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鎖ノ姫  作者: 夜斗
第五章
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『鎖ノ姫』  第五章 「5」

 遊郭らしさを醸し出したいから。

 そんなオウギさんの計らいで、結婚式は『枯山水』が目を覚ますのと同じ時刻に執り行われることとなった。

 市場に用意された特設の会場のその中心で、本日の主役たる新郎新婦が二人並んでいる。

 と言っても、二人とも普段の恰好とあまり変わりがない。

 今回の式はオウギさんの唐突な婚約宣言やら何やらと唐突な要素ばかりだったせいか、ちゃんとした恰好を用意できなかったのだとついさっき耳に挟んだ。普段と変わりのない恰好だが、結婚式と銘打っている所為もあってか並んでいる様は既に夫婦のようにも見えなくはない。

 一応、僕個人としては不本意ではある。


「結婚おめでとうオウギさーん!」

「幸せになりなよー!」

「はっはは、ありがとなー」


 周囲から飛んでくる雑な祝辞に、オウギさんはニコニコ笑顔を浮かべて手を振って返す。ユウキも、手首だけを動かして返している。

 微笑、よりもなお、微小の笑みを浮かべて。


「……結婚式、って言うより、何だかただの宴会みたいだ」


 一度だけ、旅の途中で結婚式というものをこの目で見たことがあるが、あの時は神社の境内の中で、神主さんを始め厳粛な雰囲気の中で粛々と進行していたのだが、それに比べるとオウギさんの結婚式は実に大雑把で、その分和やかでもあり賑やかでもあり、肩肘張って新郎新婦を見送るようなこともない。

 各々も二人の結婚を肴に酒や食事を楽しんだり、これはこれで楽しい結婚式と思えなくはない。

 男女の門出がこんな騒がしくて良いのだろうか、とも思わなくはないが。


「……でも、急いでるからって、何も仏滅の日に結婚式なんてやらなくても」


 確か、結婚式って大安吉日に執り行われるものだって聞いたんだけどな。


「よっす、チヒロさん!」


 ぼんやりと呆けていたその矢先、そんな元気な声が聞こえたので振り向いてみると、手に手に様々な料理を乗せたコウマ君の顔があった。

 口元にしっかりと料理のタレを付けて、ニッコリと実に見事な笑みを浮かべている。


「どうしたんすかー? んな難しい顔しちゃって。今日はめでたい宴会なんだから、食わなきゃ損っすよ!」

「いや、今日は結婚式でって……警護を頼まれてるのにそんなに食べちゃって大丈夫なの?」

「何言ってんですか。腹が減っては戦は出来ないって昔から言うでしょうよ。ここでたらふく食べて、飲んで、仕事に備えるってワケですよ」


 ちょっと喋るだけで凄い唾の量。


「……コウマ君、お酒飲んでない?」

「まだ飲んでないっす!」

「……止めても無駄そ」

「それに、今日の飯は全部オウギさんの持ちになってんですよ。つまりはタダ飯! 滅多に食えない豪華な料理を、今の内に食べておかないと」

「アハハ……」


 結婚式なんて全く眼中に無いと体現しているコウマ君の姿に僕は乾いた笑いを浮かべるので精一杯。きっと、彼の頭の中は今日の豪華な食事でいっぱいなのだろう。


「よければチヒロさんも一緒にどうです? まだ時間じゃないっすよね?」

「うーん……今、少し食欲が無くて」

「辛気臭い顔しちゃってんねぇチヒロくん?」

「うわ、オウギの旦那!?」


 突然僕たちの間に上機嫌なオウギさんが割って入ってきてコウマ君が驚いて大きく仰け反る。

式の主役と言う事はつまり、僕たち自警団側が警護するべき対象であり、そもそも警護を依頼した張本人。

 手に料理を握り締めたまま硬直したコウマ君の滑稽さと言ったらない。


「祝いの席だってのに、暗い顔しちゃってどうしたのさ? ほらほら、もっと食べて飲んでさ」

「そ、そういうオウギさんこそ。主役なのにこんなところで。ユウ……お、奥さんと一緒にいないと」

「あぁ、彼女は少し気分が悪いって、今は別の場所で休んでるんだよ。お酒の匂いとか、苦手だったのかもね」


 気になるかい?

 僕にだけ聞こえる声量で耳打ちされて、僕はギョッとなってオウギさんを見返す。


「っはは。そんな恐い顔しなさんな。大丈夫だよ。ウチのトコの人間が介抱してるから、大事ないさ」

「…………そう、ですか」

「ん? チヒロさん、どうしたんですか?」

「……何でもない」


 何ら事情を知らないコウマ君からしたら何の話かも、僕とオウギさんの間に一瞬剣呑な空気が漂ったのもさっぱり理解できないだろう。

 それから二言三言と適当な話をして、コウマ君とオウギさんとそれぞれ別れる。

 手持無沙汰な僕は警護がてらにと適当に会場を歩いて様子を見ていた。

 何処を見ても笑顔ばかり。

 純粋にオウギさんを祝福している人もいるし、宴会に便乗して大はしゃぎする人もいる。

 賑やかな声は、それだけで人を元気づけてくれるものだが、今日の僕だけは例外。

 ユウキの結婚、というのはもちろん。

 僕の懸念は、それに加えて別の場所にある。

 昨晩の、ユウキの言葉だ。


 ※


「このままじゃ、チヒロ……ここで、死んじゃうの!」

「…………え?」


 死ぬ? 僕が?

 あまりにも唐突なその言葉に、僕は今度こそ動揺してぐらりと視界が揺れたような気がして、思わずユウキの顔を二度見する。

 既にユウキは泣き出してしまっていて、大粒の涙は着物の生地の上を滑って落ちていく。


「ど、どうして僕が死ぬのさ。それに、視えたって……? まさか、未来を視たってこと?でも、もうほとんど視えないって前に」

「私にも、よく分からない……けど、偶然視えたの。チヒロが、血を流して倒れている光景を……」


「…………」


 驚いた。

 驚き過ぎて、息をするのも忘れて、ユウキの悲痛な表情を凝視することしか出来ない。

 肺が空気を求めて疼いて現実に引き戻され、僕は大きな深呼吸をひとつして、心と体を落ち着ける。


「え、と……詳しく、教えてくれる?」

「ごめん……なさい。視えた景色が、途切れ途切れで、あまり詳しくは……でも……」

「断片的にでも、いいから」

「わ、わかった……待って……」


 僕と同じように、ユウキも胸に手を置いて一度深呼吸。

 お互いに平静を取り戻す。


「……場所は、この『枯山水』……のはず。何処か、建物の中で、火事が起きてて、その部屋の奥で、チヒロが……胸から血を流して、倒れてて……」

「……」


 以前の話を思い出す。

 確か、ユウキの力は、視た人の近しい未来を覗けると言っていた。

 近しい、というのがどれくらいの期間を示すのだろうか。


「ごめんなさい……漠然と、近いとしか、わからないの……でも」

「早くて、二、三日以内にってことなのかな……そういえばユウキ、あの人を視たって言ったけど、それはオウギさんでいいのかな?」

「え、えぇ……そう、だけど」

「……オウギさん、か」


 視た人の近しい未来。

 ということはつまり、僕が死んでしまう光景をオウギさんが目の当たりにするという事になる。

 真冬の夜風に冷やされた頭は、僕の思った以上に冴えて動いてくれる。

 ユウキの視えたという光景から、様々な可能性を考えていく。


「胸から血を流してたってことは……誰かに刺されたとか、もしくは撃たれたとか……なのかな。倒れてたって、仰向けに? それとも、うつ伏せ?」

「え? えっと……うつ伏せ、だった……気がする」

「正面から刺されたのか……? うぅん、どういう状況なんだろう……」

「ね、ねぇ……チヒロ」

「うん?」


 顔を上げた先、見えたのはたっぷりと困惑の色を浮かべたユウキの顔。


「……どうして、そんな、冷静なの? 冷静って言うか、もっと、何ていうか……凄く、淡々としてる」

「え、そう……かな?」

「してるよ! 早く出ていかないと、死んじゃうのに! どうして……?」

「……どうして、だろ?」


 ユウキに自分が死ぬと言われて、驚きこそしたけれど、何故か僕の胸の内で恐怖と言う感情が働くことはなかった。

 何故、と問われても僕にも何故かわからない。


「あぁ、たぶん……」


 ユウキの言葉を信じているから、だろうか。

 自分に来るであろう未来の片鱗を知ったことで、僕は今その未来に向かっての対策を講じようとしている。そんな感じ、だろうか。


「……? ど、どうしたの? そんな顔して」


 自分でも分からない雑感をそう伝えると、ユウキは、ぽかん、と呆けた表情で僕を見つめていた。


「……恐く、ないの?」

「え、っと……あんまり」

「なんで!? だ、だって死ぬんだよ? あと少ししたら、チヒロは」

「死ぬのは恐くない……と、思うけど、そんな未来を知っちゃったから、僕はどうすべきかなって考えちゃったんだよ。何ていうか……そう」


 例えば空模様が怪しくなってきた時、人が雨に濡れないようにと自然と傘を開くように。

 ユウキの視た未来にならないように、僕は僕なりに何か出来ることを模索しようとしている。

 死ぬことは、事実あまり恐くは思っていない。

 だけど、黙って死ぬのを待つのも宜しくとは思っていない。


「変……かな?」

「……かなり変だと、思う」

「でも……わざわざ教えてくれてありがとう、ユウキ。なんとか死なないよう、頑張ってみるよ」

「死なないためにって、教えて、逃げてって言ったのに……逃げないの?」

「逃げないよ。用心棒の仕事、一月の頭までって、アズサさんと契約したからね。ユウキの結婚式もきっちり見て、お仕事も最後まで全うする。それが全部終わって、もし僕が死んでなければ……その時は、また旅に戻るよ」

「…………」


 いつか告げなきゃと思っていた事柄を、僕は自然に口に出来た。

 式を見届けて、仕事を終えて、ユウキの予言通りにならなかった時の話。

 僕は、この『枯山水』を出ていくつもりだ。


「……そう、なの?」

「うん。……あ、そういえば、オウギさんに護衛の依頼を貰ったけど、断るつもりなんだ。諸々落ち着いたし、故郷に戻ってもいいかなって思うし、もっと別の場所を旅してみるのもいいかなってさ」


 復讐の旅をする理由はもう無いのだし、『枯山水』で過ごした日々のお陰で、以前ほど僕の精神も荒んでいない。

 今の心理状態なら、純粋に旅を楽しむことが出来るのではないだろうか。

 そうなれば、僕もいい加減男と偽るのを止めて、旅の女剣士としてやっていけるような気がする。髪だって、放っておけばそのうち伸びるし。


「そうしたら、そうだな……僕じゃなくて、私って直さなきゃだな。言葉遣いとか色々、全部」

「……そんなぺったんこじゃ、髪伸ばしたって、女って、思われないでしょ」

「う……も、もうちょっとすれば、少しぐらい大きくなるよ」

「胸って、誰かに触られないと、大きくならないのよ?」

「え……え!? そ、そういうモノ……なの?」

「ぷッ……ふふふ……」


 急に吹き出すユウキ。

 冗談でからかわれたのかと思った僕は本気でドキッとして、そんな動揺する僕にユウキが手を伸ばす。

 両頬に伝わる、ユウキの冷たい指先。

 色の異なる二つの眼差しが、僕を真っ直ぐ見据える。


「ゆ、ユウキ……?」

「……どうして、なんだろう。チヒロの未来は、視えない」

「……もう死んじゃうから、かな?」

「…………」


 ユウキの表情が歪む。

 その瞳に映った僕の顔は、怯えるでもなければ悲しむでもなく、少し困ったような顔をしている。

 何というか、少し軽率な言葉だったかな、と。

 言ってしまった言葉に、僅かばかりの罪悪感を抱いているような、そんな表情。


「……チヒロ、本当に、逃げないの? 本当に、死ぬのよ? 私が視た未来って、外れた試しがないんだよ?」

「うん、逃げるつもりはないよ」


 今まで散々逃げて来たんだし。

 この辺りで区切りがつくようなら、それはそれでありかもしれない。

 そんな、諦めともいえる心情。

 口には、出さなかった。


「……わかった」


 潤んだ瞳がグッと近づいて、僕の唇とユウキの唇とが触れ合って、重なって。

 二人きり、小さな抱擁の時間。

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