた。
「あれ? ゆず、パンツマンやめたの? 可愛かったのに」
「お兄ちゃんがだめだって」
妹の将来を脅かす犯人を見つけた。断罪しなければ。
「母さん、後で話をしよう……」
その後、三人で晩御飯を食べ、母に小一時間ほど説教をして、眠りについた。