アレングリア殿下
エウリアさんって人にまさかの殿下呼びされたジル・サンダーは、
「殿下もそうだけど、アレングリアもやめてよね。僕はもうアレングリア・ジェラルド・サンダース・ミラクロアの名前は捨てたんだ、今はただのジル・サンダーボルトだよ」
と本当に渋い顔でそう続けた。ジル・サンダーって本名じゃないの? 一応、ジェラルドとサンダーは入ってるけど。ボルトはどこからきたんだ?
「アレングリアソレート、ィサイシュアハラマテンダ」
それにはエウリアさんも納得がいかないのか、本名呼びで何か反論している。ただし、名前以外は解らないから推測だけど。そしたら、
「伯父上はまだまだ元気だし、なにより跡を継ぐべきトリスタンがいるんだよ。僕が王宮にいる必要なんてないじゃないか」
それに対して、ジル・サンダーはそう答えていた。そうか、一応王子様じゃないわけね。ま、王様の甥っ子だってんだから、厳然たる王族に変わりはないけど(ため息)
そうやって見てみると、私に出してくれたお茶のカップも何気に高そうな気がする。
ただ、王族のなんのって話をまじめくさって言っているジル・サンダーの顔が机の小麦粉にダイブしていたため麿状態なのに、エウリアさんがそれをツッコんでいない風なのが笑える。ま、こういう言い回しをしてくるあたりで、エウリアさんは王家の侍女っぽいから、『ご主人様とそれに類する方々』がどういう状態でも冷静に対応するように訓練されているのかもしれないが。
しかし、それから二言三言の応酬があった後、きっちり小麦粉のことも叱られていた。エウリアさんがパメロを連発して机を指さしていたから、たぶんパメロが小麦粉の事だと思う。ただ、てっきりすぐに片づけられるなと思っていたのに、そうはならなかった。ジル・サンダーが頑として片づけさせなかったのだ。要するに(エウリアさんにとっては)、今でもしっかり王族フラグの折れていないアレングリア殿下の命令には最終的には逆らえないってこと。ったく、んなとこで王族風吹かせてどーする。
エウリアさんは他にもジル・サンダーと押し問答を繰り返し帰って行った。
「おはようございます、アレングリア殿下」
エウリアさんが完全に帰ったのを確かめてから、私はジル・サンダーに朝の挨拶をする。
「あ、おはよう、ミニョーリ……って、君まで殿下なんて呼ばないでよ」
まだ麿のままのジル・サンダーがそう言ってため息をつく。
「アレングリアが本名なんでしょ?」
フルネームはさすがに1回位じゃ覚えられない。
「……確かにアレングリアは僕のファーストネームだけど、偽名を使ってるわけじゃない。ジェラルド・サンダースはミドルネームだし、ボルトは母方の姓だ」
要するに、いかにも王族臭のするアレングリアという名前と、モロ王族を示すミラクロアって家名を外して、平民出身の母親の名字を名乗っているのだという。それで、
「ふーん、名字ングリーアスじゃないのね」
とぽろっと私が言ったら、
「ングリーアスはミラクロアを含むこの星の名前だ」
と、憮然とした顔で返された。因みにングリーアスと言うのは、この世界の古い言葉で、『偉大な大地』という意味らしい。
ま、異世界から来て幽霊の私には、相手が王族であろうがなんだろうが、関係ない。だから、この話はここでお終い。私が、
「んなことより、ちゃっちゃと顔洗ってきたら? あんたすんごい状態になってるよ。それから朝ご飯食べたら昨日の続きやるわよ」
と言って椅子に座っているジル・サンダーを水場にしっしっと追いやる動作をすると、彼はちょっとびっくりしたような顔をして、のろのろと水場に向かった。どうやら自分の生い立ちを根ほり葉ほり聞かれると思ったらしい。実はそういうの苦手なんだわ。兄からも、『おまえはつける物を間違ってきた』と言われる『漢前』です、私。