支えられていたのは……
で、案の定? ジル・サンダーが倒れた。本人は、
「ただの風邪だよ」
と言うが、その風邪は慢性的な過労が原因なんだからね。だけど、
「とにかく、今は静かに寝てなさい」
と言っても、ジル・サンダーはベッドの上で仕事を始める。
「あ、こらっ! 寝てなさいっていってるでしょ!!」
幽霊の私はそれをとがめることは出来ても、仕事を取り上げることは出来ないのだ。そして、
「だって、一刻も早くこの仕事を終わらせて、ミニョーリに今度こそ大きな雷≪電気≫の作り方を教えてもらいたいんだもの」
と言われて、返答に詰まる。……電気……だよな、やっぱり……
別に出し惜しみしている訳じゃない。出来ないのだ。
私は電気を作るおおよそのメカニズムは知っている、だけどただそれだけなのだ。
さらに言えば、位置エネルギー(水力)運動エネルギー(火力・原子力)摩擦力?(風力)でタービンを回せば良いのだというのは解る。でも肝心のタービンの構造も解らなければ、電位を変えていろんな所に送る手段も、それ以前に電線の作り方さえ知らないのだ。
それでも、私の持っている知識を全部伝えればあの『オタク集団』ならやってくれるかもしれないが、どれほどの時間がかかるのか想像もつかない。一生かけてでもやれればいいけど……
(どうしたもんかなぁ……)
と薬で眠っているジル・サンダーの顔を見ながら考えていると、
「ミニョーリ様」
と入ってきたのは、エウリアさん。彼女は未だ嫁をもらわないジル・サンダーの身の回りの世話をしてくれている。
「ミニョーリ様、お話があります。ちょっとご足労願えますか」
エウリアさんはそう言って、外に向かう。私が付いてきているかどうか、それよりも私がジル・サンダーの側にいるかなんてわからないだろうに、私が付いてきている体で、ずんずんと工房前の坂を下り、彼女は、私とジル・サンダーが出会った場所で止まった。ジル・サンダーがここで二人が出会ったと何度も言っているので、話をするのならここだと思ったのだろう。
そして、彼女はあの日、私が座ったふりをしていた石垣に跪くように頭を垂れ、
「ミニョーリ様、お願いでございます。ミニョーリ様の世界にどうぞお戻りくださいませ」
と言ったのだった。
「ミニョーリ様が引きこもり気味だったアレングリア殿下を表の世界に連れ戻してくださったこと、ひいてはこのミラクロアに建国以来の大発展をもたらしてくださったこと、感謝してもしきることはございません。
ですが、ですからこそ敢えて言わせて頂きます。このままでは殿下は……壊れてしまいます。
ミニョーリ様もお気づきでございますよね、殿下がミニョーリ様と同じお立場になることを切に望んでおられることを。
さすがに自死まではなさらないでしょうが、このところのお仕事の量は異常でございます。消極的に高みを目指しているようにしかわたくしには思えないのでございます」
……うん、私もそれ心配してたよ。でも、
「ですから、ミニョーリ様は本来あるべき場所にお戻りいただけませんか」
と言われて、
「そんなこと言ったって、帰る方法がわかんないんだから……」
と思わず言い返す。あ……エウリアさんには私の声は聞こえないんだった。
だけど、聞く相手のいない『帰る方法がわからない』という言葉が自分に突き刺さる。そうよ、私は帰る方法がわからないんじゃない、端から帰ろうと思っていなかったんだってそのとき気づいたのだ。
そう、私はトラックに轢かれてここに来た。もう戻る場所なんてない。いや、正確に言えば帰ったところで待っているのは『死』しかない。それを受け入れられなくて、ここでなら幽霊で他の人には見えなくても、ジル・サンダーを通して今までのように笑って泣いて仕事が出来るから……私はジル・サンダーを支えているつもりだったけど、実は私の方がジル・サンダーによっかかって甘えていたのだ。
このままじゃいけない。帰りたい。ううん、帰らなきゃ。
そう思ったとき、私の身体がどんどんと色を失って透けていった。
ああ、なぁんだ……帰りたいと念ずるだけで良かったのか。成仏するんだね、私。
あ、でもジル・サンダーにお別れの挨拶してない……悲しむだろうなぁ。でも、工房のみんながいるからきっと大丈夫だよね。
そう思ったら今度はなんだかすごく眠くなってきた。寝てなかった8年分の眠りがいっぺんに押し寄せてきた感じ? すぐに目も開けていられなくなって、私はそのまま風に溶けていった。




