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流れ星の願いを  作者: 青井在子
5th 背中を押す想い
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帰りの旅路は行きよりも急いだものになったが、それでも食事と睡眠の時間はしっかりと摂ることが出来た。いくらか旅慣れした身体では、狼たちに包まって朝まで眠れれば大抵の疲れをとることができる。


 そして狼族の里、カランバノの故郷を出て十日後、私たちは二月に及ぶ旅を終え、城へと戻ってきた。


「おかえりなさいませ、流星様」


城門ではイエロと数人の使用人たちが出迎えてくれた。ずっと共に旅をしてきた五頭の狼たちとはここでお別れだ。彼らを使用人に預け、私たち三人はイエロに従う。


「髪の色が変わったんですね。こちらの色もお似合いですよ」


言葉の代わりに笑顔を絞り出して、返すことしかできない。言っていなかったから城のひとびとは私が力を失ったことをまだ知らない。


 相変わらず長い階段だったが、旅の中で体力がついたのか以前より楽に登り切ることが出来た。イエロが大きな扉をノックして開ける。室内であるはずなのに色鮮やかな植物が咲き乱れるそこは、この世界の王の部屋。イエロが先を歩き、小川の浮き石を渡るときにはごく自然に手を貸してくれた。覆い茂る植物の道を抜けると、色の濃い青空が一面に広がる。その硝子張りの壁の前に、黒い竜の王はこちらに背を向けて立っていた。


姿を認めた瞬間に胸がぐっと熱くなる。帰ってきたんだ。不思議と素直にそう思えた。

洗練された所作で彼が振り返る。そして全てを包み込むような笑顔を浮かべた。


「おかえり、流星。カランバノ。プリマヴェラ」

「ただいま、アルス」

「この旅はきみにとって意味のあるものになったかい?」


堕獣との遭遇。ゴダさんとの出会いと恋人の死。カランバノの故郷。彼の母の病。そして力の喪失。


「……うん。いろんなことがあったよ」

「そうかい。……此方へお出で」


手招きをされて私は執務机の向こうへ、アルスの元へ近づく。間近で見るその顔は相変わらず作り物めいている。全てのバランスが整いすぎていて、計算して作られた美術品のように思えるのだ。深緑の瞳に覗きこまれると私の思考も記憶も何もかも全部見透かされているみたい。落ち着かない心地になるのに、何故か目を反らすことができない。

ぽんと指の長い手が、私の頭に乗せられた。そして髪を梳くように、撫でられる。


「また改めてきみの冒険譚を聞きたいよ」

「私もいろいろ聞いてほしいな」

「うん。だけど今は緊急の用があってね。きみたちを突然呼び戻してしまったことは申し訳ないけれど、看過するわけにはいかないんだ。カランバノ」

「はっ」

「きみには伝えた通り、二週間ほど前境界を越えて此方側に侵入してきた者が居る。すぐに境界警備隊が気づき確保し、被害は出ていない」

「しかし境界を越えたとなると……、結界を破られたということでしょうか」

「そうなるだろうね。だが決して大きなものではない。彼一人が通り抜けてしまう程度の小さな亀裂だよ。問題は其れを塞ぐ術が無いと言うことだ」


二人の話が見えない。境界を越えた侵入者がいることは聞いていた。それは元の世界でいう密入国者のようなものだと理解していた。けれど結界? 亀裂? 塞ぐ術? 


「あのー……、なんのことかさっぱりなんだけど」

「ああ、そうだね。流星にも説明しておく必要がありそうだ」


そう言ってアルスは、さっきから何気に私の頭に乗せっぱなしの手でもう一度髪を撫でた。もう一方の手を軽く振ると、立体映像の地図が現れた。この地図では世界は長方形になっていて、元の世界でよく見た世界地図とは違って縦長だ。北側である上から三分の二は森や海や山、そして私たちが今居るこの城などが細部にわたって描かれているのに対し、南側三分の一はほぼ灰色で特に目立った建物なども一切ない。そのカラフルな世界とモノクロの世界を分けるように、薄い水色の透明な線が走っている。

長い指が色を持った世界を指す。


「此方側が私たち精霊の住む世界」


次は灰色の世界を指差した。


「此方は人間たちが住む世界だ。そして」


二つの世界を分断する水色の線に指を這わせた。


「此れが境界だよ。此処には不可視の結界が貼ってあって、お互いの世界を覗くことはできても通り抜けることは叶わない。人間たちがこの世に来ることも私たちが彼らの世界にお邪魔することもできないんだ」

「へ、へえー。でもそれが通り抜けられちゃったってこと?」

「そうだ。そもそもあの結界は何時誰が如何して貼ったのか分からない。人間と私たちは何度も争った過去があるから、少なくとも世界の始まりから存在していたわけではないとされている。問題は作った人も方法も分からないから、修繕のしようがないということなんだ」

「結界が無くなっても、線を引いたり看板を立てたりとかしてさ、境界はここですって違う方法で分けちゃだめなの?」


元の世界の国境は、仰々しく分けられている個所もあれば何も記されていないところもある。昔に見たテレビ番組では民家の中に国境があるという場所もあった。


「……其れで済めばいいのだけれどね。二つの世界は結界を貼って物理的に強制的に分けられでもしない限り、争いを繰り返してしまう」

「なるほど……」

「結界が在る場所も、私の祖父の時代に大戦があった場所なんだ。歴史の中で最も新しい戦乱だ。もしかしたら何時までも諍いを止めない私たちに呆れて、神が下した鉄槌なのかもしれないね。見限られてしまったのかもしれない」


大戦。戦い。これらの単語を聞いて真っ先に思い浮かんだ光景は、テレビの戦争特集で見た空爆や銃撃戦じゃない。もっとなんというか古風でアナログな、剣と剣の戦い。重たい鎧の音。足もとに転がる夥しい数の死体と麻痺した嗅覚。身体のあちこちが痛くて、でも退くわけにはいかなかった。私には護るべきものがあったから。鮮明に思い出すことが出来る。あの灰色の戦場。だけどいつの話だったっけ。そもそも私は戦ったことなんてあったっけ。元の世界はもちろん、この世界に来てからも一度も剣を手にしたことはない。はず。


「……流星?」


名前を呼ばれて我に帰る。


「あっ、ごめんごめん」

「やはり疲れているようだね。今夜はゆっくり休むといい」

「でも緊急なんでしょ? そんなゆっくりしてる時間とかあるの?」

「きみが休むための時間くらい取れるように努めるよ」

「そうじゃなくって……。戦いを防ぐための結界に穴が開いちゃったんでしょ? どうするの? そこを通って敵が入ってきちゃうんじゃないの?」

「其の可能性は少なくない。だが今はせいぜい境界警備にあたる人数を増やし、水際で阻止することしかできないな」

「そんな……」


水際で侵入を食い止める。敵意を持って向かってきた人たちを止めるということは、最低でもそこで争いが起きるということだ。本当にそこだけで収まるのだろうか。それが火種となって両者の憎しみを燃料に燃え盛り、世界を燃やしつくしてしまうような大火になってしまうんじゃないだろうか。


重たい盾と剣を持った腕が痺れる。鎧を纏っていてもなお身体には無数の切創ができ、血を流し過ぎてしまった。そのせいか視界がときどき白く霞む。このリアルな感覚は一体なんなのだろう。言いようの無い不安が胸を締め付ける。戦いと言う言葉とこんなに現実感を伴って向き合うのは初めてだ。元の世界では戦いはいつも遠い国や過去のできごとだった。それが今まさに目の前で巻き起ろうとしているのかもしれない。私自身も大切なひとたちもそれに巻き込まれんとしているのかもしれない。


「流星、顔色が良くないね。今日はもう下がりなさい。きみの部屋は整えておくように言ってあるから」

「でも……」

「しっかりと休養することも大切だよ。きみの力が必要になれば遠慮なく言わせてもらうから」

「あ……、うん」


流星の力が必要になったとき。頭の中で反芻する。それ以上何も言えなくて、私は一人でアルスの部屋を出た。



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