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流れ星の願いを  作者: 青井在子
5th 背中を押す想い
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 初めてこの階段を上ったときには、なんて長いんだろうと思った。今もそれは変わらずだけど今回は下っている。下って下って湿った地下の薄暗い通路に出た。壁に吊るされた松明の火のゆらめきに合わせて私たち二人のかげが伸びたり縮んだりしている。向かって右側は鉄格子で仕切られた幾つもの牢屋が並んでいる。いつも見ているこの優しい世界の仄暗い一面を見てしまったようで、私は言いようの無い悲しみを感じた。だけど私、目が覚めて最初にいたのはこの場所だ。ここで鎖に繋がれていたんだ。


数多く並ぶ小部屋のなかでも最奥、その部屋だけは鉄格子ではなく、石造りの壁と金属の扉で仕切られていた。扉には横二十センチ縦五センチほどの小窓が付いているけれど、同じく金属の蓋が付けられている。


「ここだ」

「えっ?」

「ここに侵入者がいる。覚悟はできてるか?」

「覚悟……」


覚悟をしなければ会えないような相手なのだろうか。この部屋の中に閉じ込められているのは、私と同じただの人間ではないのだろうか。念のため深呼吸を一つしてみる。


「いいよ」


イセベルは無言で頷き、腰に提げていた皮のポーチから鍵束を取り出し、その内の一つを鉄の扉の鍵穴に差し込んだ。がちゃんと重たい音がする。そしてゆっくりとドアを押し開けた。手に汗が滲むのを感じながら、私も続いて部屋に入る。


そこにいたのは目隠しをされ、口に布を噛まされ、両手両足を鎖で縛られた状態で木製の気に括りつけられている短髪の男性だ。目元や口元を隠されていてはっきりとはわからないが、四十代ぐらいに見える。思わず息を飲んだ。侵入者っていうだけでこんな酷い扱いを受けるものなのか。自分がベッドに鎖で繋がれていただけだったから、せいぜいその程度だと思っていた。私たちが入ってきた気配に気が付いたのか、男性が身動ぎをし呻き声を上げた。目も当てられないほど悲惨だ。人がこんなに酷い目に遭うのを見たのはドラマか映画の中でだけだ。これが現実だなんて信じがたい。そして改めてこの世界の住人達に、いかに人間という種族が忌み嫌われているのかを思い知った。本来だったら私もこちら側だったのかもしれないのに。


「ごめん、ちょっと二人にしてもらっていいかな」

「は? 何言ってるんだお前。何されるかわかんねぇぞ」

「大丈夫だから。何かあったらすぐ呼ぶから部屋の外で待っててくれないかな」

「……お前になんかあったらアルス様や兄様が許さないだろ」

「何かあったら呼ぶから。お願い、少しだけでいいの」

「……すぐ呼べよ」

「ありがと」


イセベルは私と椅子に括りつけられた男とを交互に見て、溜息をついて部屋を出ていった。もう一度深呼吸をして男に目をやる。この仕打ちをやり過ぎだと思ってしまうのは、彼が私と同族であるからなのだろうか。


「私が言ってることわかりますか?」


男が身を強張らせるのが分かった。何をされるかわからず、怯えているようだ。


「やっぱり通じないのかな……」


そんなに上手くいくわけがないと元から期待していなかったぶん、そこまで落胆することも無かった。けれど唐突に男が首を横に振ってみせた。


「あれ、もしかして通じてます?」


こくん。今度は縦に振られた。どうやら私は日本語の他は全く話せなかったはずなのに、いつの間にかこの世界の人間の言葉も習得していたみたいです。先生。……じゃなくて。


「これ外しますから、ちょっと待ってください!」


いろいろと付けられているけど、一番苦しいのは口かな。噛ませられた布を解いて外す。


「大丈夫ですか?」


再び頷く。次に目隠しを外し、手足を椅子に括りつけていた布を解いた。


「どこか痛みますか?」


拘束を解いてもなお俯く男性の顔を覗きこもうとしたときだった。急に男性が立ちあがり、私の視界が一転した。


「……っう」


背中を石畳に打ちつけて呼吸が一瞬止まる。気が付けば仰向けに倒れた私に、男性が馬乗りになっていた。どういう状況なのか理解できない。一体何が起こったの。混乱して声も出せずにいるとその指が、首に触れた。首を両手で握られ、その手には次第に力が籠っていく。あ、やばい。と気が付いたのは今更になってだった。男性の指を引きはがそうと抵抗すればするほど力を込められる。息が出来ない。首が痛い。


「このっ魔物どもめ! 人間の言葉まで覚えやがって! 反吐がでる!」


魔物。私が? 待ってよ。私だって人間なんだってば。そう言ってやりたいのに声が出ない。


「どうせ俺は生きては帰れねえ! だったらここで魔物一匹ぐらい道連れにしてやるよ……っ」


違うよ。この世界のひとたちは魔物なんかじゃなくって、精霊なんだよ。それぞれがお互いを助け合って慎ましく暮らして、身勝手な理由で誰かを傷つけたりしない。私たち人間なんかよりよっぽど美しいいきものたちなんだから。


男の手をどけようとしていた指に力が入らない。目に映る世界が黒くなったり白くなったりしている。もうだめかも。呆気ないな。こんな風に死ぬだなんて。呆気ない。声も出せない。イセベル、ごめん。カランバノに怒られたら私のせいだって言っていいから。カランバノ、か。いつかゆっくり腹を割って話せたらと思ってたけど。あなたの話を聞いてみたいと思ってたけど。もう無理かも。涙が目尻から滑り落ちた。カランバノ。


「すっ……う、いい……っ」


何を言いたかったのだろう。遠ざかる意識は、けれど勢いよく開いた扉が壁にぶち当たった音で引き戻された。


「お前! くそっ!」


馬乗りになって私の首を絞めていた男が吹き飛ぶ。気道が解放されて一気に酸素が流れ込んでくる。げほげほと噎せた。涙で視界が滲む。それでも身体を起こすと、イセベルが男の首根っこを掴んで持ち上げ、壁に押し付けている。そしてその腹部を何度も何度も殴っている。


「ちょっ……!」


げほげほ。喋ろうとすれば噎せるし、喉がひいひいと奇妙な音を立てる。そうしている間にもイセベルは男を床に放り投げ、今度は足蹴にしている。男が堰きこんで床に血を吐いた。これじゃあ本当に死んじゃう。止めなきゃ。その思いだけで立ちあがり、後ろからイセベルに抱きついた。彼女は一瞬身を強張らせて、迷いの無い動作で私を突き放した。そしてバランスを崩して尻もちを着いた私を、冷たい目で見下ろした。


「どこまで馬鹿なんだよ。お前殺されかけたことわかってんのかよ!」

「わか……っ」


まだ声が上手く出せない。だけど止めなければ。ここで彼を殺してしまえば、いつまで経ってもなにも変わらない気がする。


「こいつは人間だぞ。人間はいつもあたしたちの世界に不幸を持ってくる。あたしは人間が大っきらいだ! いつも人間のせいで戦いが始まって、そのせいで……多くのひとが死んだんだ! こいつも不幸の元に違いない! 何するつもりか知らないけど、生かしておけるわけねぇだろ!」

「イセベル、……この人を縛って」

「嫌だ。こいつはあたしがここで殺す」

「だめ。私の言うこと聞いて」

「誰がお前の言うことなんか聞くかよ。お前もう少しで死ぬとこだったんだぞ。自分を殺そうとしたやつを助けるつもりか?」

「助けるとか助けないとかそんなんじゃない。でもここでこの人を殺したらイセベルだって人間と同じなんじゃないの?」

「はあ? こいつらと一緒にすんな!」


同じ女性とは思えないぐらいに強い力だ。ワンピースの胸倉を掴まれ、睨まれる。鋭い目に怯みそうになる。というか実際怯んでいる。さっきの首を絞めていた男の手よりイセベルのこの視線に殺されてしまいそうだ。


「やられたことをやりかえすだけだったら人間と同レベルだって言ってるの……!」

「じゃあやられっぱなしでいろっていうのか!」

「そんなこと言ってるんじゃない! ただもっと冷静に考えてよ。あなたが嫌う人間みたいになりたくないんだったらちょっとは考えて行動しろって言ってるの!」


目には目を。歯には歯を。戦争には戦争を。そうしている内に人類は取り返しのつかないものを失う。いつまで経っても成長しない。歴史の教科書で学んだことと同じようなことを、手に取る武器を変えただけで繰り返そうとしている。愚かだね。どうして気が付かないの。他に方法はないの。そんなことを授業中にぼんやり思っては、何もできない自分に言う権利は無いと考えを追いやっていた。けれどこの世界では違う。少なくともイセベルとこの男の行く末を変えることはできるかもしれない。


思いきり睨まれる。だけど私も負けじと睨み返す。


「人間殺しは英雄にでもなるっていうの? この人が殺されたら、家族か社会か何かしらが殺された恨みを持って復讐をしにやってくる。そこで新しい戦いが始まって、両方から新しい犠牲者がでる。そしてまた復讐を心に誓うひとが現れて……そうやって続いてくんだよ。ここでその人を殺さなかったら、結果的に誰かを失わずに済むかもしれない。それはイセベルの大切なひとかもしれないんだよ」

「ちっ……、本当うるせぇやつだな」


男がされたほどではないけれど、私も突き飛ばすように放された。イセベルは男を一瞥して舌打ちをし、椅子に座らせた。


「もう口はやらなくていいよ」


イセベルからの返事はなかった。けれど再び椅子に拘束された男の口に布が巻かれることはなかった。


「今日はもう行こう。明日また話してみるよ」

「もう殺されかけても助けてやらねぇ」

「え、……そこはお願いしたいんだけど」

「他の奴にでも頼め」


小部屋に鍵をかけて足早に去っていくイセベルを追うこともできず、私は自分の部屋へととぼとぼと歩きだした。




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