『鎖ノ姫』 第一章 「5」
ランさんを始めとした他の遊女は全員出払っているのか、何故か誰一人見当たらない。
そんな中、彼女だけが小屋の隅で両膝を抱えるようにして座っている。
見世物小屋の粗末な柵を挟んで、今この【花】には僕と彼女だけしかいない。
無意識のうちに足が動いて、気がつけば僕は彼女の正面に立っていた。
彼女は顔を上げない。
ひょっとして、眠ってでもいるのだろうか?
時折小さく身動ぎこそすれど顔は膝に埋めたままで、もしかしたら僕が来たことに気づいていないのかもしれない。
「…………え、っと……お、おーい……?」
無意識のうちに、今度は声が出ていた。
自分でも驚いていたが、そんな驚きはあまりに瑣末で取るに足らないモノだと思っていた。
まだ仕事中だというのに、僕は何をしているのだろう?
自問自答しても、答えが出てくることはなかった。
「君……えっと、名前……わかんないな……お、おーい? 寝てるの? 起きてる?」
僕の言葉が聞こえていない……なんて、ことはなかった。
鎖に繋がれている少女が、ようやっと顔を上げてくれた。
その一瞬、思わず僕は怯む。
真夜中の沼地のように、黒く淀んだ右の瞳。
そして反対側の左目には、黒くくすんだ包帯のようなもので覆われていて、ぼさぼさの黒髪は肩に届くか届かないかのギリギリの長さ。
そして、姿恰好は薄汚れたぼろ布一枚。
左目を隠す不気味な包帯に、闇をそのまま掬い上げて頭から被ったかのような彼女の雰囲気。
対面してみて、改めてわかるその異様さ。
さして遊郭を知らない、慣れていない僕ですら、彼女の存在がこの場において不相応だと思えるほどに、彼女はまるで幽鬼のような有り様で僕を見つめている。
僕と彼女の間に、未だ会話らしい会話はない。
ただただ惨たらしいほどの沈黙と静寂。
遠くから聞こえてくる遊女の声は、夜風に流されて僕の耳まで届かない。
「あの、」
不意に僕の言葉が途切れたのは、僕の足元に何かが飛んできたから。
視線を落してみると、そこには小さな鍵が落ちていた。
首を傾げる。
今、彼女がこれを投げたのか?
鎖に繋がれた少女は、あの暗い瞳を、じぃ、っと僕に向けている。
見ている、ではなくて、向けている。
僕を視認しようとしているのではなく、ただ僕にその暗い瞳を動かして据えただけ。
「この鍵……?」
落ちていた鍵を拾い上げてみる。
よく見ると鍵は二つ付いていて、一つは僕の手の平ほどの、もうひとつは南京錠用の小さな鍵だった。
何処に使う鍵なのだろう。
というか、何故彼女はこれを投げたのだろうか?
答えを求めるように彼女へと視線を向けると、あの淀んだ瞳は僕へ向けられたまま、彼女の細い腕が動いて、この小屋の扉を指差した。
見世物小屋の鍵?
これで開けて入ってこい、ということだろうか。
物言わない彼女の無言の視線は相変わらず僕へと向いている。このままお互いに黙っていてもしょうがない。
一度ランタンの明かりを消してから足を動かし、僕は見世物小屋の脇へと向かって扉に鍵を――って、鍵穴なんて見当たらない。
というか、鍵なんて掛かっていなかった。
若干立て付けの悪い扉をどうにか開いて小屋の中へと入る。
甘ったるい化粧の臭いと、遊女の生活感がありありと残留する、ただ大きくて広いだけの簡素な部屋。
彼女はその隅っこで、鎖に繋がっている。
「えっと……」
勢いで侵入してしまったものの、ここからどうしたらいいんだろう?
というか、勝手に入ってしまって大丈夫なのだろうか?
土壇場になって緊張が全身を駆け抜け硬直していると、彼女の瞳が、す、とこちらに向き直った。
位置と姿勢の都合上、彼女は僕を見上げている。
その瞳の冷たさと言ったらない。
何もかもに諦めがついたようなその眼差しは、例えるなら絶命寸前の乞食のような、何の光も届かない暗黒色。
人によっては、恐ろしいと形容するかもしれないようなそんな瞳を、少女は黙って僕に向け続けている。
「…………そ、その。僕、えっと」
冷静に考えてみれば、僕は遊女の買い方なんて全く知らない。
そんな僕が勝手に小屋の中へと踏み込んで、勝手に遊女と話をして――一方的に僕が喋っているけど――いるのは、色々と不味いんじゃなかろうか。
今頃になってそんな懸念に囚われた僕が、どう弁解したものかと悩み始めたところで――不意に、彼女が動いた。
「えっ……」
じゃり、と錆びた鎖が歪な音をたてて揺れ、少女がゆっくりと立ち上がる。目線は相変わらず僕の方が少し上だが、間近で見たその肢体の細さに僕はギョッとした。
肉付きがほとんどない、真冬の枯れ木のように細すぎる腕や脚。
骨ばかりが生々しいほどに浮かび上がっていて、立って生きているのが不思議なほどに生気の欠片も感じられない。
端的に言ってしまえば、辛うじて動く死体のような。
遊女として、いや、一人の女としても、あまりにも酷い有様。
そんな彼女がどうして鎖に繋がれ、遊郭の見世物小屋の隅で生活しているのか。
アズサさんは客と揉めた結果の見せしめだと言ったが、いくらなんでもこれは酷過ぎやしないか。
「君は……」
衝撃が強すぎて頭の中身が混乱してしまって上手く言葉が作れない。
喉の奥から何も出てこない。
そんな僕を、彼女は依然として無言のまま視線を向け続けている。
その黒い瞳の向こう側で、彼女はいったい何を考えているのだろう。
目の前の僕のことをどう思っているのだろう。
「……」
「……え?」
少女の指先が動いて、僕が手にしていた鍵を指差す。
僕がこの小屋の鍵だと勘違いした大きい方の鍵。
赤子の力でも容易く折れてしまいそうなほどに細すぎる人差し指は、そのまますーっと動いて自らの足元、自らの枷へと向けた。
「え……? この鍵、君の枷の鍵なの……!?」
混乱もとうとう度が過ぎて、そろそろ僕も訳が分からなくなってきた。
鎖に繋がれている身でありながら、何故か彼女は自らの枷の鍵を所有している。
鍵を持っているということは、要するにいつでも逃げ出せるということ。
……枷の意味が、無いんじゃないか?
それとも、アズサさんの言っていた“見せしめ”に関係しているのだろうか。
何にせよ、鍵があるなら解錠してしまおう。
僕はしゃがみ込んで、彼女の枷の錠に鍵を差し込む。
足首を始めとした彼女の足は、赤黒いアザや切り傷の痕のようなものが見受けられる。ふわりと揺れる彼女の匂いは、正直言ってかなりキツい。
錆びている所為で嫌な音は立てたものの、枷は何なく外れてくれた。
枷は木の床に、ごん、と鈍い音を立てて落ちる。
枷が外れて自由になったのに、少女の瞳にも、身体にも、何の反応も見受けられない。
これでは僕の方が反応に困ってしまう。
何か言うべきなのか、何処かへ連れていくべきなのか。
二人して固まり合ったまま、しかし僕の頭の中ではあれやこれやと拙い思考が右往左往していて定まってくれない。
こんなことなら、オウギさんに何かイロハを聞いておくべきだったか。
「あ、あの」
何かを言いかけた僕の身体に、ふ、と小さな感触。
見ると、いつの間にか少女の腕が伸びていて外套の端っこを指で摘まんでいた。
この目で見ていないと、引っ張られているということに気づかないほどの弱い力。
やがて、少女は外套を引っ張りながら僕の横を素通りする。
「……?」
少なくとも、少女が外へ出ようとしているということは分かった。
僕もそれに従い、少女に引っ張られながら、成すがままゆっくりと遊郭の路地を歩く。
足音は、二人分。
砂を蹴る音ばかりがやけに目立ち、そして少女が裸足のままだったことを思い出す。
素足のままで歩けば痛いだろうに何を言うでもなく、ただただ黙って僕を引っ張って【花】から裏手の道へと向かっていく。
この道は、今しがた僕が迷い込んでいた裏路地へと続く道だ。
このまま進んでいくと用水路があって、道伝いに進んで行けば【月】と【風】の裏手に辿り着く。
少女の歩みに迷いや躊躇いは無い。
その足取りは少々鈍くも、向かうべき場所が確固としてあるようで、僕はただ黙って彼女の後についていく。
「ここは……」
やがて辿り着いた先は、さっき見かけた倉庫と思しき扉の前。
この小さな鍵は、ここの南京錠のものだったらしい。
ボーっとしていた僕の手から少女が鍵を引っ手繰ると、南京錠へ差し込んで扉を開く。
倉庫という僕の印象に違わず、扉が開いた瞬間に、むっ、と湿ったような臭いが漂って鼻を突いた。埃と、湿気と……鉄錆びの臭いも、微かに。
そういえば、アズサさんが【花】には部屋持ちという、自分用の遊戯部屋を持っている遊女が何人かいると言っていた。まさか、ここが彼女の“部屋”なのだろうか。
遊女が所有する、遊戯用の部屋。
あれ、つまりこの流れは……
「いや、ちょっと待っ」
遊女に引かれ、自分の部屋に連れて行かれているということはつまり、僕は遊女に誘われているということ。
少女の指は、未だ僕の外套を摘まんだまま離さない。
少し身体を動かせば容易く振り解けそうだが、ここで無理やりに振り解いてしまったら、そのまま彼女が倒れたりしてしまいそうな気がして迂闊に動けない。
「ちょ、ちょっと……うわッ」
後ろで扉が独りでに閉まり、倉庫は完全に闇の中へと落ちる。
一寸先も見えない闇の中、彼女は完全に把握しているようでそのまま躊躇なく歩き出す。
僕は慌ててランタンを取り出して明かりを点け直した。
倉庫と思っていた部屋には狭い階段があり、既に彼女は一段降りている。地下室、だろうか。
しかし、遊戯をする場所とは到底思えないような場所だ。
何度か首を傾げ、しかし僕が疑問を口にする間もなく少女は階段を機械的に下りていく。
ぺた、ぺた、裸足が石の階段を下りていく音と、僕の靴が出す音とが交互に響いていく。
人が一人ギリギリ通れるような細い道に、まるで塹壕のような土がむき出しの壁。
数分と経たないうちに道が広くなって、少女の足が止まる。目的の場所に到着したらしく、ここでようやっと彼女の指先が僕の外套から離れた。
「…………え」
ランタンを持ち上げ、浮かび上がった光景に改めて我が目を疑う。
炎の光に照らされて現れたのは、天井まで伸びる鉄格子。
広さで言えば、六畳もあるかないか。
奥には地べたの上に粗末な茣蓙が敷いてあるだけで、当然だが地下なので窓もない。
既に部屋中には陰湿な空気で充満していて、とてもではないが遊女の遊戯用の部屋だとは到底思えない。
敢えて言うならば、見たそのままの印象の通り――座敷牢。
例えば、過去に牢屋として使われていた……というか、今でも牢屋として使われていると言われても疑いようがない。
部屋は清潔からは程遠く、このランタンの光が無ければ完全に闇の中へと落ちてしまう。
これが、彼女の部屋?
衝撃が強すぎて放心しつつある僕を尻目に、彼女は脇にあった小さな戸を開いて、無言の視線で僕を促す。
何か言うべきなのに。
何か問うべきなのに。
肝心要の言葉が一つとて思いつかなくて、僕はただただ促されるまま彼女の小さな背中を追いかけて牢の中に入っていく。
「……」
「……」
駄目だ、雰囲気に呑まれてしまって何も言いだせない。
目の前にはあの暗い瞳の少女が棒立ちしていて、その前には僕が向かい合っていて、何を語らうでもなく触れるでもなく、一人分の空白を挟んで無言のまま。
辛うじて動く唇は空気を欲するのみで、乾いた舌が張り付きそうになっている。
動け、動いてくれ。
理由なんて何だっていいから、とにかく身体を動かして。
「……ッ、わぁ!?」
瞬間、小さな衝撃が僕の胸を襲ったと同時に薄明かりの世界の天地が引っくり返る。
念じた成果か、いや違う。
地面に後頭部を強かに打ちつけたものの、幸いなことに意識はしっかりと覚醒していて、だからこそ、僕は驚き困惑していた。
件の少女が、気がつくと僕の体に馬乗りになっている。
今しがたの胸への衝撃は彼女の枯れ枝のような華奢な両手によるもので、不意を突かれた僕はそんな小さな力で彼女に押し倒されてしまったらしい。
僕の正面に、あの少女がいる。
暗い瞳は、陰となってその色をより濃く、濃密に。
彼女の衣服ともいうべきぼろ布は所詮ぼろ布で、わずかな見動きだけであっという間に肩が、胸元が、腰元が、勝手に肌蹴て露わになる。
「…………」
ゆっくりと、獣が肉に鼻を近づけるように、少女は顔を近づけていく。
二人の鼻先が微かに触れて、息が掛かるほど顔を近づけて――止まる。
唇が、震えた。
「……何て顔、してるの」
「……何て顔、してるの」
同じ瞬間、二人、同じ言葉。
このとき、彼女は初めて眉根を曲げてその表情を変えた。
その色は困惑と呆れ。
僕はと言えば――泣いていた。
涙が勝手に目尻を滑り、喉の奥から出てきたのは情けない嗚咽。
泣き出した理由は、自分でもよく分かっていない。
ただ、彼女の姿を間近で見て、彼女の言葉を直に聞いたその瞬間に、僕の胸の中の、一番奥で、小さな何かに焔が灯った。
「……一日に二人も相手するのもそうだけど……泣かれたの、初めて」
「だって、だってさ……!」
「……いいから、さっさと」
奥底から湧き起こる名称不明の衝動が身体の内から暴れ出して、涙が止まらなくなって、止めようもなくて、その勢い余った衝動が僕の身体を突き動かす。
「ッ……」
押し倒された体を跳ね起こすと同時、僕は両腕を広げて彼女を抱きしめていた。
小枝のような四肢が折れてしまいそうなほど強く、固く。
崩れてしまいそうな彼女の身体を、全身で包むようにして。
僕の腕の中に、確かだが、蛍火のようなあまりにも小さい温もり。
絶対に逃がすまいと必死になって、僕の腕に過剰な熱と力がこもって、少女の身体が軋んで、呻き声が漏れる。
「……痛い」
「え……う、うわ、ごめん!」
少女の声を聞いて、今自分がとんでもないことをしていると気づき、僕は慌てて腕を解いて彼女を解放する。
暗い瞳は相変わらず、いや、前より少し不快そうな顔を浮かべている。
そりゃ、いきなり見知らぬ人間に抱きしめられてしまったのだから無理もない。
というより、驚くべきは僕が初対面の女の子にいきなり抱きついてしまったことだ。
その事実を思い出して、意識した途端、僕の身体が急激に熱くなってきて、もうそこから何を言っていいのかわからなくなってきた。
もはや、マトモに彼女の顔も見れない。
「………………ねぇ」
「は、はい! ごめんなさい! すみません!」
飛び出た言葉が謝罪の言葉二つ。
地面スレスレまで頭を下げて、聞こえてきたのは小さな、ごく小さな吐息。
恐る恐る顔を上げて、まだ頬が熱を帯びつつも彼女の顔色を窺う。
表情は、あまり変わっていない。
不快感を露わにしているのは間違いないのだが、例えば分かりやすく顔を顰めるとか、蔑んだような眼差しを僕に向けたりはしていない。
はっきりとコレとは言えない、だけど、雰囲気が変わっているとでも言うべきだろうか。
少なくとも、彼女の暗い瞳の中には僕が映っていて、意識の矛先が向いているのだけはハッキリとしている。
今は、僕を見てくれている。
「……あなた、何しに来たの?」
「え……? 何しに、って」
「私を、抱きしめるだけで……おしまい?」
その声音は冷たくて、棘があって、容赦がない。
今になって気づく。
ここは遊郭であり、そして彼女は遊女であり、言うなれば僕は客。
遊女を買ったとなれば、僕は客として彼女と遊戯をする必要性、もしくは義務がある。
そんな当然のことさえ失念していて、今度は恥ずかしさで頬に火が灯る。
「え、あの、僕は……その……」
「…………なに?」
意を決した。
下手に言い訳をしても、これ以上意味もなく無礼を重ねるだけ。
だったらいっそ、全て正直に言ってしまえばいい。
やぶれかぶれな意思決定をすると、その先の言葉は自分でも吃驚するほどにスラスラと出てきた。
「違うんだ! 僕は、君が気になって、それで」
「だから、私を買いに店に」
「そうじゃないんだ!」
狭い部屋に、僕の勢い任せの言葉がビリビリと響く。
そのまま勢いに捲し立てて、素直に思いつく限りの言葉を、思い付くままに並べて彼女にぶつける。
「僕、旅の途中で迷ってこの街に来て、【花】の中で君の姿を見てから、ずっと、ずっと気になってて! それで、引き受けた用心棒の仕事の途中でも道に迷って……それで【花】の前を通ったら君がいて、何ていうか……話が、したくなって、だから」
「……」
「……あ、あぁ! ごめん! 名乗りもしないまま、勝手に話を進めちゃって……僕は、チヒロって言うんだ。その……君の名前、聞いて、いい……かな」
暗い瞳の中に映った僕は、固唾を飲んで彼女の言葉を待つ。
「……ユウキ」
「そっか……ユウキっていうんだ……そっか……」
やっと、彼女の名前を聞けた。
たったそれだけの小さな出来事が、僕の胸の中で大袈裟に感動を与えている。
「……」
「じゃあ、ユウキちゃん……じゃないな、これからはユウキさんって呼んでもいいかな」
「……呼び捨てでいい」
「わ、わかった。じゃあ、ユウキ、って呼ぶよ」
「…………」
緊張や気恥ずかしさも、仕事をサボっているという事実までも含めて全部吹き飛んで、僕の胸の中に清々しい涼風が吹き込んでいる。
ほんの少し、距離が縮まったような気がする。
ランタンの光だけが頼りのこの空間で、僕は何となしに笑みがこぼれて。
そしてユウキは自分のぼろ布を掴むと自らで引っぺがした。
この一瞬。
薄闇の中とはいえ、僕はハッキリと彼女のカラダを直視してしまった。
「…………わ、わッ……うわああああ!? ちょっと、何して!?」
「……」
何言ってんだ、こいつ。
垣間見た暗い瞳の向こう側で、そんな彼女の言葉が見え隠れしていたような気がする。
動機の激しい自分の胸を押さえながら、痩せ細った見てくれに反してそこそこある大きさにこっそりドキドキもしつつ、目のやり場に困った僕はそっぽを向いておまけに目も瞑る。
「ごご、ごめん! あの、えっと……本当に、話がしたかっただけで、だから、その、そういうことはその……さっぱり、分からなくて」
「…………」
僕の背中越しに、のそり、とユウキが動く気配が伝わる。裸足で土を踏む音が数回、ゆっくりと僕の側へと近付いてくる。
耳元で吐息が聞こえる至近距離。
ユウキは、小さく言った。
「……ねぇ」
「え……な、なに?」
顔を上げて、振り返ろうとするのを阻むように、彼女の腕が僕の身体を包む。
あの細い指が胸を、首筋を、頬と順番になぞって、やがてその指が僕の唇に触れる。
オトコを刺激する、蠱惑的な匂い。
その所作は間違いなく、艶めかしく誘惑する遊女そのもの。
胸の動悸が弾けて、緊張するその刹那、聞こえてきたのはユウキの冷たい囁き声。
「……………………私を、殺してくれない?」




