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戦況は悪くなっていく一方だった。戦線はじりじりと後退し、真夏を迎える頃には城から馬で二日ほど進んだところにまで迫っていた。
私が知らない場所で、大勢のひとが死んだ。そう報告を受けてもいまいち実感できないでいた。いちいち哀しむのは止めようと、心に制止を掛けたのだ。
怪我人を受け入れ、傷の手当てをし食事の世話をする。無心でそれだけを繰り返していた。傷病者の数は拍車をかけるように増していき、今では大広間だけに留まらず、中庭にも多くのひとが寝かせられている。
傷が癒え再び戦場に戻るひともいれば、私の目の前で息を引きとるひともいた。涙は流さず、指で印を結びそっと冥福を祈るだけだった。決まった流れを黙々と過ごしていくだけの自分を、それでも機械のようだとは思えなかったのは、私には明確な感情があったからだ。人間さえいなければ、といつの日か思うようになっていた。彼らさえいなければ例え璃久の結界が消えたとしてもこんな戦いは起こらなかった。たくさんのひとが傷付く必要も死ぬ必要もなかった。グラシアさんだってそうだった。今になってやっと璃久が言っていたことが理解できた。護られるよりも共に戦うほうがいい。まさにその通りだ。もしも私に戦う力があれば、戦場に出て憎い敵を一人でも多く殺してやりたい。
「流星様、少しお休みになったほうがよろしいですわ」
治療に使う布を煮沸していたところに、プリマヴェラさんの声が降ってきた。振り返るとたくさんの汚れた布を抱えた彼女が太陽のような笑みを浮かべていた。顔には隠しきれない疲労の色が滲み、衣類は血やいろんなもので汚れている。だけどそれはここにいる誰もがそうだ。
「プリマヴェラさん……」
彼女はにっこりとほほ笑み、私の横で大なべに水を張り、布を入れた。小さな声で呪文つぶやき、薪に火を付ける。
「随分とお疲れのようですけど、それも無理ないわね」
旅立ちを告げられた翌日、部屋で目を覚ますと、懐かしいいつかのようにベッドの脇の椅子にプリマヴェラさんが腰かけていた。そして本当にカランバノが旅立っていったことを告げられた。それからというもの、彼女は以前にもまして私を気にかけてくれている。私なんて目の前の怪我人と自分のことだけで手いっぱいだというのに、本当に感心する。
「お部屋に戻ってお休みください」
「でもプリマヴェラさんだって疲れてるのに……」
「平気ですわ。鍋が二つに増えたところで大して変わりませんもの」
「……ありがとうございます」
「カランバノ様はきっと無事ですわ。怪我でもすれば連絡が来るはずですもの」
くるりと背を向けて一歩踏み出そうとしたとき、ぽつりと呟く声がした。
「……うん」
本当は名前を聞くだけで泣きたくなる。怪我をすれば連絡が来る。そんなことはわかっている。報せが無いのは良い報せだとよく聞くじゃない。だけど連絡が無いのは不安だった。彼がどこかで必死で戦っているということはわかっているのに、想いを馳せれば不安で心配で堪らなくなっていてもたってもいられなくなる。だからできるだけ考えないようにしていた。私たちのために命を賭けてくれているひとを、思いださないようにしていた。後ろめたい気持ちはあるけれど、そうでもしていないと立っていられなくなる。
本当は会いたいに決まっている。
今すぐ帰って来てほしいに決まっている。




