じかんのとまった村
山に捨てられた年寄りたちが若返り帰ってくるようになり、村は変わりました。
帰ってきた人々は、ただ若いころの姿に戻っただけではありません。
普通の人よりも力が強く、病気にもなりにくい。少しの食べ物で、たくさん働くことができる。
山から人が帰って来るたびに、少しずつ村の暮らしは楽になっていきます。
そして、そういったご利益をくれる山の神様に、村の人たちは感謝しました。小さなものですが祠を作り、お供えをして、時にはお祭りもします。
山に住むなにかは、自分のことを神様だとは思っていません。村の近くにある山に住んでいて、迷惑なことをされないようにしているだけだ、と。
それでも、こうして感謝を形にしてもらうのは、悪くない事だと思います。
ところが、長い月日が経つと、ご利益には良くない面に村人たちは悩まされることになります。
ある日、旅をしているお坊さんがひとり、村を訪れました。
「不気味な村だと聞いたが、良いところじゃないか」
広い畑で働く人。贅沢なものは無いけれど、みすぼらしくもない身なりや建物。
税の重いこの国の、他の村に比べればだいぶ裕福です。
この村の噂は、やっかみだったのだろうか。お坊さんは、なぜここだけ暮らし向きが良いのかが気になりました。
もしかしたら、そこに何かよその人が知らない秘密があるのでは、と。
また、お坊さんはこの村の様子に、何かがおかしいという違和感も感じていました。はっきりとした事は分からないけれど、この村は裕福な事以外にも、何かが他の村と違う。
その日、寝るところを探すお坊さん。
どこかに泊めてはもらえないか、そう考えて村の人に声をかけると、村長の家に案内されます。
お坊さんのような人に、頼みたいことがあるのだと。
他の家と比べてだいぶ広い、村長の家。寝るところには困らなそうです。
「頼みというのは、いったい何だろう」
奥の部屋に案内され、そこでお坊さんは、この村を悩ませる問題について聞かされました。
「この村を見て、何かおかしいとは思いませんでしたか」
「私もそう思ったのですが、何が原因なのかは……」
「……子供や老人を、一人も見なかったでしょう」
山から帰ってきた人が、若い頃の姿になり戻ってくる。そうしてこの村から年寄りが減るのと同時に、子供も姿を消していきました。
『若返り』が始まってから、村には一人も子供が産まれていないのです。まるで、呪いをかけられたかのように。
「私たちは、元気に働き続けることができるようになりましたが、なぜそうするのかが分からなくなってしまったのです」
「……私になにをさせようというのですか」
「神様と話をして、私たちの思いを伝えてください」
村長の家に泊めてもらったお坊さんは、次の日に山へ向かいました。
多くの村人が悲しい往復をした道は、お参りに使われるようになったため、歩きやすいよう手を加えられています。
この道がそういう場所だと聞かされているお坊さん。今日はいい天気なのにどこかどんよりとした雰囲気を感じています。
「おかしな事を引き受けてしまったなぁ」
普通の人は、神様と話す事が出来ません。死につつある老人や小さな子ども、あるいは自分のような坊主や。
坊主なら誰もが話しが出来るわけではなく、お坊さんの前に頼まれた人たちは失敗しています。
整備された道を通り抜けて、たどり着いたのは神様が奉られた場所。昔は人が捨てられていた場所。
お坊さんは座り、ざわざわとした気持ちを落ち着かせてお経を読み始めます。
こうすれば話が出来るかもしれないと、村の人に聞いていたからです。
そうしてしばらくすると、辺りが薄暗くなり、冷たく嫌な空気が漂ってきます。
「おまえは、わたしの声が聞こえるようだな」
本当これが、神様なのか?
お坊さんには、それがあまり良くないもののように感じられます。どちらかというと、人に害を与えるような存在。
「村の人から、伝言を預かってきました」
「さっそく教えてくれ」
「私達を、年をとって死ねるよう、戻して欲しい、そう言っていました」
これを聞いた神様は、しばらく黙ってしまいます。
「……『老い』を返すことはできるが、それをするには死にかけてもらう必要がある」
寒い中、置き去りにされた年寄りのように死にかけたものでなければ、神様は力を使えません。
死んでしまった者でも蘇らせることはできますが、健康に生きている相手には、ほとんど何もできません。
「坊主、わたしの返事を伝えろ。怪我で死にかけた者を、ここに連れてこい。それなら戻せる、そうでなければわたしの力は及ばない、と」
去ろうとする神様に、お坊さんはひとつ質問をします。
「あなたは、本当に神なのですか?」
「奴らがわたしを神と思い続ける限りは、そうだ」
村に戻ったお坊さんは、預かった伝言を村長に伝えました。
大怪我をすれば、元に戻れる。そうでなければ、ずっとこのまま。
神様からの返事を、元に戻る方法を知った村人たち。
彼らには、自分の体を傷つけることができません。
旅を続けなければならないお坊さんは、村の人たちが元に戻れるよう願い、去っていきました。