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鎖ノ姫  作者: 夜斗
第一章
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『鎖ノ姫』  第一章 「1」

 翌日、早朝。

 アズサさんが手配してくれた宿で目を覚まし、僕は日課である剣の稽古をしようかと外に出たところで、偶然ハガネさんと出くわした。


「ハガネさん、おはようございます」

「あぁ、チヒロか。……おはよう、早いな」


 昨日と何ら変わらない自警団の制服姿。

 大振りな太刀を腰に下げているその姿は、どちらかと言えば自警団と言うより野武士のように見えなくもない。


「いつもこれくらいの時間に起きて、軽く剣の稽古をしてるんです」

「ほお……それは感心する。うちのコウマにも見習わせたいものだ」

「コウマ?」


 聞いていない人の名前だ。

 首を傾げると、ハガネさんは簡潔に僕の世話役だと一言だけ教えてくれた。


「それも含め、諸々の事はまたあとで説明する。アズサから聞いたと思うが、昼になったら【森羅】に出向いてくれ。そこで改めて用心棒の仕事の話をすることになっている」

「了解です」

「じゃあ、俺は見回りに戻る。また後で……あぁ、稽古するなら街の外で頼む」


 そう言い残して、ハガネさんはまた街の方へと歩いて行ってしまった。

 ハガネさんに言われた通り、当初は適当な空き地を探して稽古しようと思っていたのを改めて街の外に出る。橋を渡って、少し森に入ると小奇麗な空き地を見つけたので、そこで素振りや剣の構え方、持ってきていた指南書を片手に自分なりの型を作るなどして軽く汗を流し、日課の朝稽古を終える。

 その後は、宿に戻って少し遅めの朝食。

 焼き魚と大根おろしの組み合わせを考えた人は大いに称賛されるべきだ、と舌鼓を打ちながら僕は箸を動かす。

 久々の美味しい食事を終えてから身支度を済ませると、宿の主人に礼を言ってそのまま【森羅】へと向かって歩き出した。


「……何か、静かだな」


 遊郭の真の顔とも言うべき夜の姿を目の当たりにしてからこの区画を歩いていると、頭では分かっているつもりだが、その差にどうしても驚きを隠せない。

 夜闇の中で煌びやかに照らされていた街々ももちろん美しいのだが、朝の姿と言うのも真逆の趣があって綺麗な景観だ。

 もちろん、今も遊女の姿はそこかしこで見掛ける。

 けれど、夜とは違ってその表情は何処か穏やかであり、友人と談笑している人もいれば、あの見世物小屋の中で本を読んだりしている人もいる。

 とても昨日見てきた人々と同一人物とは思えない。

 僕だけ狐に化かされているような心地だった。

 そんな街を十分ほど歩くと、この遊郭『枯山水』の事務所である【森羅】に辿り着く。

 玄関前の守衛に話を伝えると、そのうちの一人がアズサさんの部屋がある三階まで案内してくれた。


「おはようございます、アズサさん」

「あぁ、おはよう。昨日の疲れは取れたかい?」

「おかげさまで」


 以前案内された客室とは違い、正面には事務用の机があり、アズサさんもそこに座っていた。

 手前には来客用の小さな机と座椅子がも見える。

 大きな丸窓も含め、全体的に飾り気の控えめな小ざっぱりした空間で、アズサさんの性格が表れているような気がした。


「そりゃ良かった。……さて、もう間も無くすればハガネが来るから、それまで少し茶でも飲んでな」


 給仕の人が現れ、湯呑にお茶を注いでくれる。

 小さく会釈をしてから一口つけようとしたところで、後ろの戸が開いてハガネさんが現れた。僕は慌てて湯呑の机の上に戻して姿勢を正す。


「やぁ、今朝の街の様子はどうだった?」

「問題ない。昨日の連中も、少し酒の勢いに乗り過ぎたと反省していた」

「そっか、ご苦労さん。……さぁて、いよいよ本題に入ろうじゃないか」


 仕事の話、と言ってもこれまでにも何度か経験があるというのに否応にも緊張してしまう。ぎゅ、と拳を握りしめて、僕はアズサさんの説明に耳を傾け、時に自らの意見も述べて話が円滑になるよう努める。

 まず、仕事の内容。

 用心棒の名の通り、僕の仕事は自警団とほぼ同様で街の警護や遊女の護衛などが主な仕事になる。

 といっても、常に自警団と行動をするのではなく、僕だけ単独での行動が許されるとのこと。


「つまりは、自警団の目の届かないような場所を見て回って欲しいのさ。今の団員が少人数ってのも理由だけど、言ったってこの街の組織だからね。どうしたって何処かに綻びが出来ちまうのさ」


 当然だが、僕が何か仕出かしたら他と同様の処罰はある。

 突然釘を刺されてしまったと思ったら、アズサさんはほとんど冗談のような風で話していた。たった一度悪漢を追い払っただけなのに、ずいぶんと信頼されているらしい。


「いやいや、お前さんの性分じゃ外でナニするとは思えないからねぇ」


 男としてはやや情けなくもある、別方向での信頼だった。

 否定できないのもある種の事実なので、僕は苦笑いを浮かべるので精一杯。

 次に、仕事の期間。

 アズサさんから僕に提示された期間は一カ月から二カ月というものだった。

 季節で言えば、ちょうど秋から冬へと移り変わる辺りまで。

 元日は数少ない遊郭の休みだが、その次の日からすぐに通常営業で、新年の挨拶やら何やらも含めてかなり忙しくなる。

 その辺りは何処も彼処も変わらないのだなと僕は胸の内で得心。

 当然、かきいれ時でもあると同時に揉め事が多くなる時期でもあり、アズサさん個人としてはこの辺りまでやってもらえると嬉しいとの言。


「わかりました。それじゃあ……一月の初頭頃までお仕事を引き受けます」

「いいのかい? アタシとしては助かるけど、お前さんの旅の方は」

「あぁいえ、お気遣いなく。僕の旅はこれっていう目的が無いというか、それを探してる旅の途中とでも言うべきか……だから、そういう融通は利かせられるんです」


 自分探しの旅、とでも言えば様になるけど、逆を言ってしまえば、故郷を離れ特に定職に就かずフラフラと彷徨っているだけ。

 なので、そういった時間の都合は僕さえよければいくらでも利かせられる。

 かと言って、あまり長く厄介になるつもりもない。

 しかし、今回の依頼は僕の腕を見込んで仕事を頼まれたのだから、そこはせめて誠意を以て応じるべきだと僕は思う。それなら、その範疇の中で精一杯アズサさんの役に立つべきだ。


「……お人好しだねぇ。ま、アタシとしちゃ異論は無い。チヒロさえ良ければ、それで契約成立と言うことでいいかね?」


 僕もそれでいいと首肯。

 ニッと笑ったアズサさんのしたり顔は、何というか威勢が良い。


「ありがとよ。それじゃ、コイツらを渡しておこうか」


 そう言ってアズサさんは戸棚の引き出しからやや大ぶりの紙と、模様の刻まれた小さな木の板のようなものを取りだした。紙は街の地図らしいが、この木の板は何なのだろう。


「こっちは街全体の地図で、こっちは……若干急ごしらえで申し訳ないけど、まぁ用心棒の身分証みたいなモンだと思っていてくれ。何の証も無しに街をうろついて、何かあったら困るからね。もちろん、あとでちゃんとしたモノも用意するよ」

「なるほど……了解です」

「つっても、そんな格好してるのアンタだけだから大丈夫だとは思うけどねぇ」

「そうですか……?」


 この外套を含め、僕の衣服は妹お手製の特注品。

 布と革とを上手く組み合わせて作られたこの衣服は軽くて丈夫で、万が一荒事に巻き込まれても身動きを阻害しないでくれる優れモノ。外套の内側には小物を仕舞うポケットがいくつかあって非常に便利。

 何でも、他所の国の本で見た服を真似て自分流にアレンジ――何故か妹はこの横文字に拘っていた――した服で、ゆくゆくは自分の店を開いて看板商品にするつもりだと豪語していた。

 旅に出る時は小柄だった所為もあって少々大きかったのだが、気が付いたら今の僕の身体にピッタリで気に入っている。黒い布が基調になっている所為で、夜分に人と出くわすと時々吃驚されるのが玉に瑕。


「さーて、細かい話はそんなトコか。後はハガネが説明するよ。……ここまでで、何か聞きたいことはあるかい? 別に、仕事の話以外に、この街の事を聞いてくれたって構わないよ」

「聞きたいこと…………あ」


 一つだけある。

 仕事のことに関してではなく、あくまで個人的に気になっていることだが、いい機会だと僕は思い切ってアズサさんに尋ねてみることにした。


「じゃあ……一つだけ。遊郭の入り口の方のお店の中にいた、鎖に繋がれた女の子……あの子も遊女なんですか?」


 一瞬、二人の表情が険しいものになって、互いに顔を見合わせる。

 その様子を見て、興味本位で何か不味いことを聞いてしまったのかと内心で焦りが生じた。

 溜息をひとつ吐いて、アズサさんはやれやれといった風に答えてくれた。


「……聞きたいことがあるかって聞いたのはアタシらだからね。ちゃんと答えるさ。チヒロの言うとおり、あのコも歴とした遊女だよ。遊郭の入り口の店ってのは【花】って言って、この『枯山水』の中じゃもっとも格の低い店だ。店も広いし遊女の数もそれなりにいるが……主人のアタシがこう言うのも少々無礼だとは思うけど、数ある店の中じゃいちばん質の下がる店でね。部屋持ち――個人で遊戯用の部屋を持つ遊女のこと――もいるけど、基本的に遊女の質や値段、賃金は低い、って店。あのコはそこで働いてる」

「でも、どうして鎖なんかに? それに、他の遊女は綺麗に着飾っているのに、あの子は」

「…………一度、客と揉めて脱走したんだ。格の低い店だからとて容赦のない客人でね、そうでもして見せしめにしないと……気が済まないってああなったんだ」

「そう、ですか……」


 僕も、アズサさんもハガネさんも、口を結んだまま重苦しい沈黙に沈む。

 迂闊に聞くべきではなかったと反省する半面、僕はアズサさんの横顔が気になっていてじっと見つめていた。

 窓の外へ逃げるようにして視線を送るその表情は、何故か、酷くやり切れないような切なさが滲んでいた。

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