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鎖ノ姫  作者: 夜斗
第一章
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『鎖ノ姫』  第一章 「2」

 仕事の話を終えて【森羅】を出ると、ハガネさんの案内で街の東側へと向かうことに。


「……改めてみると、けっこう大きな街ですよね、ここ」


 アズサさんから受け取った地図を広げて見ると、この街が大きく東西に分けられているのがわかる。

 まず、今までいた僕たちがいた遊郭『枯山水』が街の西側の一帯を占めている。

 四つの店と事務所である【森羅】、他にちょっとした茶店などを含めた一種の歓楽街といった具合。

 そして今僕たちが向かっている東側一帯が居住区画、あるいは市街地とでも言うべき区画だ。


「後でコウマと一緒に街を見て回るといい。仕事をする前に、少しでも土地勘は養った方が良いだろう」


 自警団の詰め所は遊郭と東側居住区を結ぶ橋からまっすぐ進んだ先、そう説明されている合間に既に見えてきていた。

 元は店舗だったのを改修して詰所へと立て直したという話で、屋根瓦が太陽を浴びて渋く光っている。開けっぱなしの戸を潜るとすぐに畳の部屋が見えた。


「コウマ、いるか?」

「あーい、ちょっと、待ってくださいよ、っと!」


 勝手口と思しき方向から飛び出してきたのは、僕より二つか三つは年下の少年だった。

 背丈は僕よりほんの少し小さい程度。

 頬に一文字の切り傷があって、その軽快な口調からしてもヤンチャな性格なのだろうとすぐに察せた。ハガネさんと同様の制服を適当に着流している。やや制服が大きい所為か、何だかぶかぶかしていた。


「あー、その人が例の腕の立つ旅人さんってヤツですか。オレはコウマってんです。へへ、よろしく」

「チヒロです。……コウマ君、だっけ? ずいぶん若いみたいだけど、いくつ?」

「十六っす。……ってか、コウマでイイっすよ。あと、敬語も無しで。堅苦しいと、俺苦手なもんで」


 十六……僕より三つ下だ。

 何ともまぁその見てくれに違わない気さくで明るい気風の少年。しかし、そんな気風が災いしてかハガネさんから拳骨が一発落ちてきた。


「おあだッ!」

「チヒロの方が年上だし、剣の腕も天と地ほどの差があるんだ。お前は少し礼儀を弁えろ」

「いっだだ……す、すんません」

「あー……僕も、そういうのは気にしてませんので」

「む……そうか?」


 よっぽど重い拳骨だったらしく、しばらくコウマ君はその場でのたうち回っていたが、やがて目尻に涙を浮かべつつも立ち直る。


「つぅ……つつ。そ、そいじゃ、早速オレが街を案内しますよ」

「うん、よろしく」

「俺は別の仕事があるからここから動けないが……何かあったら来てくれ」


 詰所から出ると、コウマくんは僕が受け取った地図も参考にしながら街の案内を始めてくれた。まずは東側の案内をしてくれるとのこと。


「つっても、遊郭のある西側と違って、こっちは別に何の変哲もないふっつーの街なんすよねぇ……」

「そんなことはないでしょ? そうだな……名物の食べ物とか、そういうのは何処にだってあると思うけど」

「うぅんん……美味い飯屋ならあるけど、特別名物って料理はないなぁ……」


 不味い料理も無いっすけどね、なんて白い歯を見せながらコウマ君が付け足す。

 詰所から歩いて行くと少しずつ人通りが多くなり、やがて街の市場に入った。

 規模は大きい。

 視界に見える数々の屋台からは、何処からか仕入れてきた魚や野菜を威勢のいい掛け声で宣伝しながら売りだす商人の姿が見える。商魂たくましいその姿は、何処に行っても変わらない。何となく、ほっとする。


「この街には門が二か所あるんすよ。西南側の門と、市場の仕入れとかに使われる東側の門っす。外からここに来る連中の大抵は、東側の門から来るんすよ」

「へぇ……そうなんだ。僕はその西南側から入ったんだよ」

「ほぇ? そうなんすか。珍しいっすね」

「珍しい?」


 そういえば、前にアズサさんにも運が良いと言われた記憶がある。

 どうしてかと尋ねようかとしたところで、ふと耳朶を打つ金属音に思わず足が止まる。視線を彷徨わせて……見つけた。小さな鍛冶屋さんだ。


「あ……ちょうどよかった。刀の手入れ道具が切れちゃって少し困ってたんだ」

「そっすか? んじゃちょいと挨拶がてらに寄り道しましょうか」


 ススで汚れた暖簾をくぐると、炉の熱と、鍛冶屋らしい気難しそうな面持ちのおじいさんとが見えてくる。コウマ君の姿に気づいて顔を上げ、それから見慣れない僕の姿を見て白い眉が斜めに寄った。


「おう、坊主と……ん? 知らない小僧だな」

「チヒロさんってんだ。旅の人だけど、しばらくここで用心棒をやるんだとさ」

「チヒロです、よろしく。あの……よろしければ、打ち粉を少し分けてもらえませんか?」

「ほほぅ、自分で手入れが出来る人間とは感心だ。待ちなさい」


 そう言っておじいさんはゆっくりと立ち上がり、年季の入った戸棚から瓶に詰まった打ち粉を手渡してくれた。


「ありがとうございます。あの、代金は」

「…………その刀、少し見せてもらってもよろしいかな?」

「え、これですか? ……いいですよ」


 打刀を腰から外しておじいさんに手渡すと、白い眉根がむむむと動く。

 濃紺色の鞘から刀を抜くと、柄頭に結んでいたガラス玉が小さく揺れる。あれは、僕の妹が作ってくれたお守り。


「良い刀じゃな……ちと細身じゃが、よく手入れもされて、魂が込められている。それに……」

「それに?」

「……少なからず、修羅場をくぐってきた痕もある」


 品定め、というより、人定めとでも言うべきか。

 気が付けばおじいさんの視線は刃ではなく、刃に映った僕の瞳をじっと見ていた。


「……旅をしてれば、色々ありますから」


 やがて、ぱちん、と小さく音を鳴らして刃を鞘に納めると静かに返してくれた。


「用心棒の仕事……か。何か困ったらいつでも来なさい。こんな老いぼれでよければ、助けになろう」

「いいんですか? ありがとうございます」


 鍛冶屋のおじいさんの好意にキチンと礼を言って店を出る。

 最初に目にした遊郭の印象ばかりが先行していた所為で色々と懸念だったが、それも結局は杞憂と思い知ることになった。

 それから道案内が再開して、ふとコウマ君が振り返る。


「そういやチヒロさん、腹減りません?」

「え、そうだな……ちょっと空いたかも」


 既に時刻も昼下がり。

 用心棒の話の緊張と街の案内で歩いたから、少しではあるが空腹だ。

 コウマ君は朝食を抜いていたという所為でさっきからお腹の音がぐぅぐぅと鳴いていた。

 お勧めの店があると言われ、僕はそのままコウマ君の先導に従う。

 市場から少し南側に離れて、数分ほど歩いて見えてきたのは『朝顔』という名が書かれた看板。

 勝手知ったる面持ちで暖簾を退けながらコウマ君は豪快に踏み込んでいった。


「ちわーっす。コスズー、何か食わせろー!」

「もう、コウマ! 何かじゃなくてちゃんと注文を……って、え? わっ、い、いらっしゃいませ!」


 出迎えてくれた割烹着姿の小さな女の子と僕が面食らっている間にも、コウマくんはさっさと座敷の席に向かって我が物顔でどすんと腰を降ろしていた。机の反対側をベシベシ叩いて示しながら、コウマ君は僕を手招いている。


「チヒロさーん、こっちの席っすよー」

「えと、チヒロ……さん?」

「あぁ……初めまして。ここで用心棒としてしばらく働くことになったチヒロって言います。よろしく、コスズさん」

「は、はい! あ、えっと、とりあえずこちらの席へどうぞ」


 自己紹介もおざなりに、僕はコウマ君の向かい側の席に座り、机にひっ散らかっていたお品書きに目を落とす。


「……? 甘味と定食が、ごちゃまぜになってる?」

「この『朝顔』って店は昼と夜とで店が変わるんすよ。昼は甘味とか軽食、夜は酒場も兼ねるって感じで。あぁ、さっきのチビはコスズって言って、この店の女将の娘であがふッ!?」


 本日二度目の拳骨がコウマ君の脳天に襲い掛かる。

 コウマ君の額が机にめり込んでいる辺り、ハガネさんのより威力が高そうに見えた。


「人様の前でチビって言わない! ……あ、すす、すみません……さっきは、ロクに名乗りもしないで。私、コスズって言います。お母さんと一緒にこの店で働いてるんです」

「へぇ……凄いな」


 見たところ年頃はコウマ君と同い年か、一つ違いくらい。

 僕より頭一つ分ほど背丈が小さいけど、ぱたぱたとお店を駆け回って注文を取る様は実に絵になっていて、この仕事によく慣れているのがわかる。手にしている小さな手帳も、相当年季が入っている代物のようだ。

 ふと、故郷の妹を思い出す。


「街を見て回ってる時に少しお腹が空いたねって話になって。そうしたら、コウマ君が美味しいお店を知ってるって言ってさ」

「コスズの飯も、コスズのかーちゃんの飯も美味いからなぁ。毎日食ったって飽きないんすよ?」

「毎日って……も、もう! 大袈裟に言わないで! っていうか、アンタ実際毎日食べてるじゃないの!」

「はは、ちげぇねえや」


 熟れた林檎のように顔を真っ赤にしながら、コスズさんは僕たちの注文を手帳に書き込んで厨房へと走っていく。


「……あの子は?」

「アイツ、オレの幼馴染なんすよ。物心ついた頃からここでよく遊んでて、今でも何やかんやの腐れ縁ってヤツです」

「そうなんだ。仲が良いみたいだから、てっきり」

「ハハハ! オレの好みはあんなチビじゃないっすよぉ。オレの好みはズバリ『金色神楽』っす!」

「カンナさん?」

「そうっす! ってか、この街であの人に憧れない男なんていないっすよ! 綺麗な金色の髪、背丈もすらっとしてて、胸なんかこう、ボーンで、腰もキュキュッとしてて……!」

「うん、知ってるよ。一度会って、少しなら話もしたし」

「本当っすか!?」

「うわお」


 真正面から唾が飛んでくるほどの大声に、他の席で食事をしていたお客さんも何事かと振りかえる始末。お構いなくと手で示して周りは落ち着いたが、当人は熱が収まらず机に前のめりになっている。


「何時、何処で? てか何で!? 『金色神楽』って、チヒロさんどういう存在なのか知ってるんすか!?」

「初めてここに来た時に騒ぎがあって、その時助けに入ったんだよ。カンナさんの事は……まぁ、少しだけならアズサさんから聞いたよ。えっと、遊郭で一番格の高いお店の、特別な遊女さんなんでしょ?」

「特別なんてモンじゃないっすよ! この『枯山水』における最上級の遊女で、ぶっちゃけて言えばこの世でいちばんの美人っすよ!?」

「こ、声大きいってば」


 遊郭の遊女の話をこんな場所でと思ったけど、見れば周りの男の人も無言でうんうんと頷いている。


「俺なんか遠目で見たことが数回あるぐらいで……って、そういえばチヒロさんは『枯山水』のこと知ってます? てか、ほとんど知らないんじゃないっすか?」

「うぅん……そうだね、アズサさんから軽く説明を聞いた程度だから」

「ならちょうどイイっすね。この後は遊郭方面を見に行きやしょうか」

「ん、頼むよ」


 そんな話がひと段落したところで、僕が注文したきな粉餅がやってきた。

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