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流れ星の願いを  作者: 青井在子
8th 私にできること
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「おい、起きろ!」


怒号に近いその声と身体を強く揺さぶられたことによって、私は急速に現実へと引き戻された。霞む視界にイセベルの顔が映る。どうしよう、と一瞬考えた。凄まじく怒った表情をしているからだ。


「まさかと思って来てみたら……っ、なんでまだここにいるんだよ! さっさと逃げろって言っただろ! 無理しないって言ったじゃねぇかよ!」

「ごめん、急に気分が悪くなって……」

「もう城門が破られた。わかるか? 中庭まで敵が入って来てるんだ。早くしねぇとここにも来るんだぞ!」


耳を澄まさなくとも聞こえてくる。剣と剣がぶつかり合う音。電撃を発する音。銃声。目と鼻の先で、扉を二枚隔てた先で、本当の戦いが繰り広げられている。戦いにおいて、私にできることはなにもない。ただ安全な場所に逃げ、身を護ることだけだ。


重力に抗い、必死の思いで身体を起こす。まだ視界が揺れ、足もとがふらついた。


「大丈夫かよ……」


イセベルが呆れた声を出す。


「大丈夫。アルスのところまでは、行くよ」

「ああ」


差し出された手を握った。そのとき。


凄まじい轟音が響いた。地面に罅が入り、粉々に砕け散ったかのような音だった。激しく揺れ、私はイセベルにしがみついた。ちっという舌打ちがはっきりと聞こえた。


「くそっ、扉が破られたか!」


その言葉が吐き捨てられるとともに、先ほどまで遠くで響いていた音が確実に近づいてくる。荒々しく叫ぶ声や剣戟の音が、次第に鮮明になってくる。


「急ぐぞ!」


イセベルに強く手を引かれ、私はやっとの思いで走った。これだけ広い部屋なのに、廊下へ続く扉はあの巨大な一枚しかない。そこを出ればきっと先駆けの敵と遭遇するだろう。それでも王の部屋に辿り着くためにはそこを避けては通れない。


重たい扉を開け、顔を覗かせるとまだ敵の姿は無い。大広間を背にして、右手に中庭と城内を続く扉があり、アルスの元へ向かうには左に行く。


「行くぞ!」


イセベルの走る速度に力の入らない足が付いていかない。何度も縺れそうになる。そして背後が騒がしくなる。振り返ると、精霊たちとは違う鎧を身に付けた戦闘員が迫っていた。


「くそっ!」

「イセベル、行こう!」


今度は私が手を引いた。そうでもしないと複数を相手に、ひとりで残ると言いだしそうだからだ。必死で走る。息がはずむ。そうしているうちに今度は正面から、見慣れた鎧を纏い剣を構えた者たちが走ってくる。味方だ。精霊たちだ。安心したのもつかの間、手を離されて、私は今度こそ本当に足を縺れさせた。


「お前は先に行け! あたしはここで戦う!」


言葉が出てこない。一緒に来てほしいとは言えない。それ以外に言いたいことなんてないのに。


足に力を入れる。ようやく立ち上がると、味方の軍勢が私をかわしてその先へ走っていく。


「お前は兄様の元へ行け! はやく!」


その声に叱咤されて、私は足を踏み出した。その数秒後、剣がぶつかり合う鈍くも甲高い音が廊下に反響した。アルスの元へ、カランバノの元へ行かなければ。せっかくイセベルが作ってくれた隙を、逃すわけにはいかない。

自然と溢れてくる涙を拭いながら懸命に走った。泣く必要なんてないはずだ。だってイセベルとこれっきりお別れだなんてあり得ない。自分にそう言い聞かせた。


 部屋と言う部屋からまだ戦える戦士たちが飛び出してきて、すれ違った。私が戦う術を持っていたなら彼らと同じ方向へ走り出したい。肩を並べて戦いたい。それが叶わない私は、ただ心の中で彼らの無事を祈るだけだ。

眩暈の中、息も絶え絶えに階段を登り切り扉を開けた。血の臭いの無い青い香りが鼻に抜ける。飛び石を越え、森を抜けると真っ先に白い髪が目に入った。


「カンナ!」


私を見つけるなり駆けよってくる姿を見て、一気に緊張が解けた。ここまで戻って来られた。


「扉が破られて……、もう敵が、なかに」


私を抱きとめたカランバノにも、その肩越しに見えるイエロとアルスにも言うつもりで声を発した。


「……ああ。知っているよ」

「アルス、お願いがある」

「なんだい?」


もう大丈夫、とカランバノの胸を押し、自分の足で立つ。そして王を真っ直ぐに見据えた。


「戦いを止めてほしい」


アルスは眉間に皺を寄せ、それからすぐに笑みを浮かべた。が、そこには皮肉めいたものが滲んでいる。


「今更止められるとでも思っているのかい」

「一時的な停戦でいいから、皆に戦いを止めさせて。人間たちは私が説得する」

「敵の前に武器を持たずにうかうかと出て行けば、きみがやられてしまうよ」

「大丈夫。私にはやれる。向こうの一番偉い人と話がしたい。これは私にしかできないことでしょ?」


その瞬間、背後でかちゃりと音がした。不穏な気配を感じて振り返ると、カランバノが腰に吊るした剣に手を掛け、イエロが続くところだった。


「……其の必要は最早無さそうだね」


アルスが呟いた。そして扉が無理やり開けられる悲鳴のような音がし、それはすぐに複数の足音へと変わる。小川に足を突っ込む音がする。カランバノが剣を抜いた。敵の姿が見えた。カランバノが駆けだす。その前に私はもうカランバノと人間たちとの間に両腕を大きく広げて立っていた。



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