16
知らない間に眠っていた。乾いた涙のせいで上下の瞼がくっ付いた瞼をこじ開けると、私の部屋ではない見慣れないベッドの上で横になっていた。一瞬の戸惑いの後、すぐに寝る前の状況を思い出した。ここはゴタさんの部屋だ。部屋の主はというと、私の胸に顔を埋めるようにして腕の中でまだ眠っていた。どれぐらい眠っていたのだろう。部屋に射しこむ光が無くなっている。相当な時間眠っていたのかもしれない。腕が痺れて感覚が無い。姿勢を変えるにも腕の中でゴタさんが眠っているため変えられず、できる範囲でもそもそと動いていた。
「……んー……」
起さないように気を遣ったつもりだったけれど、ゴタさんが身動ぎした。そして自分が今在る状態に気がついたのか、のそりと身体を起こした。
「……私、……あれ……流星様……」
「……えっと、いろいろ覚えてる?」
ってベッドの上でこんな聞き方をすると誤解を生みそうだけど。
「私……」
沈黙の間に彼女は寝る前のことを思い出したらしく、表情には若干の焦りが見えた。
「……ごめんなさい、いろいろと。迷惑を掛けましたね」
「そんなふうには思ってないけど……」
「大泣きしたら、お腹すいちゃいました。持ってきてくださったもの、食べてもいいですか?」
「……もちろん」
わざと明るい声音で、そんなことを言ってくれているのだということはすぐに分かった。だけど食事をまともに摂っていないというゴタさんが食べてくれるのならそれは本望だし、何しろ掛けるべき言葉が見つからなかった。
無理をしているのはわかっているけれど。だけど今ここで無理をしないでと言ったところで何になるのだろう。彼女自身がそう取り繕うと決めたのだから、私はもうそれに気がつかないふりをしたほうがいいのではないだろうか。
身体を起こして、床に置きっぱなしにしていたトレーを取りに行った。当たり前だけれどもう完全に冷めてしまっている。
「冷めちゃった。新しいの作ってもらってこよっか?」
「いいんです。それで。せっかく流星様が持ってきてくださったものですし。お腹が空き過ぎちゃって、もう待てそうにありません」
ゴタさんはベッドから尾びれを投げ出すように腰かけて、人間の脚で言うと太ももあたりにトレーを載せた。
「いただきます」
トレーに載せられた料理を次から次へと箸を休めることなく口へ運ぶ。どうやら空腹だったことは嘘ではないようだ。
全て平らげると彼女が一息ついて、それからにっこりと笑った。
「美味しかった! あー、お腹がいっぱいになったら働く意欲が出てきました! 休職を解いてもらわなくちゃ!」
「ゴタさ、……」
「流星様」
私が言いかけた言葉を、遮るかのようだった。
「確かにまだ全然立ち直ってませんよ。もう大丈夫だなんて、まだ言えそうにありません。だけど……、なにかをしていないと余計に辛いんです」
胸に手を当てて、目を閉じる。その瞼の裏にはきっと、もうここにはいないひとが映っているのだろう。
「……ありがとうございました。流星様」
「ううん……」
私はなにもしてあげられなかった。彼女が絶望の淵からまだ動けずとも、少なくとも希望のほうを見上げることができたのは、彼女自身の力に過ぎない。
「さて着替えて早速ペルラ様に会いに行きます」
「そっか。わかった。じゃあまた、かな」
「はい、また」
彼女に背を向けて、部屋を出ていく。ドアノブを回しかけて止めた。ずっと伝えるべきかどうか悩んでいた言葉があった。悩んで悩んで伝えることにした。彼女を振り向く。ベッドに腰掛けて、私からは後ろ姿しか見ることができなかった。息を吸い込んで口を開く。
「愛してるって、言ってたよ」
「え?」
「光になったラグーナさんが消える直前に、愛してるって言ってたよ」
返事は聞かない。反応さえも見るつもりは無かった。今度こそドアを開けて、足早に部屋を後にした。




