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看板娘

 ただ、『看板娘』の需要は、ケスタシスフィローレ(訳してお嬢様人形)本体だけじゃなく、その『声』にまで及んだ。そう、求婚者対策に作ったはずのケスタシスミニョーリは、そのCVのシェリー・チェラスカを是非にという真逆の効果を生んだのだ。しかも、相手が貴族の場合元サーカス団員でバリバリ庶民のシェリーは、息子の嫁とかじゃなく、いい歳をしたおっさんの愛人がほぼほぼで、あからさまに『金で買ってやる』みたいな態度を示すバカまでいて、私たちは早々にケスタシスミニョーリに声を当てることを止めた。

 しかし、それではシェリーの仕事がなくなってしまう。元々サーカスで働けないまま置いてもらっているのを苦にしてウチにきた娘だ、これではここでもまた同じことになってしまう。どうしたものかと思っていると、売り上げの計算をしているクレスタの姿が目に入った。

 大きな商会の4男坊である彼は、取引先との交渉をしながらこうした事務仕事を一手に請け負ってくれている。大体、この工房自体、みんながオーバーワークのまっくろくろすけな会社ではあったりするが、それでもここ最近のクレスタの業務量はやばい。この国には労基なんて存在しないから訴えられはしないけど、だからって大事な社員を過労死させていい訳はない。


 私は、シェリー・チェラスカに

「ねぇ、あなた計算を覚える気はある?」

と(もちろんジル・サンダーを通して)聞いた。

「もちろん、計算の仕方は教えるし、簡単に計算できる道具も渡すわ」

と言うと、

「やれたらやりたい! でもあたしが計算なんてできるかな」

と即答で返ってきた。やはり仕事らしい仕事をしないまま置いてもらうことに苦痛を感じていたようだ。


「じゃぁ、ビーンの実家にこんなモノをつくってもらいたいんだけど……」

と私が提案したのはもちろん算盤。珠をあのおなじみの形じゃなくて楕円とかなら、枠の中に棒を立てて珠を刺すだけなので、小間物職人であるビーン家なら、作るのにもそんなに時間はかからないだろう。ビーン本人に作ってもらうという手もあるが、そうなると今度はビーンが過労死してしまうかもしれないもんね。

 

 果たして、算盤第一号は頼んでから何日もしないうちにビーンが工房に抱えてやってきた。日本のほど桁数はないショートバージョンだが、それでも珠の数は結構ある。こんな短時間でどうして作れたのかと聞いたら、

「ボタンを使ったんすよ」

という。

 算盤の設計図を前にビーン家の男どもがまさに珠をどうしようかと考えていたとき、飲み物を持ってきた母親が、

「なんかそれ、外套のボタンに似てるねぇ」

と言った一言でボタンを加工することを思いついたという。ボタンなら、ミシンつながりで仕入れの伝手もあるから、すぐに数がそろえられたとのこと。なので、ただ、その珠は日本の算盤より少々大きめ。すぐに手に入る外套のボタンがそのサイズだったのだ。昔算盤の塾にディスプレされていたような程は大きくはないけど、高速で弾くには使いづらいかもしれない。ま、次からはボタン屋にもう少し小ぶりなものを発注して作ればいいだろうし。


 早速計算をしたいところだけど、まずはどう弾けばどの数字に対応するかから。

「この上の珠が5で、下の珠は1なの……」

そこまではまぁ良かったのだが、足して10になる組み合わせを考える段になると、計算初心者のシェリーはちょっと涙目になっている。一方普段から計算し慣れているクレスタは、

「そうか、桁をそれぞれ計算するから、大きな桁も楽に計算できる。これはすごい!」

と大興奮。シェリーの算盤を取り上げかねない勢いだ。まったく、あんたの仕事を減らそうと思って作ったのに……ま、この『新しい玩具』に興味津々なのは、彼に限らず工房全員だったりするので、ここは早いとこ全員分作ってしまわなきゃならないだろうなぁ。


 この後、朝夕15分の『算盤タイム』が工房の日課になったことと、先に扱い方をマスターし、熱心にシェリーに教えたことで、シェリーがシェリー・チェラスカからシェリー・クレスタになったことを報告しておく。

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