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鎖ノ姫  作者: 夜斗
第四章
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『鎖ノ姫』  第四章 「3」

「そっか……昼間にそんなことがあったのね。ありがとう、チヒロ。改めて、二人の分も御礼を言っておくよ」

「既に二人からたくさん貰ってるんで大丈夫ですよ。……というか、僕としては少々情けなくもあるんですけど」


 場所は変わって『枯山水』最上の店【月】。

 この遊郭で至上の遊女『金色神楽』の部屋で、僕はカンナさんと向かい合ってお酒の席にいる。

 建前としては、ユメちゃんを助けたお礼。

 最初は断ったのだが、双子の熱烈な勧誘と、僕の仕事がたまたま非番だったということも手伝って僕は好意に甘えることにした。

 ソラちゃんとユメちゃんもさっきまでは一緒に花札をしながら――僕はこいこいしか出来ないけど――遊んで、途中で疲れてしまったらしく今は別室で眠っている。


「何言ってるの。女手ひとつで悪漢から財布を取り返したんだから十分でしょう? というより、私はチヒロの顔が殴られたって方が心配よ。せっかくイイ顔してるのに、傷でも残ってたらって思うと……」

「そ、そんなことないですって」

「そう? 化粧したら、かなりイイ線行くと思うんだけどな」


 くすくすと微笑しながらカンナさんはそんなことを言ってくる。僕にそういう女っ気はないってのに。っていうか、そもそも僕化粧の方法なんか知らないぞ。


「でも、本当に助けてくれてありがとね。二人とも、私にとっては大事な子でさ」

「……二人とも、もしかして」

「えぇ。私ら同様ワケあり。双子ってさ、小さい村だと食い扶持が倍になるから忌み嫌われてるってのは、聞いたことある?」

「……いい話じゃないですけど、旅の途中で何度か耳にしたことがありますね」

「間引かれる寸前に母親が村から逃げ出して、街道で力尽きかけていたのを当時の自警団の人が助けてね。……結局母親は助からなかった。けど、あの子たちは思いの外元気でね」


 小さな命を見捨てられない。

 アズサさんを始めとした『枯山水』の人々から献身的な介抱を受け、その甲斐あってか今日まで重い病気もなく元気に育ってくれた。

 そんな彼女たちは、幼いながらもこの街がどういう街なのかを知り、やがて自分たちに何か出来ないかと色々画策していたらしい。そんな姿がカンナさんの目に留まって、禿として働くのはどうだろうかと提案したのだと。


「別に、今から男相手に身体売れって意味で育ててるんじゃないんだけどね。二人とも将来きっと美人になるだろうなって思ってさ。だったら、そういう作法を覚えておいても損は無いんじゃないかってね。ソラは真面目で要領もいいし、ユメは……ちょっとドジだけど、優しくて良い子だし」

「何だか……カンナさん、お母さんみたいですね」

「っはは、あながち間違ってもないんじゃないかな。私は立場上普段は少し冷めたみたいに接してるけど、二人とも私にとっては大事な娘みたいなモノだよ」


 時々一緒に寝ると暖かいんだよねー、なんて親バカみたいな言葉も付け加えて。


「にしても……今日は珍しいね。チヒロがこの部屋まですんなり来てくれるなんて。どういう風の吹き回し?」

「……そう、ですね」


 飲みかけのグラスを机に置き、僕は斜めに視線を落とす。

 好意に甘えることにした、というのも間違ってはいない。

 実際、ちょっと口にし辛い下心を隠しているのも事実だ。


「ははーん、その顔は何かあったって顔だね」

「……なんでそう、一発でわかるんですかね?」

「遊女ってのは人の顔色窺うのも得意だからさ。……ま、それ以前にチヒロの顔って分かりやすいのよ。そんな顔じゃ、嘘とか吐いてもすぐに見破られると思うわよ?」

「むぅ……」


 僕はそんなに表情に出てしまうのだろうか。

 両手で頬に触れてみても、普段以上に熱いということぐらいしかわからない。


「私に、慰めてほしい?」

「……僕がどう答えるか知ってて言ってるでしょ、それ」

「ふふふ、もちろん。じゃ、そうだね……私に、何かを相談しに来た、そんなとこかしら?」

「……」


 ご明察。

 しかし、それをすぐに肯定してしまうのも何だか恥ずかしくて、紛らわせるために僕は黙ってグラスに手を伸ばす。


「ま、私でいいなら何でも相談に乗るよ。誰かに頼られるってのは気分がいいからね」

「…………実は、その、僕好きな人がいて……ですね」


 途端、カンナさんの目が丸くなって何故か着物が肩からずり落ちる。


「……え、あの? 僕何か変なコト言いました?」

「そ、そんな話初耳だよ。好きな人? それって、まさか男かい?」

「い、いえ、その……」


 そうか、思えばあの時は一緒にお風呂に入っただけで、込み入った話は結局何もしていなかった。

さてどう説明したものかと悩む僕とは裏腹に、カンナさんは面白い玩具でも見つけた猫みたいな顔を浮かべると、そそくさと僕の真横に急接近してきた。


「ちょっとちょっと! そんな面白そうな話なんで黙ってたの。ほらほら、早く続きを話して御覧なさいな」

「ち、近い近い!? か、カンナさんちょっと落ち着いて!?」

「まずはチヒロの心を射抜いた相手の名前が知りたいとこだね。何処の誰なの?」

「……【花】屋の」

「【花】屋の? ……ん? 【花】屋?」

「…………ユウキっていう、遊女……なん、です……けど……」

「……あらま」


 もっと変な声を上げられるのかと身構えていたのだが、カンナさんは若干わざとらしい所作で口元に手を当てただけで、それほど大袈裟な驚き方は見せなかった。

 何というか、ちょっとビックリしちゃいました、程度のものである。


「……え、あれ? あの、それだけ……ですか?」

「それだけって……他にどう反応してほしかったのよ?」

「いや、もっと変に思われるかと……」

「そうね……普通に考えたら変だと思うけど、でもチヒロの顔って冗談を言ってるって風でもないし、その実ずいぶんと悩んでるみたいじゃない。それを茶化したりでもしたら、寧ろ失礼にあたると思うけど?」


 思わずハッと顔を上げて、まじまじとカンナさんの顔を見つめてしまった。

 人間の鑑と言うのはカンナさんのような事を言うのだろう。

 もはや人間を超越して、白金色の髪をした女神にしか見えなくて、何故か瞳の奥から涙が漏れそうになってしまった。


「ちょ、ちょっと。何で今私を見て泣きだすのよ」

「す、すみません……い、色々と感極まっちゃって……」

「……でも、そうね。相談に付き合うには少しお話が足りないわね。もう少し聞いてもいいかしら?」


 目尻に浮かんだ涙を拭いて落ち着かせ、僕はユウキとの今までの経緯を話すことにした。

 不必要な混乱を与えないよう、ユウキの秘密に関しては話さなかった。


「つまり、チヒロはフラれちゃったってワケね」

「……」


 改めて言われると胸にグッサリと来る。


「それで?」

「……? それ、で? って?」

「ちょっと、まさかフラれてそれではい終わりってつもりなの?」

「え……?」


 はああああっ、とカンナさんはお酒の匂いの混じった大きな溜息をひとつ。

 何故だかその表情は心底呆れているようで、思わず僕は面喰ってしまう。


「ねぇ、チヒロ」

「は、はい」

「一度告白してフラれただけで心が折れるような人は、正直恋愛に向いてないと思うわ。それこそ、私たち遊女からしてみれば論外よ」

「いや、でも……ですね……」


 ぐい、と肩に腕を回され、その至極端正なカンナさんの顔がさらに接近して、既に僕とカンナさんの頬がくっつくほどに。

 普通の男なら昇天してしまいそうなこの境遇。

 しかし、何故だろうか。

 僕の背筋には緊張ともまた違う、嫌な感触の汗が流れ始める。


「私たちは仕事柄、いろんな男と出会い、杯を交わし、時には一緒に朝を迎えるわ。客の中にはもちろん本気で遊女を好きになってくれて、愛してくれる人もいる。そういう感情は、一朝一夕のモノじゃないわ。一途に想ってくれる人は、それこそ一生だって想ってくれる。好きだと言って、一度断られたってずっとお店に通い続けてくれる人もいる。……チヒロには、そういう男たちと比べて決定的に足りないモノがあるわ。……わかる?」

「…………え、っと」


 どうしてだろう。

 絶世の美女に肉薄されているというのに、普段と違って緊張どころか恐怖さえ抱いて僕は完全に萎縮してしまっている。


「……しゅ、執心?」

根性(、、)よ」


 根性。

 予想だにもしなかったその言葉に僕の目が白黒している。

 女の台詞とは思えないような熱血的な言葉が、まさかそんな言葉と縁遠そうな『金色神楽』の口から出てくるとは夢にも思わない。


「執心、とはまた違うの。話を聞く限りじゃ、今のチヒロは根性が足りてない。好きな女を落としてみせよう、お店に通い続けてやろう貢いでやろう、口説いてみせようっていう強い意志がね」

「で、でも! その、迷惑だとか一緒に居たくないとかって、ハッキリ言われたんですよ?  これ以上言い寄るのは、迷惑じゃ……」

「……なんて言うか、チヒロって恋愛に関しては世間知らずなのね」

「そ、そりゃあ……」


 今まで異性など意識したことなど一度も無し、ましてや人生初の恋心の矛先は同性。

 世間どうこうの常識など知りようもないし、重ねて言えばそもそも人生で“初”なのである。知る由もないだろう。


「チヒロは、ユウキって子が好き。そうでしょ?」

「好き……っていうか、気になるっていうか、側に居たい……というか」

「ユウキが好き。はい、復唱!」

「あう……」


 人が変わったようなカンナさんの威圧感に全く敵う気がしない。


「ゆ、ユウキが好き……です……」

「ん、それでよし。で、チヒロはユウキをどうしたいの?」

「どう……?」


 そういえば、あの時も僕は同じことをユウキに問われた。

 私をどうしたいの?

 どう、とはこれ如何に。


「そうね……これは別に具体的にでなくてもいいわ。さっき気になるとか、側に居たいってチヒロは言ったわよね? じゃあ、側に居るにはどうしたらいいと思う?」

「……側に、居るには?」


 絡んだ糸が解けていくように、僕の緊張もゆっくりと解けて、気持ちにいくらかの余裕が生まれていく。


「もっと単純に考えなさいな。ユウキは遊女、チヒロはお客さん。遊女の側に居るためには、まずどうするのかしら?」

「……ユウキを、買います」

「そそ。で、チヒロは買っただけで満足するの? ユウキのことをもっと知りたい、声を聞きたいって思わない?」

「……思い、ます」

「そうね、遊女を買ったってことは、つまりはお客さんが遊女に興味があるってことだもの。私たちだってね、会っていきなり寝ないわよ? 全ての物事にはね、順序ってモノがあるの。お見合いして、お付き合いして、結婚して、一緒に暮らして……って、みたいにね? そりゃ、今のチヒロは出鼻をくじかれちゃってるワケだけど、まだ完全には終わってない、そうでしょ?」

「……」


 僕の左手に、カンナさんの両手が重なる。

 春の太陽のような温かさがあまりにも心地良くて、蕩けそうになってしまう。


「もう一度最初からやってみなさいな。まずは【花】屋に行く、ユウキを買う、そうしたら……そうね、何処かお店にでも行ったらどう? 一緒にお酒飲んだりとかしてもいいし、他愛のないコトで遊んでみたりもいいじゃない。いきなり告白して玉砕してはい終わり、じゃなくてね。そうやって、ちょっとずつ二人の距離を縮めていけばいいのよ。そうすれば、向こうも少しぐらいはチヒロに心を開いてくれるかもしれないわ」

「…………」


 何だかそろそろ本当に泣き出してしまいそうで、グラスに残っていた中身を一気に飲み干す。火が出る一歩手前の火照った顔で、大変恥ずかしいと思いながらカンナさんの方へと振り向く。


「本当に……カンナさんは、イイ女ですね。頭が上がらないです」

「当然でしょ? でも……少し妬けるわねぇ。こーんなイイ女が間近にいるのに見向きもしないで、【花】屋のいっちばん下の遊女に気があるなんて、さ。何がチヒロをそこまで惹きつけたのかしら?」

「……正直、僕もよくわかってないんです。でも、初めて『枯山水』に来て、初めて【花】屋の中で見たときからずっと、ずっと気になってて……もちろん、それだけじゃないとは思うんですけど、上手く言葉に出来なくて」

「……一目惚れ、ね」


 そんな言葉、何処かで見覚えがある。

 たしか、剣の指南書と間違えて恋愛小説を開いてしまった時だ。

 ただ一度目にしただけで人に惚れるとか馬鹿馬鹿しい、なんて思ってすぐさま閉じた記憶がある。


「別に不思議なことじゃないわよ。それこそ、男も女も関係なくね。一目見た時の印象、当人の好み、色々な理由は考えられるけどね、根っこの部分は本人も分からない。自分でもわからない、けれど焦がれてどうしようもない。今のチヒロみたいな恋の始まりかたを、一目惚れっていうのよ」

「で、でも……こ、こういうのって失礼じゃないですかね……?」

「……っぷふ、っははははは!」


 真横で思い切り吹き出され、驚く僕の背中をカンナさんはペシペシと叩く。


「恋に失礼も何もないよ。ホント、チヒロは律義で面白い子だねぇ……ふふっ」

「……ちょっと、馬鹿にしてません?」

「まさか。私はチヒロのそういうトコ、むしろ好きよ?」


 甘ったるい声音が耳朶を滑り、思わず僕の背筋がピンと伸びて忘れていた緊張が甦る。

 カンナさんの横顔は、けっこう真摯で判断が難しい。


「か、からかうのはもう無しですよ」

「っはは。本気なんだけどなぁ。チヒロが男だったら、初めてこの部屋に来た時点で骨抜きに出来る自信があったのに。でもまぁ、チヒロが男であれ女であれ、最初から気に入ってたのは事実よ。あの男を蹴散らしてくれた時、けっこうスカッとしたからね」


 あの時の光景を思い出してか、カンナさんはけらけら笑いながら、不意に僕の頭にその綺麗な手の平をぽんと置く。


「人生最初の恋、なんでしょ? 自分が納得いくまで、精一杯頑張ってみなさいな。頑張って頑張って、それでもし玉砕しちゃったら、その時はまたここにおいで。私が優しく慰めてあげるからさ」

「……はい」


 遊女流の激励、なのだろうか。

 優しく撫でられる感触にくすぐったさを覚えつつ、ほんの少しの間、カンナさんの優しさに身を委ねることにした。

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