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どんどんとドアをノックする音で目を開けた。と言ってもベッドの中で横になって目を瞑ってはいたものの、一晩中一切眠ることができなかった。寝不足の目にカーテンの隙間から零れる朝日が突き刺さってひりひりと痛む。ともかくドアを叩かれたなら何かしらのリアクションを取らなければいけない。
「はーい……」
これ以上ベッドでごろごろしていたって寝れるわけでもないだろうし、重たい身体を引き摺るようにドアへ向かった。
「……よお」
ドアを開けてみると、イセベルが立っていた。予想外の来客だが、なるほど道理でドアを叩く音がいつものプリマヴェラさんのものよりも乱暴だと思ったわけだ。
「……おはよう、イセベル」
「どうした、お前今日すげぇブサイクだぞ」
「……………………おう」
驚いたような表情でそこまで素直にストレートに感想を述べられると、もはや言い返すことも傷付くこともできない。
「で、どうしたの。またアルスに呼ばれてる?」
「ちげぇよ。でもどうせまたあいつのとこ行くんだろ」
「あいつって……」
「地下牢の人間のことだよ。それぐらい分かれ。馬鹿」
イセベルほどいちいち言葉に棘があるひとって存在するのかな。
「あはは」
もはや脈絡も無くただ笑うことしかできない。そんな私を見てイセベルはさらに怪訝そうな顔をした。
「あれ……、でもイセベル着いてきてくれるの?」
確か昨日はもう着いていかないと言っていた気がするけれど。イセベルはむっとした表情をして、腕組をして顔を反らした。
「おまえに何かあったらアルス様と兄様が怒るからだよっ」
その顔がほんのり朱に染まっている気もしたけれど、それには触れないほうがいいかな。でもほんの少し、私の顔が緩んでしまっていたらしい。
「だから早く準備するならしろ! ちょっとはマシな顔にしてこい!」
「はいはーい」
部屋に戻って鏡台の前に腰掛ける。相変わらず左目だけは金色で、つまりオッドアイになっているわけだが、これがなんとも中二病っぽくて居心地が悪い。プリマヴェラさんの見よう見まねでこの世界のコスメを使い、化粧をする。ヘアアレンジは苦手だから、櫛で溶かすだけのストレート。自分でやってみると改めてプリマヴェラさんの技術の高さに感心する。足もとまで隠れるロングのワンピースを着て、部屋を出た。
イセベルは私を一瞥してぼそりと一言。
「なんか昨日のほうがマシだけど……」
もう敢えて触れないことにした。イセベルとしばらく一緒に暮したら、どんな嫌味を言ってくる人とも上手に付き合える耐性が備わる気がする。
「まっ行くぞ」
白いポニーテールが揺れる。鎧と言うことは戦闘時の服装であるだろうに、鋼のブーツには十センチほどのヒールがある。あんなのでいざというときに本当に戦えるのだろうか。しかしそのヒールが彼女の美脚と引き締まった身体を一層魅力的にしている。ううん、なんとも羨ましいスタイル……。
男が捕らえられている牢の前にくるとイセベルは表情を引き締め直した。
「今日はあたしも一緒に入るからな」
昨日は確かにあのタイミングでイセベルが異変に気が付いて押し入ってくれていなければ私は死んでいた。それを省みると、素直に受け入れるしかない。
「はい、お願いします」
それでいい、と言うように頷いてイセベルがドアを開ける。相変わらず男性が簡素な木製の椅子に括りつけられているが、目と口は自由になっている。その灰色の瞳がきっと私を睨みつけた。私を部屋に通すとイセベルは腕組をしてドアに凭れた。あとはご自由にということだろう。




