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第三審【崩れる認識 1】

ただ、息を呑む事しかできない。

化け物が出てきて、そして襲われた。

今まで感じた事のない、本当の恐怖感を知った。

そして、そんな状況から自分を救ったのは、まるで鬼のような雰囲気を持った白髪の青年と、年端もいかない――しかしただ者とは思えない、袈裟をまとった少女。

非現実的。己の認識に修復不可能な(ひび)を入れたその光景。

それを目の当たりにして、ふと、忍夫は思った。

龍明寺が呟いた、単なる挨拶だったはずの、


『……気を付けてくださいね』


あの言葉は、今のこれを予知しての物だったのではないかと。



第三審【崩れる認識 1】



「衛鬼」


呼びかけられた白髪の青年は、襲いかかってくる化け物を小太刀で切り裂きつつ、周囲をざっと見回した。

足下で倒れ、そして直ぐに霧散した化け物。今居るその場所は、悠然と立っている少女と、本堂に隠れている忍夫。二人と、化け物の間。


「【餓鬼】が三十三体。奥の【澱み】の規模から鑑みても、十分対応できる数です」


まるで、少女の意志を汲み取ったように淡々と報告し、


「――殲滅も可能ですが?」


二人に飛びかかろうとする化け物を一閃にて断ち切り、そう尋ねた。


「よい。耐えるだけに留めよ」


それに少女は、古めかしい言葉を使いながら、自身を顕にするような笑みを浮かべて命令する。


「……少々、考えがある――補助は要らぬな?」

「不要です」

「阿呆。そういう時は『大丈夫です』と言うのが常じゃ」

「……、大丈夫です」


ちらりと青年は後ろを振り向く。頬を膨らませるというなんとも稚拙な表現で怒るその顔を見て――何故か脂汗を流しながら――それ以上何も聞かず、衛鬼は化け物の群れへの対応に専念し始めた。斬ってはその化け物を消滅させ、どうあっても一定のラインを超えないように。

そこまで見た少女もまた、振り返る。そこに居たほうの男は、どうにか本堂から出てきたものの、それっきり動かない。

怯えている。そう認識した少女から見れば、男は随分と普通の青年だった。地味な服装(とは言っても制服である)。特徴が見受けられず、目を離せば一時間としないうちに忘れ去られてしまいそうな顔。ついでにこの体たらく。故にその存在、どれだけの価値も無いはずなのに。

どうして。そんな風に一瞬顔をしかめ、そして、


「さて――とぉっ!」

「ほげっ!」

「地蔵でもあるまいに、呆けていても邪魔だなけの間抜けめが。菩薩面を貸す。そのまま去ぬが良い」


遠慮とかそういう感情を一切排除した、辛辣千万な言葉を、鋭い蹴りと共に放った。

何だおまえは!?

向こう脛という弱点を突かれてその場に(うずくま)った忍夫は、呻きながらそう言いたかったのだろう。恐怖故か、声が出ずに口しか動いていない。

どうにか忍夫は顔だけでも上げる。視界の端で青年が化け物相手に大立ち回りしている。その少女は、やはり中学生一年生ぐらいの背格好をしていた。背中にまで伸ばした、漆のような黒髪。明後日の方向を眺めている目もまた、綺麗な黒だ。彼女が纏っている服装も黒。或いは喪服かと思ってしまうけれど、それにしては静かな雰囲気が無い。むしろ『支配色』。あらゆる物をひれ伏せさせる黒。

そんな少女は、自らの袖をまさぐっている。


「………?」


警戒する忍夫。しかし始めこそ蹴られたものの、今現在も敵意はない。そう思った忍夫は、助かったのか?と少し気を緩める。

さて、忍夫の仕草に完全無視という態度を見せていた少女は、『これで…と』などと呟いて、袖口から一枚の面を取り出した。


「お、おまえら一体――」

「〈寂静〉」


忍が話しかけたのに無視。とかく、少女がその面に手をかざし、そう唱えた。

清浄さを思わせる音と共に、面は蒼く光る。まるで魔法を見ているようだ。


「なっ、なんだそれ!?」

「これで良いじゃろ。ほれ。それをしっかり持っておるがよい」

「え、あっ…と。これで何を――」

「くれぐれも落とさぬようにな。死ぬぞ」


やはり無視。そんな事を言いながら面を放り投げられ、忍夫はおっかなびっくり受け取った後、耳に入った言葉に戦慄した。

そして目線を落とす。

…その面は、いわゆる『仏様』の御尊顔とでも言うべきか。

中学校の修学旅行が脳裏に()ぎる。その時圧倒的な大きさを誇っていた顔が今、生々しいまでに手元で表現されていた。


「キモ」


一瞬恐怖を忘れて顔を歪めてしまうほどのインパクトである。御利益ぐらいは享受できそうではあるが。


「……じゃなくて、お前らは一体誰――」

「衛鬼!」


どこまでも忍夫を無視しまくって、用意は着々と進む。少しいじけてやりたい衝動に駆られた。


「――邪魔だ」


青年は、最後に一閃、周囲の化け物を軒並み薙ぎ払ってから、少女の元に走り寄った。

そして(ひざまず)く青年。そして、仁王立ちする少女。さながら姫君と守衛の騎士である。


「…つか話を聞け――」

「こやつを逃がす。塀の向こうへ放り投げよ」



そんな姫君は、とことん自分を無視して最後に淡々とそう命じた。



「……は?」


いよいよ落ち込もうと思って、それから彼女の言葉を理解する。

唖然呆然。或いは思考のフリーズ状態。


「御意に」

「御意に?って違うっ!今何つった!?放り投げ?ちょっ、やめ…ぬわああぁぁぁぁ――――」


返事をする青年。戸惑う忍夫。逃げた方が得策と気付いたのも遅く、襟首を掴まれた感触。次の瞬間、自分を無視した少女、白髪の青年、そして化け物。全てが逆さに映っていた。

要するに、忍夫は宣言どおりに投げ飛ばされていたわけで。

前後のみならず、上下左右までもが不覚。五感が麻痺しかける二,七秒の滞空時間の後、山なりに飛んでいった忍夫は化け物と出遭ったアスファルトに着地した。


「――――ぁぁぁああああぐをっ!だっ!!がへっ!!!」


否、激突した。

当然の事ながら、スタント経験なぞ皆無。ましてやワイヤー無しのガチンコアクションに忍夫が対応できるはずはない。結局、二回三回と地面に叩き付けられた忍夫がようやく止まったときには、満身創痍な状態でアスファルトに伏せっていた。


「死んだ…俺死んだ……完膚無きまでに俺死んだ………っ!!っつか何だあいつ!?いきなり投げるか普通?しかも頭からブツブツブツ………」


ただただ、情けない姿である。

瀕死でありながら、何やら呪詛のように呟いていると、その近くにいた化け物が、忍夫に向かっておもむろに爪を振り上げる。


「くっそ弓矢さえありゃ遠距離からあいつら射抜いてうわあああああっっっっ!」


振り向き、そこに認識して――しかし遅い。

声帯しかまともに機能しない。逃げる事もままならなかった忍夫は、恐怖に目を閉じ、その爪を一身に受け――


「っっっっ……―――?」


ない。


「何をオロオロしておる!とっとと蹴散らして逃げんかこの間抜け!!」


無茶言うな。

無事にそう思えた事に疑問を持って恐る恐る目を見開くと、そこには、まるで透明な何かに乗りかかっているような、何とも言い難い格好をした化け物の姿が。


「………は?」


あんぐりと口をあけたまま声帯を震わす。ただ、ぐずぐずしている暇はない。

気が付けば、忍夫は一人、化け物の群れの真ん中にいた。

いわば隠れる前に逆戻り。いや、逃げ道や怪我のことを考えれば、寧ろそれ以下の状況ではないか。


「う、うわあぁぁぁぁ!」

「一々叫ぶでない耳障りな――――その【菩薩面】を持つ限り、餓鬼共は御主に触れられぬから早く逃げろと言うておる!」


『逃げろ』と言われて逃げられるような状況ではない。既に頭の中がパニックに陥っている忍夫にとって、少女の言葉は、忍夫が見る“化け物の群”という光景にかき消されていた。

それを知ってか知らずか、少女は舌を打つ。

こうなれば、忍夫の頭に訴える方法は一つである。

それは、



「…いい加減にせぬと、今度は三途の川の向こうにまで投げ飛ばさせてやろうぞ!!」



少女の叫びに、一瞬だけ、化け物までもが静まる。それはまた、忍夫に、確かに届くだけの力があった。

ずばりは脅迫。三途の川。


「よし、行け衛――」

「来んなああああぁぁぁぁぁ」


ついさっきまで瀕死だったのに、いやだからこそ、忍夫は化け物を蹴散らしながら、走り去っていった。

まさに火事場の何とやら。人間その気になれば、である。



「ふん、やれば出来るではないか、あ奴め」


そんな断末魔を塀越しに聞き届けた少女は何かを含めた黒い笑みで頷いた。

すなわち『第一段階終了』、と。


「観音様」

「だからその呼び方は……と、」


衛鬼が忍夫に構っていたところからだろう。今や五十を超える化け物――【餓鬼(がき)】――が、二人を取り囲んでいた。


「……あぁ、未だ此奴らが残っておったの」

「六十二体……【澱み】が広がっている?」


少女は呆れ、衛鬼は異常な事態に首を傾げる。未だ純粋、或いは無知な従者に向かって、少女は口を開く。


「稀にあるのじゃよ。幾つかの要因が重なり、澱みを広げるという…な」


そして低く小さく呟く。

――――面倒にならねばよいが、

聞き取れず首を傾げた衛鬼をよそに、しかし直ぐに調子を元に戻すと、


「まぁ今はどうでもよい」


少女は仮面を構え、衛鬼もそれに応じて小太刀を逆手に持つ。二人が放つただならぬ殺気に、攻撃の意志として殺気を返す餓鬼達。

二対六十二。言うまでもなく、数においては圧倒的に不利な状況。

それでも、


「衛鬼、瞬殺して奴を追うぞ」

「『奴』……とは、」

「勿論、」


群れが一斉に二人に飛びかかってさえ、


「あの間抜けじゃよ」


小さな少女は、微笑みを決して崩さなかった。


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