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今のグラシアさんを長時間立たせることはやはり難しく、もう一度横たわってもらう。私は前足と後ろ足の間、ちょうど脇腹あたりに掌を当てた。人の体温よりも温かい熱が伝わってくる。カランバノと視線を合わせ、そしてお互いに頷いた。どうか私の力よ。今こそ救って。目を瞑る。身体の奥にある花の蕾をそっと開かせていくみたい。胸の真ん中でぐちゃぐちゃに絡まって留まる流れを、解放する。堰きとめている何かを外すと、それは私の身体の端々に流れていき、そして腕から掌を伝わってグラシアへと流れていく。力を使うせいかグラシアの体温のせいか、とても温かくて心地が良い。陽だまりのベッドで昼寝をするみたいだ。
星 天より流れ落ち 我らの痛みを癒さん
朗々とした長い年月を生きた声。深緑の青葉のように瑞々しい若い声。強くあろうとする男の声。優しくあろうとする女の声。それぞれ異なる声が幾重にも重なって響く。その唄を私は知っている。その唄は私を長い間ずっと呼び続けていた。
――子どもの成長というのは早いものだな。
その声に意識を呼びもどされた。寝起きのような気だるさがある。
――本当にその通りだ。
ふと視線を下げると、腕の中に生まれて一年経つか経たないか、恐らくまだ歩けないであろう年頃の赤ん坊がいた。黒々とした瞳を輝かせて、私の髪に手を伸ばす。私の手が赤ん坊の黒い髪を撫でた。
――お前によく似ている。
そう言って私は、言葉を交わす相手を見た。あ、前にも見たことがある。人の姿をした黒い竜。確か、名前はオルヒダだったか。そのオルヒダと似ているということは、私が抱くこの赤ん坊は彼の子どもということなのだろうか。
――目元などはお前に似ていると思うがな。
竜の王が目を細め、愛おしげに赤ん坊を見つめる。
――母親に似てきっと強い男になるだろう。そしていつか立派な王に。
――ああ。それまでずっと見守っていてやりたい。
――そうだな……。
オルヒダが私の肩にそっと手を回し、腕の中の赤ん坊ごと抱き寄せ、そして私の髪にキスを落とした。ずっとこうしていたいような気がする。泣きたくなるのは幸せ過ぎるせいなのか。それとも。
――……人間たちが動き始めた。春が来るころには此方へ侵攻してくるだろう。
オルヒダの顔を見つめる。けれど彼は私の目を見てくれはしない。
――なんとかする方法は……無いのか。戦わずに済む方法は。
私はオルヒダの胸に顔を埋めた。そんなふうに聞いておいて、そんな方法など存在しないことぐらいわかっていたような気がする。それでも聞かずにはいられなかった。
――お前はもう戦わなくていい。
オルヒダの目を見上げる。相変わらず真っ直ぐ遠くを見つめている。ここではないどこかを、私たちが一緒にいられないどこかを見ているようで怖い。
――お前は皆と逃げろ。私たちの息子を頼む。
――……断る。あたしはもともと護られるより護るほうが性に合うんだ。オルヒダが戦っている間、一人で留守番なんて絶対にご免だ。あたしも戦う。
――子どもはどうするのだ。
――あたしたちが戦いに出ている間は、誰かに世話を頼もう。そして二人で生きて帰って、また一緒に暮らせばいいさ。……オルヒダ、お前をひとりで行かせはしない。
――リク……。
――せいぜい諦めの悪い女を妻にしたことを悔むんだな。
オルヒダが私たちを抱く腕に力を込めた。私は笑う。だけど泣きたい気持ちだった。また一緒に暮らせばいいと何度も胸の内で唱える。自分自身にそう言い聞かせていないと、泣いてしまいそうだったのだ。




