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『夢の国』-希望的観測

 妹が自室の窓から転倒した。意識もなくあわてたが、頭は打っておらず、傷も打ち身程度で一安心。


 だが、転倒後3日経っても、一週間経っても、一月経っても妹は目覚めなかった。まるで、不自由になってしまった身体を脱ぎ捨てて、心だけどこかへ行ってしまったかのように、子供の頃の妹からは考えられない位お行儀よく、規則正しい寝息を立てながら眠っている。

 ……妹は本当に『夢の国』に行ってしまったのかも知れない。


 あの痛ましい事故から8ヶ月、奇跡的に意識を取り戻した妹は、眠っていた間の夢を喜々として語った。いかにもメカオタクの妹が喜ぶようなその内容に、願望が夢に現れたんだろうと思っていたが、その内退院した妹は、(主に電気を作るシステムを)調べ始めた。

 その障害を抱えて無理できなくなった身体をいとわずのめり込む姿に危機感を感じた俺は、何度も妹から資料を取り上げたが、妹は怯むことなくまた資料を集め始める。事故後、職を失ってしまった妹の新たなライフワークとしてそれもアリなのかなと思い始めていたとき、この『事故』が起こった。


 そして、3ヶ月が経ったとき、病院側から転院を勧められた。そして、暗に『尊厳死』も……

「何故ですか、みのりはまだ生きています!」

俺と両親は口をそろえてそう言った。


 確かに、傍目から見れば生産的なことは何もしていないかも知れないが、妹は確かに生きている。それに……


ーここでは眠っているだけかも知れないけど、もしかしら『夢の国』では元気に生活しているかも知れないじゃないかー

 ……いや、それが願望に過ぎないのだということは自分たちも重々理解しているつもりだ。しかし、俺たち家族はその『夢の国』に賭けた。

 幸いと言うべきか、前の事故での保険金が相当額あって、生き辛いであろう妹の将来を思ってほとんど手つかずで残してあった。生命維持装置のお世話になって、月ん十万かかっても、数年ぐらいは屁でもない。なら、いけるところまでいってやればいいと。それに、『夢の中』はこっちの12倍で時間が進むらしいから、5~6年こっちで生きれば、あっちでは十分天寿を全うできるのではないか。希望的観測でしかないが、俺たち家族も妹が『夢の国』ででも生きられることを望んだのだ。


 俺たちはただ、妹の命をつなぐことだけを考えた。前の事故の時のように、毎日話しかけたりはしなかった。妹の心はもうここにはないし、縦しんば俺たちの声が聞こえて里心がついてもいけないし。

 バカバカしいと言う奴もいるかも知れない。自己満足? 上等だ。でも、もし『夢の国』が本当にあったとき、生命維持装置を切った責任をお前はとれるのかって話だ。


 結果、妹は転倒後6年生き、7年目の頭の朝、静かに息を引き取った。あっちで赤ん坊から始めたとしても72~3にはなっているはずだ。


 コレで良かったんだよな、みのり……

ただ、ひとつだけ悔しいのは、お前の心を奪っていった「ジル・サンダー」とかいう男をこっちにいる俺は一発も殴れないってことだ。

 ジル・サンダー、絶対に妹を幸せにしてくれよ!


でなきゃ、俺も化けてでてやるからな!!

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