09
それから海に辿り着くまでの道中に二度、堕獣と遭遇した。一度目は一体のみでカランバノが華麗な剣捌きで倒し、問題はなかったが、二度目は一体目との戦闘の最中に突如として二体目の混合獣が現れ、カランバノの反応が遅れた。しかも運悪く二体目はカランバノではなく、彼の後ろで狼に護られながら事の成り行きを見守っていた私に向かってきたのだ。私をピンチから救ったのは、プリマヴェラさんが起こした小さな竜巻だった。枝葉を巻き込んで旋風起こり、それが堕獣の歩みを鈍らせたのだ。そうして一体目にとどめをさしたカランバノが、無事二体目もしとめたのだった。
「プリマヴェラさんすごい! 風を操れるんですね!」
「えっ、……ああ、あれは魔法の一種ですわ。わたくしは精霊の力をあまり持たないゆえに風魔法しか使えませんが……。わたくし程度の力では風属性の魔法は攻撃には使えませんの。だから葉や枝や周りにあるものを利用して武器にするのです」
魔法。魔法と来たか。今までにも元の世界では考えられないようなものを見てきたが、やっぱりこれは特別だ。漫画やアニメや映画など作られた世界でしか存在しない魔法が、今は実際に存在するのだ。誰もが一生に一度は魔法を使うことに憧れるのではないだろうか。もちろん私も憧れた。眼鏡の魔法少年の物語は小説も映画も途中で挫折したが、だからといって魔法物語が嫌いなわけじゃない。むしろ、好きだ。
「へー! ねえ、魔法って私にも使えるんですか?」
「無理だろ」
と答えたのはカランバノだ。即答されたことにムッとした。
「なんで?」
「部屋の灯りも点けられないようなやつに、魔法を使う素質があるとは思えない」
「あれはやり方がわからなかったからで……」
「やり方がわからない時点で素質がないってことだ。方法など知らなくともあれくらいできる」
「でもひとの魔力を回復させれるぐらいの力はあるんだよ」
「悪いが、お前から魔力を感じたことは無い」
その一言が私にとっては衝撃だった。だってひとを癒す力を使えるのに。
「どんなに弱かろうが、精霊の力を持つ者からはその力を感じ取ることができる。プリマヴェラからも微弱ではあるが力を感じる。だが、お前からは全く感じないんだ」
「なんで……」
「お前の力は魔力から成るものじゃないんだろうな。俺らが持つ力とは一切異なる力」
「じゃあ私は魔法が使えないってこと? こんなファンタジーの世界に居るのに?」
「ふぁんたじー……? かどうかは知らないが、まあ間違いなく使えないだろうな」
「カランバノの……」
「なんだ」
「いじわる!」
どうしてだ。一体どうしてなんだ。こんなファンタジックな世界に来ておいてその代名詞ともいえる魔法が使えないだなんて一体どういうことだ。この世界に来てまで、些細だけれど壮大な夢は叶わないと言うのか。
「お前は……」
呆れ顔で絶句するカランバノに失望からくる苛立ちをぶつけたくなって、思い切り舌を出した。
「べーっ!」
自分でも驚くほどに、その行動は幼稚だった。正直自分でも呆れた。
くるりと背を向けた私の背中に突風が、というか風の塊が突撃してきてよろめいた。
「わっ」
転ぶ寸でのところで踏みとどまる。振り向くとそっぽを向いたカランバノが一本の指先をこちらに向けていた。
「……ねえ」
一介の使用人であるプリマヴェラさんがあれだけの魔法を使えるのに、王の警護をしていた騎士に使えぬはずがないだろう。薄青色の瞳は相変わらず明後日の方向を見ている。
「もしもし? まさかとは思うんですけどね? お兄さん」
一頭の狼が大きな口を開けて欠伸をした。もう一頭もそれに続いた。
「今、私に風の魔法ぶつけたでしょ!」
つーんと漫画だったら頭の上にそんな文字が乗っかっていそうな、カランバノはそんな様子だ。
「ありえない! もう少しで転ぶとこだったし! ていうか普通警護対象にそんなことする? 当てつけですか? 魔法が使いたくても使えない私に対する当てつけですか? え?」
カランバノはまだそっぽを向いている。むかつく。私に魔法が使えたら火の玉ぐらいぶっ放してやりたいぐらいにむかつく。
「無視! あっそう! ほんとむかつくんですけど! カランバノの……この、この……」
思い切り息を吸い込んだ。そして腹に力を入れて。
「ばかやろぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
意志を持つ木々たちが一斉に走り散っていった。枝の間に隠れていた小鳥たちが飛びさる。すっかりくつろぎモードだった狼たちが耳を倒した。
「お前はガキか……」
「どっちが!」
ああ、回し蹴りができるなら思いっきり蹴飛ばしたい。
「本当に仲がよろしいんですのね」
「どこが」「どこがだ」
見事なまでにはもった。友だちとだったらここで顔を見合わせて噴き出すところだが、相手はなにせ仏頂面の狼男だ。ぷいっとそっぽを向いてやった。
「そういうところが、ですわ」
プリマヴェラさんが口元に手を当ててくすくすと笑った。