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鎖ノ姫  作者: 夜斗
第六章
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『鎖ノ姫』  第六章 「1」

 顔を引っ込め、僕はユメちゃんを抱えたまま一度【月】の中へと引き返し、細い通路の角を曲がって死角に隠れる。

 ここなら、入り口から覗かれてもとりあえず僕らの姿は見えないはず。


「……何で、『顎』の連中が!? 自警団は……って、そうか、今は全員式の警護に集中してるから……」

「ち、っちち、チヒロ様、今の、今のは……!?」


 僕以上に狼狽えるユメちゃんの頭を撫でつつ、自分も落ち着けと胸の内に言い聞かせ冷静さを取り戻す。

 状況を整理したい、が、火の手が上がりつつあるこの状況下、悠長なことは言っていられない。


「話は、後にしよう。今は、とにかく市場の方に戻ってハガネさん達に報せないといけない。……ユメちゃん、ここって裏口とかある?」

「そ、その先……倉庫の、側の」


 言うが否や、僕はユメちゃんを抱えて立ち上がりすぐさま裏口の方へと向かって駆け出す。

 慎重に扉を開き、隙間から左右を確認して、安全と見るや一気に開け放って門へと向かう。


「……変だ」

「え……?」


 枯山水へと続く門は、僕が普段出入りしているあの門ただ一つのはず。

 それなのに、『顎』の連中は『枯山水』のほぼ中心に当たる広場の方にまですんなりと侵入している。

 外壁に梯子でも掛けてよじ登ってきた、と考えるのがごく普通なのだが、違う。

 僕が感じている、この“変”という感覚はそうではない。


「……ッ」


 切迫した状況の所為か、自分でも上手く表せない感覚を抱えたまま走り続け、【月】の裏手から商店街へ、そのまま路地を走って、やがて前方に門が見えてくる。

 未だ、人の気は無い。

 狼の毛皮を被った連中の姿も他に見当たらず、拍子抜けするほどすんなりと門を越える。

 振り返ると、夜の空へ黒煙が昇っていくのが見えた。

 そろそろ、市場の方で誰かが異変に気付いた頃かもしれない。

 その証拠に、改めて市場の方へと身体を向けた時、既にハガネさんを始めとした自警団員が駆け付けてくれていた。


「チヒロ! あの煙は何だ!?」

「ハガネさん! 皆も! 実は……」


 掻い摘んで事情を話すと、ハガネさんは怪訝な表情を浮かべる。

 他の団員も同様だ。


「……このタイミングで襲って来たってのか。何てヤツらだ」

「すみません、人数まではハッキリと見ていないんですが……」

「いや、気にしなくていい。とにかく追い払って、早いとこ火を消しに行こう」

「チヒロ! 無事かい!?」


 それから少し遅れて、アズサさんとカンナさんが駆け付ける。

 ユメちゃんはカンナさんの元へと飛び込み、安堵の表情を浮かべた彼女とひしと抱き合う。


「僕は無事ですよ。今から、連中を追っ払ってきます」

「違うんだ、その、まだ家にじーちゃんが残ってて……!」

「……え」


 結婚式に参加しているものばかりだと思っていたが、そう言えば僕は姿を見ていない。

 アズサさんの話によると、今日は体調が優れないから家で寝て過ごすと、結婚式にはさほどの興味も示さず布団に潜り込んでしまったのだという。


「火の手って、何処から上がってるんすか?」

「……【月】の、裏手の」


 アズサさんの家がある辺り。

 僕の言葉を耳にするなり、アズサさんは他の誰よりも先に門に向かって駆け出し、その背中をハガネさんが慌てて追いかける。


「待て、アズサ!」

「僕も行きます!」

「しゃあねえ、チヒロに続け続け!」

「援軍もあるんだ、ちんけな盗賊なんて蹴散らしちまおうぜ!」


 カンナさんや市場にいる人を避難させるために一人を残し、それ以外は全員で武器を手に『枯山水』の方へと走り出す。

 鞘を握り締めながら、今しがた耳にした援軍と言う言葉が気になって僕は横を走るコウマ君に訊ねた。


「今の、援軍って……?」

「オウギさんのトコの連中ですよ。腕っ節のイイ男を十人ほど、不測の事態に備えてって、余所から声を掛けててくれたみたいですよ。さっき顔合わせて、少し話もしてました」

「……」


 見慣れた【花】の見世物小屋を過ぎて中央の広場へ。

 既に火の手は【月】の建物や【森羅】にまで及んでいて、燃え上がる炎に照らされた人影が徒党を組んで向かってきた。

 前方、総勢十名。

 対してこちらは、ハガネさんやコウマくんたち自警団員と合わせて五人。

 数において既に不利だが、僕や他の団員の士気も高く物怖じするような様は見受けられない。


「おらぁッ!」


 振り下ろされた鉈を鞘で受け止め、弾いて、勢いをそのままに抜刀して正面から袈裟斬り。

 真正面からの一撃は避けられてしまい、その隙を別の男が突いてくる。

 応戦しようとして、横からハガネさんの飛び出し、胸元に一文字の剣閃が閃く。

 束の間、別の男が飛び掛かってきて、今度は僕がそれを往なして、蹴飛ばして距離を離す。

 人数の不利は、一人一人の練度で補う。

 コウマ君や他の団員の援護もしながら、じりじりと『顎』の人数を減らしていく。

 そうして数が互角になろうかという矢先、【鳥】の裏手から増援が現れ僕は舌打ちをする。


「困ったな……これじゃ、アズサさんを追えない!」

「へへ、こっちも増援が来たみたいっすよ!」


 したり顔を浮かべるコウマ君の視線の先、『枯山水』の門を越えて現れたのは、件のオウギさんが声を掛けたという屈強な男たち。

 手に手に刀や薙刀などを携え、『顎』への迎撃を始めていく。


「チヒロさん、ちょっとアズサさんを頼めますかね! こっちはこっちでやっておくんで!」

「わ、わかりました!」


 増援の登場でいくらか余裕のあるコウマ君の声に促され、僕はそのまま広場を突っ切って【月】と【鳥】の間の路地に駆け込む。

 ここから突き当りを北側に向かえばアズサさんの家が見えてくるのだが、進めば進むほど火の勢いが増している。


「アズサさん!」


 目の前が真っ赤に染まる。

 僕の視線のその先、アズサさんの家は激しい炎に包まれ、メキメキと崩れる音と炎が爆ぜる音とが重なって耳朶に響く。

 アズサさんの姿も、ジロウさんの姿も見当たらない。

 まさか燃える家の中に飛び込んだのだろうか。

 近付こうにも、荒れ狂う熱波が頬を焼いてこれ以上進みようがない。


「アズサさん! アズサさん……!? 何処だ、何処に……!?」

「……ひ、ろ……」

「……ッ、アズサさん!?」


 小さな声は縁側の方から。

 弾くように地面を蹴って向かってみると、ぐったりとしたジロウさんを抱えたアズサさんの姿が見えた。すぐさま駆け寄って肩を貸すと、庭先から路地の方へと抜け出る。


「その怪我、大丈夫ですか!?」

「……大したことない。でも、じーちゃんは途中で頭ぶつけて気を失ってる。早いとこ、安全な場所に行かないと……」

「……市場の方まで僕が護衛します。このまま水路伝いに外周を進んで、門の方まで行きましょう」

「……あぁ」


 広場の方を経由して真っ直ぐ行く方が距離も時間も短縮できるが、如何せん、あの広場は自警団と『顎』とが戦っている真っ只中。

 そんな場所を手負いの人を背負ったまま移動できるわけもなく、ともすれば遠回りの道を選ばざるを得ない。

 万が一に備え、僕は抜刀して臨戦態勢のままアズサさんの斜め後方を維持しながら走る。


「……」


 燃え広がっていく『枯山水』を尻目に、僕の思考は違和感を患ったまま。

 何かがおかしい。

 真っ先に火の手が上がったのが、誰もいない『枯山水』の、しかもアズサさんの家付近だったのか。

 『顎』の連中が最初に火矢を放って、たまたまこちら側に反れて当たっただけなのか。それにしたって、どうして明かりの何もない場所を最初に狙ったのか。

 あの連中のやり口は知っている。

 襲撃と略奪が主だった目的のあいつらは、むしろ人の多い場所を好んで狙う。

 だから、例えば今の『枯山水』なら人気の感じられない遊郭より、結婚式で人が集中している市場の方を狙うはず。


「小難しい顔して、どうしたんだい」

「……」


 幸い、『顎』の連中と出くわさないまま外周を走り切り、『枯山水』と街とを繋ぐ門まで辿り着く。火の手も、まだ市街地の方まで達していないようで、市場の方に目を向ければ人の明かりが見えてくる。


「あ、アズサさん! それに、チヒロさんも!」

「無事だったかい!?」

「……オウギ、さん?」


 出迎えてくれたのはアヤさんを始めとした街の人々と、それから正装姿のままのオウギさん。

 二言三言と軽く言葉を交わした後、アズサさんはぐったりしたジロウさんを他の人と一緒に運んで市場の方へと治療に向かう。


「状況はどうだい? ウチらが用意した援軍は仕事してる?」

「詳細は分かりませんが……善戦してくれてると思います」

「そうか……や、本当はもう少し早くに来てもらう予定だったんだがね、到着は遅れてしまったが、盗賊相手には後れを取らないことを保証するよ」

「……ここも安全とは言えません、オウギさんも離れた方が」

「おっと、そうだね。部下の様子が気になるとはいえ、ここで無用な野次馬根性を働かせてもしょうがないか。いやすまんね」


 悠長に笑っていられるような状況ではないのだが、オウギさんは緊張感のカケラも感じられないようなヘラヘラっとした笑みを浮かべる。

 というより、結婚したというのに“妻”の心配はしないのだろうか。


「安心しなよ、チヒロくんが気にしてるあの子なら大丈夫さ。休んでる別室は向こうだし安全だよ」

「そう、ですか」

「一応言っておくと、ウチだって別に全く気にしてないってワケじゃないんだよ? 仕事柄、そういうのを顔に出さないようにって、普段から意識しちゃってる所為か顔に出てないってだけさ。君のそういう心遣いも、有り難いって思ってる」

「……僕、行きますね」


 ここで呑気に話をしている場合ではない。

 今も『枯山水』の中で自警団やオウギさんの寄こしてくれた援軍と『顎』とで戦闘を繰り広げている。

 相手は僕にとっても因縁のある相手であり、早々に決着をつけてしまいたい。

 例え、それで僕の命が散ってしまっても、構うもんか。

 抜きっぱなしの打刀を握り直して、僕は『枯山水』の門を突き抜ける。

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