残念工房主
そんな風に騒がしく工房≪オタク集団≫との日常は過ぎていき、気がついたら8年も経ってしまっていた。鉄道路線は2つに増え、3路線目をどこにするかで大もめにもめているが、それ以外の事業はまずまず順調だ。いや、順調すぎるという方が正しい。あの後、工房のみんながこれ見よがしに算盤を交渉に使ったせいで、これも商品にしないのかと、大手商人を中心に依頼が殺到した。ホントに、とことんブラック体質な工房だよね。しかし、ここではボタンも一個ずつ手作業で作っているし、算盤にはかなりの数のボタンが必要なので、ほいほい量産するわけにはいかない……と思っていた。
ところがそこに救世主が現れた。それはなんとドングリ! 当然自然の物なので、個体差はある。あるけど、大きさで振り分けて作れば問題はないってことに気がついたのだ。なんせ自然豊かなングリーアス、ドングリはそれこそ売るほど落ちていた。いや、今までは売ったって買う人なんていなかったけどね。人間が食べるにはこっちのドングリも渋かったから、今まで子どもが遊びで使う以外に需要はなかったらしい。
そして、そのドングリ拾いはそのまま子どもたちのいい臨時収入となった。秋の期間限定ではあるし、籠いっぱいに拾ったってたいした金額にもならないけど、自由に使えるお金をもらえるのだ。子どもたちは競い合って拾い集めた。そして、大人たちがそれを乾燥させて腐らないようにコーティングする。そう言えば、日本にも数珠玉とか木の実を加工して数珠にしたりしてたもんね。こうして、算盤はミラクロアの町に徐々に浸透していった。
そして、私的なこととしては、シェリー・チェラスカとユージーン・クレスタが結婚したのを皮切りに、工房主のジル・サンダーを除く全員が奥さんをもらった。そう、ジル・サンダーだけは、
「僕はミニョーリと結婚するんだ。他の娘なんてあり得ない」
とマジで降るようにやってくる縁談をすべて断っている。しかも、
「ミニョーリは僕と一緒になってくれるよね」
なんて工房の真ん中で私に愛をささやいてくる始末。確かに、ジル・サンダーにとっては普通に見えて会話も出来るから認識薄いんだろうけど、私幽霊だよ。手一つ握れないし、それどころかあんたの他には誰にも見えない。そんなんで結婚ってもねぇ……
そんな訳で、ある意味『残念な天才工房主』計画通りにジル・サンダーは今もってお一人様満喫中。ってか、以前ほど残って仕事をしなくなった『社員』たちの穴埋めを嬉々として一人で処理している状態とでも言うのか……
このままじゃ、ジル・サンダーが潰れてしまう。そう思って、
「もっと仕事を減らしなさい。じゃないと死んじゃうよ」
と言うんだけど、
「死んだらミニョーリみたいになれるかな。だったらそれでもいいかな』
そしたら二人で工房のみんなの所に化けて出ようよなんて、半ばうっとりとした様子で返してくる始末。いや、死んだからって本当に幽霊になれる保証なんてないし、縦しんばなれたって工房のみんなに見える保証はもっとないんだからね。
でも、私の側からはホントなにもできることはない訳で……私はジル・サンダーがぶっ倒れてしまわないように、ひたすら祈ることしかできなかった。




