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流れ星の願いを  作者: 青井在子
5th 背中を押す想い
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ごうごうと風が鳴る。原色の青い空は眩しく、昼間にも関わらず二つの月が輝いている。気が付けばそこは王の間のテラスだ。眼下には動く木々たちの森が広がり、遠くには海や岩山も見える。鳥たちや郵便配達員が空を自在に駆け巡る。


「美しいだろう」

「うん……」

「あたしは元の世界にいたとき、こんな景色は一度も見たことが無かった。それに景色だけじゃない。この世界に生きるひとたちは皆美しい。誇り高く愛情深く潔い。彼らは真っ直ぐだ。彼らにとっての白か黒は常にはっきりとしているし、無益な嘘はつかない。あたしはこの世界に来て初めて……、心から他者を信頼できたんだ。背を向けても後ろから殴りかかられることは無い。隣で眠っても襲われることも無い。あたしはやっと安らげる場所を見つけた」


彼女と私はどこかで繋がっているような気がする。現に彼女の体験をあたかも自分が経験したかのような記憶を持っていたし、彼女の感情が伝わってくる。目尻から一粒涙が零れ落ちるとき、私もまた堪えきれなくなっていた。


「だからもう一緒にいられなくなったとしても、一人きりで世界を護ることにしたんだね」

「ああ。光となった私はこの世界のすべてを見てきた。だがそのすべては果てしなく遠かった。オルヒダが死んだときも、あたしはそれを感じていた。……何もしてやれなかったがな。あいつが護ってきたこの世界を護り抜くためにあたしにできることは、総てをお前に託すことだけ」


黄金色の瞳は真っ直ぐで迷いが無い。それはまるで精霊たちの目のようだ。


「……できないよ」

「何故だ」

「だって、私……」


前よりもその事実を告げることに抵抗を感じなくなったのは、受け入れられたからなのか、それとも。


「流星の力を失ったの」


彼女は一瞬目を見開き、そしてすぐに表情を和らげた。


「それは違う」

「え?」

「ここに」

温度の感じない手が、左胸の心臓がある辺りに触れた。その瞬間、懐かしい光が胸に宿るのを感じた。


「使い方を忘れているだけさ。流星の力を失うことはできない。死ぬまで、な。その証拠にお前の片目は未だ光を湛えている」

「ほんとに? だって……、何も感じないの。前は力を使いすぎても……なんていうか胸の中に光があることはわかってたのに今は何もわかんなくて」


あるはずだったものが消えて、私がここにいる理由だったものが消えて、人間を憎む世界で私はただの人間になってしまった。存在意義が消えたのは辛かった。いつだって心もとなくていつ足もとから全てが崩れ落ちてもおかしくない。


光がもう一度手に入るのなら、きっと私は迷わず望む。


「あるさ。お前はまだ流星のままだ。思い出すことができればきっとまた元のように光はお前の呼びかけに応えてくれる」

「思い出す……? 何を?」

「お前が忘れている大切なことさ」

「私が忘れた……?」


何を忘れた覚えもない。この世界に来てからのことは何一つ忘れていないはずだ。それにも関わらず何を思い出せばいいというのだろう。


「……思い出せるのかな」

「大丈夫だろう。お前なら」

「どうしてそんなこと言い切れるの? 私なんていつも役立たずで、役に立とうと思ったら暴走しちゃって余計に迷惑かけて……ほんとダメダメで嫌になるのに」

「言っただろう。あたしはこの世界の総てを見てきた。もちろんお前のこともな」

「だったら余計……っ」

「お前は」


強い風が草を巻き上げ、景色を塗り替えた。背丈の低い緑の草が揺れて擦れ合い、楽しげな笑い声に似た音を立てた。そこは私やアルスたちがいる大樹の草原だった。そこに始めに現れたときよりも大人びた流星が、足もとまでの軽やかなワンピースを風に揺らしている。


「お前はあたしとは違う。あの時のあたしは……、この世界の歴史を繰り返すことしかできなかった。戦いを戦いで制することしかできなかった。命を賭けて護ったつもりだったが……、それももう壊れようとしてる」

「流星……」

「だけどお前は違うだろう。戦いじゃなく、別の方法でこの世界を護ろうとしている。あたしはお前が選んだ道に賭けてみたい。その道が続く先を見てみたい。今までとは違う選択をしたこの世界がどうなるか知りたいんだ。……それをこの目で見ることは叶わなくても、だ。環奈。あたしはお前を信じている。お前自身よりもな」


だからお願いだ、と両手を掴まれる。流星から溢れる光が私までも包み込む。温かくて心地いい。旅で疲れた身体が癒されていく。これが流星の力なのだ。


「この世界を頼む」


温かい光が身体を癒すだけでなく、力を失ってから一段と臆病になっていた心をも包み込んでいく。私はずっとひとりぼっちだと思っていた。この世界に来てたくさんのひとと出会い、仲間と呼べる存在もいるのにそれでもひとりのような気がしていた。それはたったひとり私だけが人間で私だけが流星だったからなのかもしれない。精霊が暮らすこの世界で私だけが異なる存在だったからだ。だけどやっと私は出会えた。私と同じ境遇の存在に。


「わかった。できることはしてみるよ」

「ありがとう……」


黄金の瞳が優しげに細められた。


「代わりに、さ」

「代わりに?」

「あなたの名前を教えてよ」

「名前……。あたしの名前か」


呟いて彼女は唇を噛んだ。そして自嘲めいた笑みを浮かべる。


「随分と長い間呼ばれていなかったからな。あたしの名前は」


彼女は自分の名を呼ぶ愛しい声を思い出すかのように目を閉じ、そして言った。


()()だ」

「璃久……」

「本当に久しぶりだな。自分の名前を呼ばれるのは。大抵は皆あたしのことを流星と呼んでいたから、……ちゃんと名前を呼んでくれていたのはオルヒダぐらいか」


ふっと視線を反らされる。その瞳の先にはきっと私には見えないけれど、愛しいひとの姿があるのだろう。彼女は愛したひとを亡くしてからもなお、たった一人でこの場所から世界を見守っていたのだ。私が彼女の立場だったら、果たしてそんな決断をすることができただろうか。同じ存在に出会えたなんて、おこがまし過ぎるかもしれない。彼女は偉大だ。


自分の幸せよりもこの世界の未来を願っていたのだ。


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