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流れ星の願いを  作者: 青井在子
6th 幸福になるために
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 時が流れるのは本当に速い。光陰矢のごとし。歳月人を待たず。なんて元の世界にいたころは教科書のなかでしか見たことがなかったが、今まさに体感している。


それほどまでにあっという間にプリマヴェラさんとヴェラーノさんの結婚式の日がやってきた。私はと言えばこの二週間、こういうときこそ頼りたいプリマヴェラさんが多忙を極めていたため、アルスに泣きついて見届け人として何をすべきなのか、必死に頭に叩き込んでいた。竜王いわく、特に決められた文句等無いのだから流星の好きなようにすればいいのだよ、だそうだが、そう言われてもどうすればいいのかわからない。最低限過去の例の話をよく聞いておいた。


 ちなみにこの世界でも新郎新婦が纏う衣装は白い。白が純粋無垢の象徴であるという考え方はどちらの世界にも共通していた。見届け人である私はというと、装飾の無い黒のマーメイドドレスというか、裾が広がらないドレスに、新婦とは対照的な黒いベールを頭から被っていて、参列者たちはそれぞれの階級や職業に合わせた正装をしている。


 ふたりの結婚式の参列者は、私、アルス、カランバノ、イエロといった王やその側近である者からプリマヴェラさんの同僚である城の使用人たちそれからイセベルとジャーマさん、ふたりの里の知人まで集まったが、プリマヴェラさんたちたっての希望で盛大に、というよりはこぢんまりとしてアットホームはかたちになった。


とはいうものの。おおよそ百人の前で、その視線を一挙に受けて動いたり話したりするということは緊張する。昨日の夜はよく眠れなかったし、今は手汗がひどい。もともと人前に立つのが苦手だ。授業のスピーチとかプレゼンテーションなんかも大っきらいだったのだ。はー。


式場となる中庭の門は今日は閉め切られている。見慣れた景色は装飾と慌ただしく動き回るひとたちによってすっかり雰囲気が変わっている。そんな場景を渡り廊下から見下ろしながら私は何度目かの溜息を吐いた。着つけてもらった見届け人の黒いドレスは新婦のそれとは違い見た目通りかなり重たく、肌の透けない布でできている。さらに腰にはきつめにコルセットが巻かれている。唯一露出しているのは顔とデコルテだけで、その他は布に隠されている。太いチョーカーから下がっている銀の花が重たい。この五枚の花弁を持つ花はこの世界で愛の象徴とされるものらしく、新婦が持つブーケや髪飾りにも使われているらしい。ドレスもチョーカーもベールさえも重たい。その上にドレスの丈は足を隠すために引き摺るほどだ。つまり非常に動きづらいのだ。それに加えて緊張が私の身体自体をさらに重くする。結婚する本人でも無いのに、既に胃が痛い。


きゅうっと締め付けるように痛む腹部を擦っていると、歩幅の大きい足音が近づいてきた。振り返らなくてももうわかる。


「カンナ」


この世界でたったひとり、私の名前を呼ぶひと。


「カランバノ」


普段白い軍服というか、国王騎士団共通の服を着ているが、今日は新郎新婦と重ならないようにと濃紺の衣装を身に纏っていた。その姿は新鮮で、ちょっと、……ちょっと何を思ったんだろう。カランバノも見慣れぬ私の姿を頭からつま先までまじまじと見た。


「で?」

「で、とはなんだ」

「感想は?」

「ふん」


小馬鹿にするように笑い、腕を組んで廊下の壁に凭れる。くそう。なんか言ってやりたいがすらりと長い手足に小さな顔という整ったスタイルにネイビーの軍服が似合い過ぎている。罵倒する言葉も見つからない。


「ちょっとぐらいなんか言えば?」

「そろそろ時間だ」

「なっ……」

「緊張の余り転ぶなよ」

「人ごとだと思って……!」

「俺は先に行くぞ」

「さっさと行けば!」

「カンナも早めに移動しておけよ。その格好じゃ急ぐこともできないだろうしな」

「くっ……」


そう言ってくるりと背を向けこちらにひらひらと手を振る後頭部に、今すぐパンプスを脱いで投げつけたい衝動をなんとか堪えた自分を心の底から讃えたい。


とはいえカランバノが言ったこともあながち間違いではないわけで。私は時間寸前で走るなんて恐らく無理。むしろ絶対無理だということも自分でわかっているから、カランバノが去ったのと反対方向に、ドレスの裾を両手に掻き抱くようにして歩いた。


 時刻を知らせるためではない鐘が鳴り響き、城内から中庭へと続く鉄扉がゆっくりと左右に開かれる。その隙間から零れてくる拍手に目もくれず、私は言われた通り真っ直ぐに前を向く。そしてドレスの裾を踏まないように細心の注意を払いながら白い花束を抱え、敷かれた深紅のじゅうたんの上をまず真っ直ぐに十五メートルほど歩いていく。


次に絨毯が直角に曲がったのに合わせて右向け右をし、また前だけを見据えて今度は先ほどの三倍の距離を歩いていく。その先には段差が低く幅の広い階段が三段あり、一番上には私が抱える花束と同じ花で飾りつけられた背もたれの高い椅子がある。


私はその前まで行き、右足を少しだけ引いて回れ右をする。長すぎるドレスの裾が取り残された。歩いてきた絨毯の脇に整列している参列者たちから温かな笑いが零れた。私は頬に血が巡るのを感じながら、なんとかドレスの裾を捌き、また真っ直ぐに前を向き、椅子に腰かけた。正面には硝子でできた璃久がいる。もう一度鐘が鳴る。今度は前回よりも大きな、割れんばかりの拍手が沸き起こる。


私はもう前を向いていられず、思わず扉のほうを見てしまった。腕を組んだプリマヴェラさんヴェラーノさんカップルが笑顔で入場してくる。囃したてる口笛やおめでとうという声、拍手が飛び交い、色とりどりの花弁を撒くひともいた。はにかみ合うふたりを見て、笑みと何故か涙が込み上げてきた。


こんな多くのひとが見ている場所で泣くわけにはいかない。見届け人として立派にやり遂げないと。そう思っている間にもふたりはどんどん近づいてきて、ヴェラーノさんがプリマヴェラさんの手を取って階段を上る手助けをしている。私はふたりを迎えるべく立ちあがった。


最後の一段を登る。私の元まで辿り着いたふたりは本当に幸せそうに笑って、そして驚いた顔をした。


「流星様、泣いていらっしゃるの?」

「ちが、違います!」

「まあ。泣かないでくださいな。結婚するとは言えわたくしはまだまだ流星様のお傍に置いていただくつもりですのよ」


口を開けば横隔膜が声を震わせてしまう気がして、私は黙って頭を縦に振った。


「しっかりしなきゃ」


胸に手を当て深呼吸をすると、プリマヴェラさんはいつもの優しくて可愛らしい笑顔で頷いてくれた。その向こうでは参列者たちが温和な視線をこちらに送ってくれていた。私を雁字搦めにしていた緊張の鎖がふっと切れて落ちた。小指で目尻に溜まった涙の雫を拭い、もう一度笑う。そして口を開いた。


「プリマヴェラさん、ヴェラーノさん……、愛し合うこのふたりを夫婦であると流星の名の下、今ここに認め宣言します!」


一段と大きい拍手と歓声が場内に巻き起こり、空にまで舞い上がる。夫婦となったふたりは顔を赤く染めながら見つめあって笑う。


「おめでとうございます。プリマヴェラさん」


手にしていた花束を渡す。


「ありがとうございます。流星様」


愛の象徴であるという白い花束を抱えたプリマヴェラさんの肩に手を置き、ヴェラーノさんがその唇に自分の唇を重ねた。プリマヴェラさんは驚きと恥ずかしさに頬を膨らませたがすぐに今度は自分から夫の唇を奪った。参列者は興奮し大歓声をあげる。


「わお」


ひとのキスシーンをこんなに間近でまじまじと見たのは初めてだ。ふたりがラブラブ過ぎて見ているこっちがこっぱずかしくなってくる。キスをしては参列者のほうを振り返って笑顔で手を振る。泣きたくなるほどの幸福な景色を、今一番近くで見ている。唐突にそう思った。この幸せが続けばいいのにと心から願った。


だから私は胸の前で手を、五か所の点を結ぶように動かした。参列者がどよめき、ふたりは振り返る。五芒星を描き、そして胸の前で手を組み目を閉じた。


「プリマヴェラさんヴェラーノさんのこれからが幸せで溢れますように」


力などもう無くても、今一番叶えて欲しい願いだった。

目を開けると参列者の多くが私と同じように目を閉じて手を組んでいた。


「流星様……」

「ごめんね、力、もう無いから叶うかどうかわかんないんですけど……」


プリマヴェラさんが大きく首を横に振ると、その頬を涙が伝った。花束を掴んだままの手を背中に回される。ぎゅっと抱きしめられるとつられて私まで涙が出てきた。


「ありがとうございます、ありがとうございます……っ」

「プリマヴェラさあんっ」


泣きだしたら止まらなかった。会場の温かな空気に包まれながら、私たちは抱き合って子どもみたいにわんわん泣いた。


気が済むまでそうしてふたりで泣いて、お互いに涙でぐちゃぐちゃになった顔を見合わせて笑った。私たちは手を繋いで参列者のほうを向き、空いた手を振った。皆が拍手をくれる。もう一度だけ顔を見合わせると、プリマヴェラさんの手が私のもとを離れていった。そしてヴェラーノさんと腕を組み、階段を降りて元来た道を歩いていく。ふたりが鉄扉の向こうへ消えて行くのを、私は椅子に腰かけて見送った。新郎新婦が退場し、婚姻の儀は終わった。


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