表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流れ星の願いを  作者: 青井在子
3rd 愛と喪失と
17/64

17


 そしてその三日後、私たちは次の場所へと旅立つこととなった。

お世話になった城の使用人たちや、ペルラさんまでもが城門まで見送りに来てくれた。


「本当にお世話になりました」

「いいえ、何も構えなくて、その上流星様に怪我まで負わせてしまって……、お詫びのしようもありません」

「もう気にしないでください。完璧に治りましたし」


ペルラさんは困ったような笑顔を浮かべるだけだったが、私の言葉には少しの嘘も含まれていなかった。背中の傷は綺麗に癒え痛みどころか跡さえも残らなかった。それにこの海で過ごした日々は、私にとってとても大きかった。


「……ゴタさんは」

「おかげ様で仕事に復帰しておりますよ。今日流星様がたがお発ちになることを彼女にも伝えたのですけれど……、ゴタにも思うところがあるのでしょう。お見送りに来ないことをどうかお許しくださいませ」

「いえ、それは、全然……」


あの日以来ゴタさんを見かけていない。できれば最後にもう一度会いたかったけれど。


「地上までは代わりの者に案内させますね」


私たちは来たときと同じようにそれぞれイルカに乗る。この数日間ですっかり慣れたもので、どうすれば心地よく乗れるか、なんてコツも分かってきていた。


「ペルラさん、本当にありがとうございます。城に戻ったらアルスに頼んで手紙を出しますね!」

「ええ、心待ちにしております」

「それじゃあ、さよなら」


プリマヴェラさんがペルラさんたちに手を振る。案内してくれる人魚たちが先導し、それに私たちが乗ったイルカが付いてゆく。早送りで過ぎてゆく景色たち。神殿のような城。七色の光を放つ珊瑚礁。魔法の力で照らされた神秘の街。いつかまた来られたらいいな。そのときにはゴタさんにも会えたらいいな。


 行きよりも帰りのほうが短く感じ、あっという間に地上に着いた。砂浜に上がると、ほんの少し身体が重くなったように感じる。久しぶりに、本物の日の光を浴びた。大きく深呼吸をしていると、キュン、クゥンという甲高い声が聞こえた。そうだ。彼らに会うのも久しぶりだ。声がしたほうを見ると五頭の狼が、ひとりの男性に連れられてやってくるところだった。狼でもそんな可愛い声を出すのね。私は小さく笑いながら彼らの元へ走っていった。


「おまたせ!」


気高い獣はふんふんと鼻を鳴らしながら、鼻づらを私の髪の中や首元に埋める。私も我慢しきれずそのもっふもふの毛並みに顔を突っ込んだ。すーはーすーはー。お日様の良い匂いがする。頭上ではカランバノと、私たちが海底に滞在していた間狼の世話をしてくれていた魚族の男性がなにやら話している声がした。そして私が顔を埋めていた狼が、ぴたりと動きを止めた。それに釣られて私も顔を上げると、狼は耳をピンと立てながら静かに寄せては返す水面を見つめていた。そして、そこに小さな影が浮かんでいることに気が付いた。日の光が邪魔をする。逆光になってその表情まではわからないけれど、すぐにそれが誰であるのかわかった。

その瞬間、魔法なしでは自分が泳げないことも忘れて走りだしていた。


「ゴタさんっ!」


名を呼ぶ声に、何故だか涙が交じった。魔法が解けた足では、波間を走っていくのは容易じゃない。それでも水を掻き分け掻き分け、胸元まで浸かるところまでやってきた。ここまで来て、彼女が俯いていることがわかった。それでもここまで来てくれたんだ。


「……ゴタさん」


名前を呼ぶと、彼女がゆっくりと顔を上げた。その表情は、寂しさや悲しみや苦悩や、いろんな感情が交じった複雑なものだった。だけど、一瞬でそれを隠し、彼女は笑った。


「流星様、ありがとうございました!」


その笑顔と声音が、自然に出たものじゃないことぐらい、すぐにわかる。私は言葉を失った。


「私、本当はまだ辛いけど……、でももう死のうと思ったりはしません。流星様、言ったでしょう。ひとりのために生きるのはいいけど、ひとりのために死ぬのはだめだって。私のために生きてって」


確かにそう言ったような気がする。あのときは自分でもわけがわからないぐらい泣けて、思わず口から飛び出した言葉だったのだけど。


「そうします。……私、流星様のために生きます。流星様がもうあんな思いをしなくて済むように、私、生きることにしました」


頷くことしかできなかった。涙が溢れて、太陽も海も儚く笑うゴタさんも歪む。何度も何度も小さく頭を縦に振った。


「それと……やっぱり、ラグーナのために。彼を想いながらこれからもずっと生きていきます」

「うん……」

「流星様、本当にありがとうございます」


笑う形に細められた目の端から、一粒の涙が流れて落ちた。傷はそんなに簡単には癒えない。心に開いた穴は埋まらない。本当なら崩れ落ちてしまいそうな自分を、笑顔で隠して今は進むしかない。そう決めたのだろう。だから私にはその笑顔の仮面を、剥がす権利なんてない。


「こっちこそありがとう。……また、会えるかな」

「いつでも海へ来てください。きっと迎えに参りますから」

「うん。絶対、また会いたいよ」

「はい」


ゴタさんは最後まで笑顔を消さなかった。私も笑った。今は笑顔で別れよう。それが作り物だとしても。いつか再び会うときには、本当に笑いあえることを願って。


 抱き合うことも握手を交わすこともなく、私は彼女に背を向けて、浜辺を目指した。カランバノとプリマヴェラさんと五頭の狼たちが待っていてくれる。浜に上がって振り返ると、ゴタさんはまだそこに居た。そして太陽に向かって、一度大きく跳ねて、そのまま海に姿を消した。


 波の音はいつだって優しい。どうかその優しさが、彼女の哀しみを癒してくれますように。声に出さずにそう願った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ