『鎖ノ姫』 第五章 「3」
「はい、それなら私も一緒にいたから、見てました」
翌日の昼下がり。
僕は思い切ってソラちゃんに声を掛け、そしてユメちゃんが言っていたオウギさんが怒鳴っていたという話のことを尋ねてみた。
恐いという印象もそのままに、概ねユメちゃんが言っていた状況をそっくりそのままソラちゃんは語ってくれた。
「……買い忘れがあったから、あの後ユメと二人でもう一度商店街に行ったんです。そうしたら、お店の裏の方から声が聞こえてきて、ユメが声の方に飛び出していったんです。そうしたら……」
「オウギさんが怒鳴ってる姿を見たってワケだね」
「でも、普通に怒ってるっていうより、何ていうか、もっと……恐かったです」
「そっか。……ごめんね、変な話聞いちゃって」
「いえ、大丈夫です。あの時は、ユメを助けてくれて……ありがとうございます」
ぺこり、そんな音が聞こえてきそうなほど綺麗なお辞儀をひとつして、ソラちゃんは広場から【月】へと続く坂道を登っていく。
「……」
そんな後ろ姿を途中まで見送って、僕は思案しながら通りを歩く。
街が活気づいているのは相変わらず。
だが、今の『枯山水』は全体的に雰囲気が違っている。
「聞いた? オウギさんの結婚式の日」
「大晦日だっけ? 結婚して新年を迎えたいって腹かねぇ」
「色々忙しい時期だけど……大丈夫かしら」
所々から聞こえてくるのは、専らオウギさんの結婚の話ばかり。
やれ式の日取りだの、場所だの何だの。
僕が起こした揉め事に関しての噂は、オウギさんの計らいなのか今のところ耳にしていない。
が、あの時居合わせていた男連中は僕を見るなり励ましの言葉を大声で掛けてくる。有難迷惑だと声高らかに叫んでやりたいが、ぐっと堪える。
「……ふぅ」
そうやって歩き続けていたら、いつもの癖で【花】の前まで来てしまっていた。
言わずもがな、今ここにユウキはいない。
ユウキは婚前の身だからと、オウギさんの事務所の方で控えているという話で、僕もあれから一度も顔を見ていない。
ここに来てしまったのは、一種の習慣のようなもの。
いつも見世物小屋の隅で蹲っている姿が僕の瞼の裏にまで焼き付いてしまっていて、今もこうして無意識のうちに居るはずのない姿を探してしまう。
そんな折、小屋の中で休むランさんの姿を見つけた。
「やぁ、おにーさん」
「どうも、こんにちは」
「聞いたよ、昨日は仕事をほったらかして遊びに出てたってね。どーして【花】屋に来なかったんだい。サービスしたってのに」
「や、その……色々ありまして」
「……にしても、あのオウギの旦那が結婚とはね。前に話してた時は、そんな素振り露ほどにも見せなかったってのに」
「ランさんも、オウギさんとは何度か?」
「まぁ……指折り数える程度、かね。ユウキがここに来て、しばらくして何度かはここにも遊びに来てたんだよ。他の店も貸し切るような豪勢な遊びっぷりを他の子は期待してたけど、実際は少人数で小さな宴会程度って感じだったね」
「その時、ユウキってどうしてました?」
「どうも何も……部屋の端っこに追いやられてて、割って入ってくることもなかったよ」
「……オウギさんと話してたりとかは?」
「どうだったかね……うーん……」
ユウキが【花】に来てからとなると相当に昔の話だから、ランさんも当時の様子を思い出そうと小さく唸りだす。
「おやおや、チヒロさんだ。今度はランと逢引かい?」
そんな声が聞こえたかと思って振り返ると、普段よりかは軽めの和服姿のリンリさんが立っていた。小さな紙袋を抱えていて、何やら甘い香りが漂ってくる。
「あぁリンリ、イイところに来てくれたね」
「イイところ? なんです?」
「ほら、ずいぶん前にオウギの旦那が【花】屋を貸し切ったことがあるだろ? 今、その時の話をしてたんだよ」
「あぁ……そうか、あの隅っこのコと結婚だってね。でも……そんな親しげに話してたような覚えはないかなぁ」
「そうなんですか?」
「っていうか、私の記憶が正しければ近付いてすらいない……ような気がするよ。途中から別の店に行った時も、あのコだけは小屋に置いてかれてたし」
「……あぁ、ひとつ思い出した。帰り際に、あの隅の女の子はって聞かれたんだ。事情を話して、それでも名前を知りたがってたから教えたんだ」
「……それだけ?」
「それだけ……だね」
ランさんとリンリさんが揃って頷いて、僕は思考を巡らせる。
結婚の話と、オウギさんとユウキの中とを繋ぐ要素がどうにもチグハグで、僕個人としては納得がいかない。
例えば、その宴会の席で多少なりと親しくなって話すような間柄になっていたとか、そういった話が聞ければ僕もある程度は納得がいくのだが、単純な接点から何からとどうにも合致しない。
「でもまぁ、オウギの旦那の目も凄いねぇ。あんな汚いだけの女が、まさかあんなに美人だったなんて。それを嫁に貰っちゃうってんだから、大胆不敵というかなんというか」
「……チヒロさん?」
「…………え? あ、はい?」
「どうしたんだい、急に難しい顔しちゃってさ」
「いや、その……何でもないです」
「……リンリ、そのたい焼きひとつ貰うよ」
「え、あ、ちょっと! これは私の貴重な朝ごはんで」
「んー、美味いね。おにーさんもひとつどうだい? 甘いモノ食べると、元気が出るよ」
「や、もうあげませんって。もう、私の好物だって知っててやるんだから、ランさんは人が悪い……」
「あはは。食べたくなったら、後で自分で買いますよ。それじゃあ」
簡単に別れを告げ、僕は一度詰め所の方に戻ることにした。
※
詰め所に戻ると、ハガネさんを始め自警団の団員全員が集結していた。
物々しい雰囲気に一瞬気圧され、全員からのお叱りを貰うのではないかとビクビクしながら近寄ってみると、ハガネさんと目があった。
「あぁ、チヒロか。ちょうどよかった、今から呼びに行かせようかと思ってたところだ」
「呼びに……って、何かあったんですか?」
「あぁ、オウギさんの結婚式の日取りが決まってな。それの警護についての話だとよ」
「え、もう日取りが……? それに、警護って?」
日取りが決まったとの唐突な知らせに胸が鳴ると同時、次いで耳にした警護という言葉に小さな疑問を覚える。
難しい顔をしたのだろうか、ハガネさんは適当に手を振って僕を窘める。
「違う違う、警護って言ってもそんな物騒な話じゃない。言わば、会場の見回りとかそんな程度の話だ」
「あ、あぁ……なるほど、警護って言うから、もっと……」
「オウギの旦那のハナシじゃ、三日後に式を執り行うそうっすよ。今日から市場の方で準備して間に合わせるとかなんとか」
三日後……?
街では大晦日と聞いていたのに、またずいぶん急な話に。
「うっかり子供が紛れ込んだりして怪我でもされたら困るってさ。式場が出来るまでの数日、それから当日ってな」
「……」
知り合いの結婚式とあって、皆一様に朗らかな笑みを浮かべながらも、市場の地図を広げ会議を進めていく。
そんな中で、僕一人だけが小さな違和感に苛まれ続けている。
昨日に婚約、そして式の日取りや会場の設定などをこの数日に。
早過ぎる、あるいは、円滑過ぎる、だろうか。
旅をしている中、結婚式というモノに立ち会う機会など滅多になかったが、こうまで段取りを綺麗に取れるものなのだろうか。
笑い合う同僚の横顔、幸せを願う人々の姿。
今日一日歩いただけで、オウギさんの幸せを祝う人もよく見かけた。
僕だけ、だ。
僕だけが、この状況に違和感や不快感を抱き続けている。
でも、周りの雰囲気に呑まれている所為か、僕の感情こそが異常で、周りの人全員が正常のように感じる。
結婚とは、幸せな人生の門出。
幸せに向かう二人を祝福するのは当然のこと。
僕だけが、その幸せを否定しようとしている。
「……チヒロ、おい、どうした?」
「え……? あ、何です?」
「何ですって……今、おっかない顔してたぞ」
「……何でも、ないですよ」
今は、僕だけが悪人のようだ。




