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鎖ノ姫  作者: 夜斗
第一章
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『鎖ノ姫』  第一章 「3」

「ここ『枯山水』には、四つの店があるのは知ってます?」

「うん、それなら聞いたよ。えっと【月】ってお店が一番格上のお店で、【花】ってお店が一番下なんだっけ?」


 街の西側区画、遊郭『枯山水』を実際に歩きながら、僕はアズサさんに聞いたことを思い出す。

 と言っても、名前まで聞いたのはその二つで、他二つのお店のことは聞いていなかった。


「そうっす。下から順に【花】【鳥】【風】【月】。そこに一軒見えますでしょ? この遊郭で最初に見えてくるのがこの【花】屋っす」


 僕がこの街に来て最初に見たあの見世物小屋を指差しながらコウマ君が説明する。

 昼間に見ると、小屋の中の様子もよく見える。

 一番格が下だからなのか、小屋も全体的に質素な作りで、柵や内部の畳にはキズや痛みが見える。内装も何処か古臭くて、本当に見世物にされているような感がある。

 この遊郭では最も格が下だという話だが、それはつまり敷居が低いと同義であるとコウマ君が付け加える。

 アズサさんが言っていたとおり、遊女一人の値段も低めとなっていて、どんな人でも一定量の金さえ用意出来れば買うことが出来る。遊郭の入門用としてはちょうどいいのだろう。


「……でも、今は人がいないね」


 無意識のうちに、僕はあの鎖に繋がれていた少女の姿を探していた。

 ……が、彼女はもちろん、今は他の遊女も一人も見当たらないもぬけの殻だった。


「そりゃそうっすよ、今は昼見世で……あぁ、『昼見世(ひるみせ)』と『夜見世(よるみせ)』ってのはご存知で?」

「昼見世? 夜見世?」

「あぁ、そこからっすね。遊郭にも、というか遊女にも、当たり前っすけど自由な時間ってのがあるんす。昼の間みたいな、男の相手をしない時間帯を『昼見世』って言うんす。専らは勉強……って感じっすかねぇ。暇つぶしに本を読んだり、他の遊女と話をしたりして情報を交換したり……ってな具合で。あぁ、人によっては昼にも仕事をする人もいますよ」

「そう……なんだ」


 ふと、今朝に見掛けた遊女たちの姿を思い出す。

 普通に談笑していたと思っていたアレも、コウマ君の言っていたように暇つぶしだったり、情報収集の一環だったのかもしれない。


「んで、陽が落ちてっからが本番の『夜見世』。こっちは……説明は要りませんかね?」

「そうだね」


 苦笑交じりに僕は答える。

 昨日ここに来た時から散々見てきたばかりだから、言われずともそこは分かっているつもりだ。


「さて、そいじゃ他の店の案内も軽くしながら行きやしょうか」


 最初に見えた【花】を過ぎて、僕とコウマ君は中央路を往く。

 道すがら、時々何人かの遊女から黄色い声が聞こえてきて、振り向いてみると僕に手を振っているのが見えた。恥ずかしながら、小さく手を振って僕も応える。


「わぁ、なかなかの人気っすねチヒロさん。……羨ましいっす」

「そ、そんなんじゃないって……」

「俺なんかマトモに相手された記憶が……っとと、見えてきたっすよ。そっちの左側が【風】屋で、右側が【鳥】屋っす」


 角を曲がったところで、僕が騒動を聞きつけ、そしてカンナさんが酔っ払いに絡まれていた広場が見えてくる。

 広場の両側には【花】の小屋と似た見世物小屋がある。

 ただ、【花】の小屋よりも装飾や店の雰囲気が少し違う。

 漠然とではあるが、何となくこちらの方が落ち着いているというか清潔感があって、こっちは【花】と違って中に数名の遊女の姿が見えた。化粧ではなく眼鏡をかけて、大きな本に向かい合っている姿も見える。


「厳密に言えば、この二つの店にこれって違いは無いんすけど、【風】屋は昼見世にも仕事する遊女が多いって感じっすかねぇ」

「で、あっちの大きな建物がカンナさんのいる【月】……か」


 今いる広場の中央前方、【風】と【鳥】とを挟む緩い傾斜の道の先に、アズサさんの常駐している【森羅】とさして変わらないほど大きく豪奢な建物が見える。午後の陽光を浴び輝くその姿は、まるで天守閣のような威厳まで感じる。


「そうっすよ。この神楽通りを越えた先、普通の男じゃ門より先には踏み込めない、この『枯山水』における最上の店っす。べらぼうな金がないとそもそも」

「あぁ、チヒロ様じゃないですか」

「え……? あ、カンナさん」

「はぁへぇッ!?」


 ふと僕を呼ぶ声が聞こえ、振り返ってみると小さな女の子を二人引き連れたカンナさんの姿があった。

 昨日見た時よりもいくらか露出控えめで落ち着きのある桃色の和服姿。

 化粧っ気の薄い微笑みは流石最上級の遊女と言うべきか、夜の時と遜色のない美しさ。

 真横から聞こえた奇声はとりあえず聞き流しながら、カンナさんは僕の二歩ほど前にまで寄ってくると小さく会釈する。


「奇遇ですわね。チヒロ様は、今日からもう用心棒のお仕事なの?」

「は、はい。今はコウマ君に街を案内してもらってるとこです。まだこの街に来て間もないわけですし、地図は頭に入れておかないと」

「ふふふ、熱心で頼もしいわ。お仕事で疲れた時はいつでもお店に来てくださいませ。誠心誠意、お相手仕りますから」

「ぅ、えっと、その……考えときます」


 今にも手を取って連れて行かれそうな気がして僕の顔が引きつる。

 そんな緊張した僕の顔を、不思議そうに見上げている二人の女の子の視線とぶつかった。

 何となしに興味がそっちに反れて、僕はそれとなくしゃがんで視線の高さを合わせる。


「えっと、この子たちは?」

「え? あぁ、私の禿(かむろ)ですよ」

「……かむろ?」

「【風】と【月】の遊女に許されている……そうね、専用の小間使いって言えばいいのかしら。こうやって私たちのお手伝いをしながら下積みをして、遊女としての作法を学んで、やがては私たちと同じ遊女になるの」


 年頃はコウマ君やコスズちゃんよりももっと下、十代になって間も無いといったところ。

 僕から見て左側の少女は金色の刺繍が綺麗な浅葱色の着物を、右側の子は翡翠色のとんぼ玉の髪飾りがよく似合っている。

 丁寧に梳かれた艶っぽい光沢を放つ黒髪は肩辺りで綺麗に切りそろえられている。

 あどけない瞳はとても可愛らしく、将来はきっと美人さんになるのだろうと容易に想像がつく。


「ほら、挨拶なさい。この人が、昨日私を助けてくれたチヒロ様よ」

「カンナ様を助けていただき、ありがとうございます」

「カンナ様を助けていただき、ありがとうございます」


 二人の禿の声と所作とが綺麗に重なって、柔らかな和音の謝辞が飛びだす。

 僕としては大したことはしていないので、やや大袈裟なお礼の言葉に少々気恥ずかしさを感じてしまう。


「ど、どういたしまして……えっと、二人とも、よかったらお名前を聞いてもいいかな?」

「え、禿の? ……ほら?」


 一瞬、カンナさんは虚をつかれたような顔を浮かべたが、やがて二人の禿の背中を小さく叩いて促す。


「はい。私は、ソラと言います」


 そう言ったのが、僕から見て左側の浅葱色の着物を着た子。


「……私、ユメです」


 そして、翡翠色のとんぼ玉がよく似合っている右側の子。

 髪型も同じで、よく見るとその顔も鏡合わせしたかのようにそっくりだった。ユメちゃんには、左目の下に泣き黒子がある。


「双子、なのかな。二人ともそっくりで、可愛いね」

「そ……そんなことないです」

「……です」


 そう言って二人は、そそそ、とカンナさんの後ろに引っ込んで服の裾に顔を埋めるみたいに小さくなってしまった。そんなちょっとした微笑ましい光景に、何故かカンナさんはギョッとしたような顔を僕に向けていた。


「……え? あの、僕なんか不味いことしちゃいました……?」

「もしかして……チヒロ様って、小さい子にしか興味がない……とか? 前に私がお誘いしても断っていたし……」

「えぇ!? チヒロさん、カンナさんからのお誘いを断ったァ!?」

「ちょ、わ!? コウマ君声大きい!?」


 既に『金色神楽』の登場で人気が増えつつある広場の真ん中でそんな大声を上げようものなら、いらぬ注目を浴びてしまう。

 目立つこと、注目されることは基本的には苦手だ。

 前回の騒動の時は、衝動のまま何も考えず飛び出してしまったけど。


「どうなの? もしかして、私の禿のお誘いなら断らなかった?」

「そそ、そうじゃなくて! え、えっと、コウマ君! ほら、そろそろ行こう!」

「はァッ!? え、せっかくのお誘いは」

「い、いいからッ!」

「あぁ、ちょっと!」


 道案内役のコウマ君の腕を強引に掴むと、僕は遊郭から逃げるように走り出した。


 ・ ・ ・


 それからしばらくした後、場所は変わって再び食事処『朝顔』。

 外の行燈に火が灯り、遊郭のそれと同じように店の雰囲気が大衆酒場のようにがらりと変わり、今は僕たちと同じように夕食や酒を頼む男連中が多くなっていた。


「ってか、何なんすかまったく……『金色神楽』に出くわして、お誘いまであったのに、チヒロさん、あんな機会滅多にないってのに尻尾巻いて逃げちゃって……」

「……ご、ごめん。どうもああいう綺麗な女の人って、ちょっと苦手で」

「はは、まぁ少なくとも俺達と違ってチヒロは慣れてないってのも大きいだろう。毎日顔を合わせてると、コウマみたいなガキじゃない限りは自然と慣れてくるぞ」

「何すか、人を盛りの付いたサルみたいに」

「事実だろうよ」


 夕食は野菜の煮物と麦ご飯、それから汁物と少々の漬物。

 今朝の朝食に比べたら見劣りするかもしれないけど、その味は同等か、もしくはそれ以上のモノで驚いた。

 どうやら、今厨房に立っているのがコスズちゃんのお母さんらしい。

 彼女の料理の腕はこの街一番で、男女問わず、それこそ遊郭からお忍びで遊女が食べに来るほどのものだと言う。

 濃過ぎず、薄過ぎず。絶妙な味付けのジャガイモは程良い歯ごたえ、人参の柔らかさも優しい甘みもご飯との相性も抜群。お値段もかなりお手頃なので、今のお財布事情を圧迫しないのも大変有難い。


「それで、街の全体図は頭に入ったか?」

「えぇ、コウマ君に色々と案内してもらったので大体は。後は、仕事の時にでも少し自分で歩いてみようかと思ってます」

「熱心で助かる。で、早速今晩から見回りをやってもらうわけだが」

「おや、見ない顔がいるねぇ」


 何処からか聞こえてきたそんな声。

 気が付くと、僕のすぐ左側の席に見知らぬ男性が腰掛けていた。薄茶色の短髪に、鶯色の半纏には『扇』という字。糸のように細い目でニヤニヤとしているその様は、何だか掴みどころのない狐のような印象を受ける。


「あ、オウギの兄貴だ。よっす」

「おいコウマ」

「ははッ、構わないよ。それぐらい元気がある方が、ここで働くにはちょうどいいさ。……んで? こちらさんは?」


 コウマ君にオウギと呼ばれていた男性の視線がちくちくと僕の肩に刺さってくる。見慣れない人間の姿に興味津々ということらしい。

 どうも自警団の二人とは懇意の関係にあるらしく、ここは僕も箸を止めて挨拶するべきだと判断。


「えっと、初めまして、チヒロって言います。故あって、ここで用心棒の仕事を始めることになりまして」

「へぇ、用心棒ね……遊郭って場所にはお誂え向きだ。おっと、こっちも申し遅れるとこだった。ウチはオウギっていう、見ての通りのしがない商人でござい。この遊郭が気に入っててね。よく遊びに来てるのさ」

「商人さんですか」

「オレ達も色々とお世話になってたりするんすよ。武器以外にも、身の周りのモンとか、あと本とかも仕入れて持って来てくれるんす」

「『枯山水』のお得意さんでもあるんだ。アズサとも知り合いでね」

「へぇ……」


 オウギさんは慣れた感じで女将さんに注文を済ませると頬杖をつく。

 その様は何と言うか優男で、女受けのよさそうな横顔。

 お得意さんと言われるくらいだから、遊郭では人気者なのかもしれない。注文したモノが来るまでの手持無沙汰な時間、彼は鋭い糸目を僕たちへと向ける。


「遊郭って場所は、ウチら男共はともかく、か弱い遊女からしたら危ない仕事場だからねぇ。自警団も前の事件でで逼迫してるって状況だし、まさしく救世主ってワケだ」

「前の事件……?」

「ん? 言ってないのかいハガネ?」

「……言ってなかったな。実はチヒロがここに来る一か月くらい前に、夜盗の襲撃があったんだ」

「夜盗……ですか」


 不意に飛び出してきた物騒な話題に、再開しようと思っていた箸を再び止める。

 ハガネさんとコウマ君の表情は、今の今まで朗らかにしていたのに一気に影が差し込んでしまっていた。


「夜盗自体の規模はさほどでも無かったんすけど、その時に何人かが怪我を負っちまいましてね……その所為で、今動ける自警団が少ないんすよ。今はオレらと、詰め所で控えてる三人と、守衛の二人だけ」

「『枯山水』への被害が少なかったのは幸いだった」

「……全然知りませんでした」

「上が傾いて、今は時代がガラリと切り替わる時期。時の流れに炙れた野郎ってのは、そうでもして必死なのさ。それを正当だと言うつもりもないが、ね」

「……」

「あー……ウチとしたことが。飯時に出す話題でも無かったな。すまん、忘れてくれや」


 申し訳なさそうに糸目を曲げてお詫びをすると同時に、オウギさんの注文した山菜蕎麦が届いた。彼は卓上の七味を振りかけて美味しそうに啜る。何となしの気後れ感もあったが、僕も食事を再開する。味が少し薄く感じたのは、気のせいなのだろうか。


 こんこん。


 ふと、左側の脇を小突かれる。

 振り向くと、何だかあくどい顔を浮かべるオウギさんが見えた。


「……でぇ? チヒロくんとやら?」

「何です?」

「いったいどの子がお気に入りなんだい?」

「お気に入り?」

「またまたぁ。故あっての“故”の部分がおじさん気になっちゃってるのさ。……ぶっちゃけ、どっかの遊女に惚れてるんだろう? そうでなきゃ、わざわざ遊郭の用心棒なんて引き受けないだろ? 何処の誰だい? 【月】屋の金色神楽かい? それとも、【風】屋のリンちゃんとかか?」


 どっかの遊女に惚れているんだろう?

 オウギさんのそんな一言に、一瞬箸が止まってしまった。


「そ……そそ、そんな! ち、違いますよ!? その、僕が用心棒になったのは、そういうんじゃなくて」

「んー? 惚けるのが上手いねぇ? でも今、誰かのコトを想像したんじゃないかい?」

「そ、それは……えっと……」


 脳裏に浮かんだのはこの遊郭で煌びやかに飾る遊女ではなく。

 鎖に繋がれた少女の、あの暗い瞳。


「止してやってください、オウギさん。チヒロは俺らと違って純粋なお人だ」

「おいおい、それじゃウチらがまるで純粋じゃない人間みたいで面白くないなぁ」

「よーく言いますよ。オウギさんが従業員と一緒に『枯山水』中の色んなお店を巡って遊んでるってのは皆知ってるんすよ? たまに貸し切ったりもしてるし」

「そりゃあ、当たり前じゃないか。ウチみたいに人相手に仕事をしてると心底疲れるもんだ。そうやって疲れた体を、女の子と遊んで心と体の両方を癒してもらってるんだ。そういう場所だろう、遊郭っていうのは」

「やれやれ……チヒロに、変なコト吹き込まんようにしてくださいよ?」

「ハガネさんよぉ、その変なコトってのは具体的にどんなことだい?」


 そこから僕を挟んでのお話が盛り上がってしまって、僕としては居心地が悪いのなんのって。

 空になったお皿を隅に寄せて、僕は一足先にお勘定を済ませて外に出る。

 すっかり月が昇り、冷たい夜気は緩んでいた身体をぶるりと震わせる。もう冬はすぐそこまで来ている。


「惚れて……る……」


 僕はただ、気になっているだけだ。

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