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「で、何か収穫はあったのか?」
ドアが閉まるやいなやイセベルがそう切り出してきた。
「……うーん、特に」
「使えねぇなあ……」
イセベルがお手上げだと言うように両手を上げて、首を振った。使えない。その言葉が妙に胸に響く。思い当たる節がありすぎる。
「……ほんとに」
「ん、なんか言ったか?」
「ううん!」
イセベルは両手を頭の後ろに組んで歩き出す。私もそれに続いた。
本当に使えない。その言葉が一番しっくりくる。流星としてこの世界に来たはずなのに力を失って誰かを癒すこともできなければ、同じ人間同士である男性と言葉は通じるのに心を通わすことはできない。何もできない。だけど私が力を失ったとは知らないひとは、何も知らずに私に期待してくれる。それを愛想笑いで誤魔化し続けているけど、それじゃあまるで騙しているみたいで苦しい。だからたぶん、私はその苦しみから逃れたかったのだと思う。アルスに打ち明けよう。そう決心した。その結果がどうなろうと受け入れよう。このまま騙し続けるよりも素直に謝ったほうがマシだ。
イセベルに別れを告げて階段を駆け上がり、大きな扉を開けた。森を抜けると私に気が付いたアルスが目だけで微笑みかけてくる。彼は話し中だった。その話し相手がアルスの表情の変化に釣られて振り返る。
「流星……」
カランバノとは旅が終わって以来、ほぼ顔を合わせていなかった。私も取り繕うように微笑む。
「アルス、今忙しい……よね。うん、やっぱり出なおすよ」
「いや、俺の話はもう済んだ。退出しよう」
「カランバノ、きみも残ってくれ。そのほうがいいだろう? 流星」
こくんと頷く。カランバノにも改めて聞いておいてほしい。
「私……ね」
打ち明けようと決心したはずなのに、いざ口にしようと思うと言葉が逃げていく。そんなことをしたってもうどうにもならないのに。肺にいっぱい空気を吸い込んで、吐きだす。
「流星の力、無くなっちゃったんだ。カランバノお母さんが病気だって聞いて、治してあげたかったの」
喋りながらあのときのことを思い出す。長い夢のあとに目覚めたら、髪の色が変わっていた。そしてそれをきっかけにそこにあったものが失われていることに気づいた。あの瞬間の絶望感。
「倒れたんだ。今までにも力の使い過ぎで倒れることあったし、そんなに気にならなかったんだけどね。でも目が覚めたら髪の色が……変わってて。変わったっていうか、本当はこれが元の色なんだけどさ。それからすぐに違和感を覚えたの」
心臓の上に手を重ねる。どくんどくんと鼓動が脈打つのは感じるのに、それと共にあったものがない。
「最初はよくわからなかったけど……、力を使えば使うほど胸の中に光があるのがわかるようになってたの。なんていうのかな。胸の中で光が渦を巻いてるっていうか……。とにかくね、それが消えてたの。ひとを癒すとき私はその光を紐解くようにして力を使っていたから、その光が流星の力だってことはすぐ分かった」
唇をきゅっと引き結んだ。窓の外を葉が風に舞い上がり飛んでいった。私もあの風に連れられてどこか遠くへ行ってしまいたい。不思議。何かに導かれてこの世界に来たのに。そんな思いを断ち切るかのように私は笑顔を作った。
「だから……ごめんね! 私もう皆の役に立ってあげられないよ……」
「そんな言い方をするな……!」
そう言ったカランバノのほうがよっぽどよっぽど辛そうに顔を歪めていた。対するアルスはいつもと変わらない飄々とした様子だ。
「もうただの人間だからさ、皆にこんなによくしてもらう資格無いんだ。私にできることならなんでもするし、地下牢のあの人から事情は聞くつもりでいるけど、それが終わったら、……どんなことでも皆に従うよ」
「流星……!」
ごめんね。カランバノ、苦しめちゃって。そんなつもりは少しも無かったの。不意に涙がこみ上げてくるのを感じた。だけどぐっと飲み込む。もう泣けない。元の世界にいたころは人前では絶対に泣かなかった私が、この世界に来てからは泣いてばかりなのは、泣かせてくれるひとたちがいるからだ。だけど彼らのそんな優しさにももう、甘えるわけにはいかない。
「そんな表情をされると、私のほうが辛いよ」
「……ごめん。でももう諦めは付いたから」
「俺は力を失ったからと言ってお前を邪険にするつもりはない!」
カランバノが堪えきれなくなったと言うように大股で近づいてきて、私の両肩を掴んだ。
その激しい目から逃れるように、軍服のボタンをぼんやり見つめる。
「これだけは言わせて。私ね、力を失くして動揺とか不安とかはいっぱいあったけど……、後悔はしてないんだ。もしあのとき力を失くすってわかってても、ちょっと悩んだからも知れないけどグラシアさんを治すことを選んだと思う。だからもういいよ、カランバノ」
いつかの森でしたように、私は少しだけ背伸びをしてぽんぽんと彼の頭を叩いた。あの時は急に固まって、しかもケモミミと尻尾まで出てくるもんだからびっくりしたなあ。可笑しくて温かくて、思いだすとちょっとだけ切ないけれど、良い思い出だ。
「カランバノとかグラシアさんのせいだなんて少しも思ったことない。私の判断なの。この判断に誇りを持ってるよ。だから自分を責めたりしないで。絶対」
そう言って笑う。グラシアさんは私の誇り。流星として成した最大の功績。この世界に来た甲斐があったと、心から思えたから。
「私とてカランバノと同じ意見だよ。きみが力を失ったからと言って、今更放りだすつもりはない。それともそんなに非道に見えるかな」
アルスが苦笑し、わざとらしく大袈裟に肩を竦める。
「や……、そういうわけじゃないんだけど」
「ならば此処に居ると良い。きみがいなくなると哀しむ者が、此処には大勢いるようだからね。勿論私もそのひとりだが。きみもだね? カランバノ」
「あっ、……ああ、そうだ」
アルスの言葉に釣られて思わず顔を上げると、至近距離にカランバノの真っ直ぐな目がある。
「俺はお前がいなくなったら困る。だからここにいてほしい」
両腕が届く距離で真っ直ぐに見つめられてイケメンにこんなことを言われると、なんか、なんか……。顔に熱が集まってくるのがわかる。頭から湯気でもでそうな勢いだ。どうしてこのひとはそんなことを真顔でさらっと言えちゃうんだろう。もう嫌だ。
「カンナ」
私にだけ聞こえるような声で、顔を覗き込んで、名前を呼ぶ。私は視線から逃れるように俯く。
だけど逃げれば逃げるほど、カランバノは顔を近づけてくる。限界だ。私の、負け。
「いなくならないと、約束してくれ」
「わわわわわかったってば……! わかったから! もう! 離れて!」
「というわけで」
アルスがこほんと咳払いをする。そして笑顔で続けた。
「此れからも宜しく頼むよ、流星」
頷くより他に無いのだった。




