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流れ星の願いを  作者: 青井在子
5th 背中を押す想い
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「ごめん、さっきの言葉取り消す」


皆の視線が一様に私に注がれるのを感じる。


「人間と精霊が争わなくてもいいような関係になったらなって、それは本当に思う。戦いはしてほしくない。……だけどそれはね、二つの世界が手を取り合って共存していけたらなってそう思ってるわけじゃなくて。そんなことよりもっと、もっと大事なことがあってね」


ジャーマさん。イセベル。イエロ。アルス。そしてカランバノ。順にそれぞれの真剣な顔を見つめる。そして胸に手を当てた。このひとたちは、この場にいなくてもこの世界で知り合ったひと全てが、私にとっては大切なひとだ。いつも会える人とはずっと一緒にいたい。遠くで暮らすひとにはまた会いたい。


「皆に死んでほしくないんだよ」


五人が、とくにジャーマさん、イセベル、カランバノの三人が目を見張り、私を凝視した。


「バカなことを言うな……! 戦が起こったらこの世界を護らなくちゃいけねぇ。必要とあらばこの命を賭けて戦う覚悟はできてんだ。命に代えてでも世界を護るって誓ったから里を出たんだよ!」


イセベルの女声にしては低めの声が、部屋に響いた。彼女ら騎士にとってみてば命を賭けて世界や忠誠を誓った相手につくすということは誇りでもあるのかもしれない。そんな崇高な意志を私はただ私のわがままで真っ向から否定しようとしているのだ。本当に彼らと比べたら自分なんて幼稚で、幼稚すぎて嫌になるけれど。


「そうやって言うと思ったよ」

「なっ、んだと……?」


イセベルと私が戦いに放り込まれたら私は間違いなく一瞬で死ぬだろう。けれど彼女は巧みに武器を操り、生き残るかもしれない。そんな雑魚の私が彼女に大きな口を叩く資格は無いのかもしれない。だけど生憎、出会ってからの数日で彼女の激しさには耐性が付いたんだ。何かを言われたところで今更、はいそうですか、と引き下がるつもりはない。


「戦争が始まったら皆真っ先に戦いに行くでしょ。それが嫌なの。戦場に行ってほしくない。戦ってほしくない。死んでほしくない。命を賭けて、とか言ってほしくない」

「じゃあ侵略されるのを黙って見てろって言うのかよ!」

「だから侵略されないように、そっちに頭を使ってほしいって言ってるの! だいたいさ……、命を賭けてとかってすぐ言うけど、遺されたひとの気持ち考えたことあるの?」


ひとりきり置いていかれて、どうやって生きていけばいいのかわからなくなって。きみがいた日々を振り返っては優しい思い出に泣きたくなる。


「命を賭けて世界を護るなんてかっこいいね。凄くかっこいいと思うよ。どうせ皆いつかは死ぬんだからさ、数ある死に方のなかじゃ名誉ある良い死に方だと思うよ。でもさ自分はそうやってかっこつけて華々しく散ったとしても、遺されたひとはどうすればいいの? それまでずっと傍に居たひとが……、ずっと支えだったひとを失って、残りの人生をどうやって生きていけばいいの? いなくなってしまったひとたちのぶんまでしっかり生きようって思うけど……、思えば思うほど立っていられなくなっちゃうんだよ……」


黒猫が心を静かに横切る。彼女がいなくなって私はひとりぼっちになった。他のどんな人間の友だちよりもたった一匹の黒猫を大切に思っていた。なんて寂しいのだろう。そうだ。私はずっと寂しかった。ずっとひとりぼっちだったから。彼女を亡くして本当の意味で孤独になってしまったから。だから今心から大切だと思えるこの世界で出会ったひとたちを失くしたくない。


「だってイセベル、考えてみて。戦場に出るひとは皆命を賭けてるよね。イセベルだけじゃなくて。っていうことはさ、死ぬのは自分じゃないのかもしれないんだよ。自分だって死にたくないけど……、なんていうか自分が死ぬことに対しては覚悟が決まってるかもしれないけど、自分だけが生き残って周りのひとたちが皆死んじゃう可能性だってあるんだよ。ひとりぼっちで生きてくのって、寂しくて」


涙で皆の顔が滲む。イセベルは考え込んでいるけれど、まだ何かしらの反論はしたそうだ。私たちの意見が最初からぴたりと合うことなんてこの先も無いのかもしれない。だけどこうやって口論していけたら、もうそれでいい。


「寂しくてさ……、死んでるみたいだった。死後の世界が本当にあって、そこで死んだひとたちが待ってくれるなら私はいつ死んでも構わないって本気でそう思ってた。だからさもし戦争が始まって皆が戦いに行っちゃって、誰かが死んじゃったら、私、……自殺するかも」

「流星! お前なんてことを!」


初めて会ったときのようだ。イセベルは激昂し、私の胸倉を掴んだ。その力が余りにも強すぎて、私の足は地面から離れてしまいそうだ。


「……そうやって怒ってくれるのなら、私に死にたいぐらい辛い思いをさせたくないって思ってくれるのなら、死なないで。一緒に生きて。戦いをしなくて済む方に賭けて」


ぎりと奥歯を噛みしめる音がした。


「クソッ……」


半ば突き飛ばすように勢いよく手を離されて、私はよろめいて後ろ向きに転んだ。すぐさま差し出されたカランバノの手を断って自力で立ちあがった。


「だから私はジョシュアを元の世界に無事に帰したい」


長い沈黙が奮い立たせた勇気を萎えさせようとする。だけど譲れない。娘とその赤ん坊を一心に思う良き父親であるジョシュアに死んでほしくなければ、精霊たちにジョシュアを殺すような真似をしてほしくもない。やがてこの静寂は永遠に続くのではないかと疑い始めたころ、アルスが一つ溜息を吐いた。彼にとってそれは珍しい行動だった。


「流星の言うとおり彼を帰そう」


次はアルスに視線が集まった。王が何を語るか、この場に居る全員が注目している。


「私は王としてより多くの民が平穏に暮らせる世を創らねばならないし、今の世を護っていかねばと思っている。つまりそういうことだよ。流星の言うとおり、私は君たちを失いたくはない。民らにも誰かを失わせたくない。そのために避けられるべきものは避けなくては」

「お言葉ですが、アルス様」


口火を切ったのはジャーマさんだった。王に異見を唱えることに心苦しさを滲ませながらも強い目をしている。


「彼を帰すことによって結界に自由に通り抜けることができる亀裂があるということが人間たちにも伝わるでしょう。彼らは此れを攻め入る機会だと考えるやもしれませぬ」

「そうかもしれないね。もしも彼らが侵攻してくるようなことがあったら。そのときは、流星。悪いけどきみが望むようにはしてあげられないよ。私も国境警備隊も騎士たちも一般の民であれ、私たちの世を護るために戦う。其れは如何なる理由があっても、……例えきみの願いであっても止めることはできないよ」


心臓を矢で射られたような思いだ。ジョシュアを帰すことになってせっかく一つの大きな不安が消えたのに、すぐに新しい暗雲が立ち込める。彼らの意志をこれ以上否定する気にも覆す気にもなれなかった。


「……そんな日が来ないといいな」


アルスは薄らと笑ってくれたけれど、私は私の願いの儚さに気づいていた。花火のような臭いがする気がして鼻を拭う。


「ジョシュアは元の世に帰す。此れで良いね」


確認するようにアルスはひとりひとりの目を見た。皆心から賛成しているわけではないだろうが、一応は頷き返した。



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