試運転からの……
「ヴァロ!」
ガルマさんは、ジル・サンダーの繰り出す稼働音と、怖ろしい勢いで上下する針の動きに思わず声を上げた。ジル・サンダーの両手は当然のことながらミシンでふさがっているから、翻訳してくることはないけど、たぶん『早っ!』とかじゃないだろうか。そして、同時にガルマさんは、
「アレ……ジェラルドシス、リエンタリアーラ!!」
と慌てて駆け寄ろうとするエウリアさんを片手でがっちりガードした。これも推測でしかないけど、エウリアさんは高速で動く針でジル・サンダーが手を縫ってしまっては大変だと思ったのだろう。でも、逆に手を出す方が危ないって。ガルマさんグッジョブ。しっかし、名前しか解らないってなんだかなぁ。呪文にしか聞こえない。
あっという間に一辺を縫い終わったジル・サンダーは、一度布を外してガルマさんに渡した。ガルマさんがその縫い目を見てまた声を上げた。
「でしょ、この早さで、この縫い目はすごいよね。
あ、エウリア……さん、心配しなくても普通にしてたら手まで縫ったりしないよ。寧ろこの速さの方が生地が歪んでいかなくていい?……んだよ」
それに対してのジル・サンダーの説明も、相変わらずの疑問系だ。ま。私がすぐ横で解説するのをそのままくちにだしているだけなのだから仕方ない。
で、肝心の試運転の反応だが、あまり芳しいものではなかった。ガルマさんは、渋い顔をして、
「確かに技術的にはものすごいんだけどな」
と前置きした後、
「こんな大仰なもん、誰が買うんだ?」
「それは、その……」
「大体、あっという間に裁縫ができたって、そんなに服ばかり要らんだろ。家族の分も含めてせいぜい20着かそこらのもんに金も場所かけるやつはいないぞ」
と言ったという。その言葉にジル・サンダーはその言葉に固まってしまった。私が、
「ガルマさん、何を言ってるの?」
と聞くと、
<すごいけど、高そうで買う人いない>
と書いてきた。確かに日本人だってみんながみんな持っていたわけじゃないか。ま、日本の場合山ほど既製品があるから、作らなくていいってのもあるけど。あ、既製品! そこで、
「仕立屋さん相手に売ることはできないの?」
と言ってみると、早速それを彼らに伝える。そしたら、エウリアさんの方が、
「それはよろしいかもしれません。舞踏会ともなれば、みなさん一斉にドレスを発注されますものね」
と食いついたそうだ。王制を布いているんだから社交界とかもあるんだろうし、そうなると舞踏会とかそういうもんで、腹の探り合いとかするんだろうね。ま、幽霊の私には関係ないけど。
ここで分かったのは、エウリアさんはジル・サンダーの乳母さんだっていうこと。にしちゃ若いんじゃない? と思ったら、こっちの女性の結婚年齢は15歳くらいなんだそうだ。エウリアさんも16歳で、ジル・サンダーの乳兄弟になる、ゲイルさんを生んでいる。
んで、同い年ぐらいかと思っていたジル・サンダーはまだ、18歳だっていうんだからびっくり。そんなジル・サンダーに子供扱いされていた私って、一体いくつだと思われていたんだろう。私が歳を聞いた時、向こうからも聞かれて25歳だって言ったら、完全フリーズしやがったので、それ以上聞くのを止めた。今までの態度から考えても実年齢の半分ぐらいしにか思われてないのは必至。敢えて聞いて傷口に塩を塗る気はない。
ところで、完成したのミシンはお貴族様御用達の仕立屋さんに売るのはもちろんだけど、それ以外に一般の仕立てをしている人たちには月極でリースという形で貸し出すことにした。
一昔前の日本同様、ちょっとした仕立て仕事というのは、シングルマザーの人がやっていることが多く、ミシンを買うどころか日々の生活でいっぱいいっぱいの状態。どうしたものかと思っていたとき、そういえば兄嫁さんがリースで買ったミシンを嫁入り道具に持ってきたことを思い出した。
「日本にはリースといって、すこしずつお金を払って長い時間かかって自分のものにする制度があったよ」
と言ったら、ジル・サンダーがそれに食いつき、ものすごく安い値段で彼女らに貸し与えたのだ。実はリースというよりレンタルに近いかもしれない。ただ、これがミシンを爆発的に浸透させて、結果もともと生地作りのさかんだったこの国ミラクロアは、この世界一番のファッションの国になっていくことになるのだから、それも先見の明というやつなのかもしれない。




