第一審【変容の兆し 1】
あらゆる意味でぐったりしています。orz
詳しくは後書きにて.
目の前にあるその存在を目にして思う。
とうとう――――始まった。
これまでの努力も虚しく散る。もはや逃れられない。あのバカ共の茶番からは。
そうなったらもう……
いや、
決して、そうさせてはならない。
まだどうにかなるかもしれない。まだ取り戻せるかもしれない。完璧に、路が閉ざされたわけではない。
――ぜったいあきらめねぇ!――
遠い昔に言われた言葉を思い出しつつ、顔を上げる。
そうだ、諦めない。諦めてなるものか。
「きっと、助けるから」
その存在に自分は誓いを立てる。
そう、
……あの時の、代わりに。
第一審【変容の兆し 1】
妙に自分の体がふわふわと浮いているような気がした。かといってそこは水の中とは思えない。自分の体は規則正しく揺れていて、体の前面がほのかに暖かかった。
このまま目を覚ましてしまうのが億劫なくらい心地がいい。ゆりかごとは違うが、まるで童心に帰る様な気持ちだった。
―――何かを忘れている気がする。それは一体何だったか。
心のどこかが訴えるような声に、もう少しだけと耳を背けてしまう。
―――あんな、何処ともわからない真っ白な世界に放り出されたんだ。もう少しくらい、良いだろ…?
そう、もう少しだけ――――――…
もにゅ。
意識がすっかり覚醒したのはその次の瞬間、両手に柔い感触をしたなにかに触れた時であった。
規則正しかった揺れがピタリと止まる。心なしか、体中が酷く汗ばんだ。
………無意味な空白。その間三秒。
そして、良く聞き知った少女の声が耳に入った。
「……忍夫?」
「はい…………あ?えっと」
無視していればよかったものの、何故その問いに答えてしまったのか。
気付いたときにはもう遅く、「起きていたのね……」と、頭越しに声が聞こえる。
頭の中に言い訳が浮かんでは消える。そういえば、と今見ていた夢を何故か思い出したり、それよりも、と手の感触がいやに生々しく記憶に残っていて、まともな判断など出来るはずもない。
つまるところ、完全無欠にパニック状態だった。
「忍夫、橘忍夫」
自分のフルネームを呼ばれて、情けなくもこの場で逃げ出したくなる。
つらつらと罪状を告げる裁判官よろしく、そのままの体勢で言葉を紡ぐ少女。その状況を、たとえ目を瞑ったままでいながらも間近で感じるのは、はっきり言って心臓に毒だった。
「『何時から起きてたか』なんて事は気にしない。つまり、私が忍夫を負ぶって運んでいたことには罪は無い。こればっかりは私の責任だから。ただね………」
「た、ただ……?」
「……………………………何時まで触ってんのよ?」
瞬間、忍夫は自分の尻に痛烈な一撃を食らった。
† † †
「……朝からずいぶんと鬱屈しているな。何かあったのか、忍夫?」
何故か感心したような声を聞き、忍夫はぐったりと机に寝かせていた顔をもち上げる。学校の、己の見慣れた黒板を背景としてそこにいたのは、首まできっちりと締まっている詰襟服に、常に無表情な丸坊主という、二世代ほど遅れたような格好をした男の顔。
「………テツか」
「見ての通りの日立徹也だ。……何か不満でも?」
尊大な態度で仁王立ちする存在は見ているだけで腹が立ったが、今は殴る分の労力も惜しい。
再びぐったりと机に顔を落とす忍夫をひとしきり観察した徹也は、その原因に当りをつけ、それ(・・)のいる席をちらりと覗く。
忍夫の近所に住む同級生にして、唯一の女友達はその時、なんでもないような顔で、しかしどこか不穏な空気を醸し出しつつ、読書に耽っていた。
「……また吉沢絡みか」
「“また”ってなんだ。そのイラつく笑みはなんだ」
ジロリと刺すような視線を徹也は避け、以外だと言わんばかりの口調で喋りだした。
「ちょうど一週間前にもいざこざがあっただろうに。更に、それを考察すると、何だ忍夫、しっかり青春してるじゃないかと思えてしまうのだよ。彼女の容姿も中々故、余計にな」
言い切った後に笑みを更に深められ、忍夫は溜息で答えた。
―――勘弁してくれ。
吉沢祥子。
彼女は確かに同級生内では上玉の美少女と言ってもいい。艶のある黒髪に、整った顔立ちには、やはりそう言わしめるだけの魅力がある。そして物腰も落ち着いていて、優しい……という評価には、今朝いきなりアスファルトに落とされ、散々怒鳴られ、説教され、挙句の果てにそっぽ向いて完全無視という洗礼を受けた忍夫には、いささか反論を禁じ得ないが。
ただ、もとより吉沢と忍夫の関係は、そのような甘いものではなく、「家が近い」と言う接点を除けばほぼ赤の他人と言ってもいいというのが忍夫の見解である。
そんなことはともかく、
「それにしても、奇妙だな……」
どういうわけだ?と尋ねる徹也は一先ず置いておく。
―――どうして寝てたんだろう?
いざこざがあったその前を思い返してみると、不気味な要素が多い。
最後に記憶に残っていたのは、路上の景色。そこで眠気に襲われたことに始まり、決め手は“あの世界”。何処か神聖で無垢な白の空間。
何だったのか、あれは。
「……それほど落ち込んでいるのなら謝ればいいじゃないか」
「おいこら」
黙って考えに耽る姿を見て何を勘違いしたのか、喧嘩別れした生徒を受け持つ先生のように諭した徹也。
忍夫としては、あらゆる意味で不愉快である。
「大体なんで俺が悪いって解るんだ」
「ではあちらが悪いのか?」
「……そりゃ……」
考えるまでも無く、粗相をしでかしてしまった忍夫がほぼ全面的に悪い。
加えて、成り行きとは言え、あちらは忍夫を負ぶって運んでくれたのだ。
……そこを百歩譲って、こちらの言い分が無いわけでもないが、
「…わからんな。そもそも今朝何があったのだ?」
あの出来事を事細かに解説した上で、果たして『寝ぼけてました』はどこまで通じるのか。
返答に詰まった忍夫は、次の瞬間、例えれば阿修羅のような殺気を感じた。
具体的には徹也が覗いた方角。左斜め前の三番目の席。……もっと言えば、吉沢祥子本人から。
「……っ!」
――喋るな。
最も恐れるべきは、忍夫以外の誰も気付かないタイミングでこちらを睨みつけたことだ。
口ほどにと言うか、口以上に的確に物を言った吉沢の眼力を垣間見て、忍夫は本能から戦慄した。
その吉沢に背を向けた状態でいる徹也もまた気付くはずは無く、ただ何故かビビる忍夫を見てふと後ろを振り返った。
「……どうしたのだ?」
「あ、いや、何も…それと悪い。ちょっと言えない……かな。理由は」
途端に素面で本を読む吉沢に改めて恐怖し、忍夫は固く誓った。
絶対に、あの事実は隠し通そう。
何か使命めいたものを帯びた忍夫の顔を見て、考え込んだ徹也は、おもむろに口を開いた。
「吉沢に破廉恥でも働いたのか?」
眼力再来。
いや、今のは俺のせいじゃねぇだろと内心慌てふためく忍夫を見て、徹也は何処か得心したような、それでいて申し訳無さそうな表情をする。
「……了解した。これ以上詮索するのは止めておく」
「購買。ジュースとプリン」
「…………すまない」
死ぬ前にせめてと慰謝料を提示して、忍夫は泣く泣く、三度机に突っ伏した。
前回投稿から日が経っているにもかかわらず、殆ど話が進んでいませんよ。はい。
この後の話もぜんぜん固まっていない状態。
俺自身も色々立て込んでるし……
単刀直入に、誰か助けて(泣)
……とまぁ泣き言はこのくらいにして(オイ
次回は部活の後輩登場。そしてタイトルのお方が出てきそうな気配です…と銘打って自らを追い詰めつつ。
あ、もし良かったら感想とか送ってください。
では。