第一話『駄洒落創作部の日常』
ダジャレ=オヤジギャグ、そんな時代はもう終わった。そもそも駄洒落とは、洒落という二文字を冠する通り、ハイセンス極まりない高尚な文化だ。一流のダジャレは垢抜けているし、気が利いている。同音異義語を自在に操り、あまねく笑いを生み出すギミック。まさに完全無欠。欠点や不足など、どこにもありはしない。一切の無駄がないのだ。
大喜利やなぞかけなどの、他の笑いの分野に比べて、ダジャレの地位は低く見られがちだ。しかし、同音異義語を使い、予想外な組み合わせで笑いを取るという仕組みに関しては同じと言ってもいい。いや、むしろ、短いセンテンスで完結するという点においては、ダジャレに軍配が上がるだろう。
担任の国語教師も言っていた。芥川龍之介は天才であると。短い文の中に重厚なストーリーが組み上げられているのだと。短い文の中に重厚なストーリーを築くという点において、ダジャレには、純文学にも通ずる奥深さが秘められているのだ。日本人に生まれたからには、ダジャレを嗜むのは義務といってよい。
僕の頭の中はダジャレで飽和している。そんな僕がダジャレの地位向上を掲げ、設立したのが『駄洒落創作部』である。他の生徒達からは、敬意を込めて『駄部』と呼ばれている。決して駄目な部活を指した略称ではない。部員数は現在4名。我が煤木野高校の部活動発足の最低ラインが4名なことを考えると、少ない気もするが、少数精鋭という言葉がある。恐れるものは何もない。
駄洒落創作部の設立に際し、学校側へ提出した書類はこうだ。
『現在、地球上で笑うことのできる生物は人間だけである。人間が長い進化の過程で、笑うという行為を捨てなかったことには意味がある。笑いには、ガン細胞を減らす効果や生活習慣病の予防や改善に繋がるというデータがあり、それらの効果は、医学的にも認められている。
笑いが世界を救うという事はもはや、笑いごとではない。そこで私は、最もはやく、最も効率的に笑いを供給する方法を考えた所、日本に古くから浸透している、駄洒落に注目したのである。短いセンテンスで多くの笑いを生む駄洒落。この文化を研究し自ら創造することに、深い意味とやりがいがあると考えたため、駄洒落創作部の設立を切に希望する』
こうして生まれたのが、『駄洒落創作部』だ。
そして今日も、いつものごとく、部活動がはじまる。
* * *
「なぁ、優香、今日の作品は決まったか?」
僕は問う、幼稚園からの幼馴染の少女、大井優香に。
「あーと、少し待って、アートが降りてきそうなの」
こちらをチラチラみつつ、彼女は答えた。
「まさか、今のじゃないだろうな?」
「何のことかしら?」
こいつ、自分の失敗作を清々しいほど、無かったことにしているな。
「本番はこれからだから」
悪戯をする少年のような、そわそわした瞳で、彼女はスケッチブックに字を走らせる。
ダジャレにおいて同音異義語は避けて通れない道だ。従って我が部では、意味が伝わりやすいように、思いついたダジャレは全てスケッチブックに書いて読み上げるのが決まりだ。
「拉致されて埒があかない」
丸文字で大きく書かれた自身の作品を読み上げる優香。
自信と不安と好奇心をミキサーにかけ、スムージーにしたような表情で僕のリアクションを待っている。ちなみに僕はスムージーが嫌いだ。なぜなら、毎朝、母が作るスムージーの見た目と味が泥なのだ。見た目と味が泥なら、それはもう、身体に良い泥である。
「今日一発目が拉致っていうのは物騒だな、でも僕の好みではある。埒があかない上に扉もあかない状況だね」
八方ふさがりとはこの事だ。
「あー、ずるい、私の作品にチョイ足しするパターン」
頬を膨らませ、こちらに抗議する優香。
「いやいや、こうやって話あっていくのが、創作段階での醍醐味だし、これこそが駄洒落創作部の活動だから」
「まー、そうだけどさー、でも、自分が育ててきたポ○モンが取られた気分……」
俯きながら、寂しそうに語る優香。
「違うよ、僕たちで同じポ○モンを育てればいいって話」
「そっか、それもそうだね、えへへ」
この華やかな笑顔が枯れる前に、次の種を蒔かねば。
「じゃあ、次は僕の番だね」
「うん! 結弦のダジャレも聞かせて!」
コンクリートでも貫かんばかりの期待の視線を感じる。そんなに見つめられたら、咲くはずの花も咲かないよ?
「奇怪な機械」
スケッチブックいっぱいに書かれた、豪快な字を読み上げる僕。字が汚いわけではない、個性的でスペシャルなだけだ。
そして、僕の作品を聞いた瞬間に、優香の瞳が怪しく光った。
「そんな機械さわる機会ないよねー」
満開の桜のような笑みで、得意げに彼女は返してきた。
「そう、この作品は聞き手の返答がある前提のダジャレ、よく気づいたね」
「細い糸のような意図に気づいたの!」
そう言って、自信たっぷりに胸を張る優香。そうして上半身をそらすと、目のやり場に困るほどには、立体的な光景が広がっていく。控えめにいって、大パノラマだ。おっぱいがいっぱい。
「『奇怪な機械にさわる機会』って最初から全部いっても良かったけど、ツッコミありきのダジャレもありかなって」
「そうだね、やりとりできる余地があって自由な気がするよ~」
優香の物腰はとても柔らかい。読んで字の如く、彼女のイントネーションには、優しさが香るのだ。ちなみに、柔らかいのは物腰だけではないことは、容易に想像できる。ごくり……。
「優香と話していると、平和な気持ちになるよ」
彼女の声音には癒し効果がある。
「えへへ、ありがとう」
そう言って、照れながら、うっすらと目蓋を閉じる横顔は、普段の快活な彼女からは遠く、何とはなしに、日々の平和の心地良さを感じさせる。
「よし、次は平和をテーマに洒落込みますか」
僕は次のお題を投げかける。
「おけ、いいよ~」
返事のスピード感とは裏腹に、長考態勢にはいる優香。LOVEやらPEACEなど、平和に関する、それらしい単語は聞こえてくるが、大丈夫なのかしら?
それにしても、夏服特有の薄い生地のシャツが、彼女の暴力的な夏の果実を際立たせており、身をよじらせるたびに、実がよじれて、僕の理性が波打ち際まで押し寄せられている。これ以上押して寄せないで!
「よし、出来たよ~」
そうして僕が、煩悩で懊悩している合間に、優香は駄洒落を拵えたようだ。
「では、どうか卑しい、私奴にお聞かせ下さいませ」
「なんで急に下から⁉」
特に思い当たる節はないが、罪悪感から、ついつい下手にでてしまった……
「戦争はせんそうじゃ」
照れくさそうにハニカミながら、ダジャレをクリエイトする優香。
いやー、平和的だなー、戦争しなくて良かった、LOVE&PEACE、愛と平和に安堵がサンドされたわけだ。最高だな。いや、再考だな……。
「ところで優香、なんでお爺さんが喋っている設定なの?」
「え? だって私の中のお爺ちゃんが喋り始めたから?」
なるほど、興味はあるが、これ以上は未知な道過ぎて、やばい。この話は流そう。人間が最も恐れるもの、それが未知。知らないことほど怖いものはない。無知であることさえ知っていれば良い。それはそうと、『無知の知』って、語感が可愛くて、ちょっぴりエッチだ。ソクラテスさんのセンスに感服!
「あ! もう一個でてきた!」
ほんのり栗色のショートカットを揺らしながら、優香が叫んだ。
「どんなの?」
「おらは戦にいくさ」
「結局、戦争は避けられない運命なのか、この短い間に何があったというのだ……」
「だって、頭の中で話しかけてきたから」
これ以上は異常な領域だ、話題を変えるか。
「戦場の話は洗浄して違う話題にしよう」
僕がそう言うと、優香の顔がにやりとくずれた。
「じゃあ、戦車の洗車から始めないとね!」
誇らしげに言う優香。戦場の話題から撤退できない……。
「もう、僕の負けでいいから敗走させてくれ」
「はいそうですね」
優しく微笑みながら優香が言った。
「一本とられたね、背走で敗走することにするよ」
「まー、敗走って戦いに負けて逃げるわけだし、そりゃ必然的に背走になるよね」
優香が的を得たツッコミをいれる。
「確かに、敗走と背走はセットなわけか」
前を向いたまま、逃げるなんて、熊と遭遇した時くらいなもんだ。
「結弦と優香も小さい頃からセットだよね!」
照れ笑いの見本のような表情を魅せる優香。
「まぁ、幼稚園から一緒だからな」
僕がそう言うと、うんうんとしきりに首を振りつづける優香。赤べこみたいでかわいい。
まったりとした、優しい時間が流れているが、そろそろ帰らなければ、お腹をすかした妹が家で待っている。
「優香、日も沈んできたし、今日はもう帰ろうか」
「そうだね、明日は火曜日だから春乃ちゃんの日だねー」
「あー、あいつの日か……」
心なしか、語尾が下がる、僕。
「春乃ちゃん可愛いし、良い後輩でしょ、どうしたの?」
キョトンとした顔で問いかけてくる優香。
「なんというか、春乃は良いやつだが、教育的には悪いやつだからなー……」
良くも悪くも、個性的というか、表現に困る後輩だ。
「あ! 火曜日で一個思いついた、最後にいい?」
優香が唐突なのは、今に始まったことではない。
「もちろん聞くよ」
基本的に優香には、色よい返事をする僕。
「火曜に歌謡を歌いに通う」
歌うように軽やかに駄洒落に興じる優香。
「おあとがよろしいようで」
「おあとがよろしいようでは、上手いことを言った後の言葉じゃないよ? 結弦がまさかの誤用?」
首を傾げながら問いかけてくる優香。
「もちろん、知っているさ、次の人の準備が整ったことをさすのだろう? 僕らの部活は曜日ごとにメンバーが入れ変わるからさ、常におあとのメンバーの準備は最高ってことさ。だから今日も、安心して言える。おあとがよろしいようで」
これにて本日の『駄洒落創作部』はお開きと相成ります。