第6話 魔導兵器Ⅱ
この日の授業は、魔導兵器を自らの手で作り出すことだった。
最初に聞いたとき、戦牙は学校の先生の頭がおかしくなったのではないかと思ったくらいだ。
しかし、ドーラは言った。
「この世界の常識は、あなたの世界の常識とは全く違う位置にいる。だから、色々驚くこともあるかもしれないけど動揺しないでね」
「で、本当にあれが自分の手で作れるってのか?」
驚きと同じくらい、わくわくする気持ちが溢れてくる。周りには信長や秀吉たちがいて、彼らも同じように好奇心を隠すことができないようだ。昨日のことは忘れているのか、少しも触れてこない。それにしても、彼らの周りにいる女の子たちは何者だ?
彼女なんかいたっけかな?
「ほら、こっち向いて」
強制的に視線を引き戻され、戦牙は再度机の上に置かれた鉄の塊に向き直った。
「いい? さっき先生に教えてもらった通りにやってみて」
「そんなに簡単にいくものかねぇ」
教師が教えてくれた方法。それは魔術を注ぎ込むことでそれに反応する目の前の鉄を柔らかくし、そのまま自らが欲する魔導兵器の姿や性能をイメージしつつ形を形成することだった。それを完成させるには相当な集中力が必要とされるし、何より魔力総量が求められる。
周りを見れば、昨日見たメンバーとは違う。顔を知らない奴らも何人か交っていた。
戦牙の疑問を察したかのように、ドーラは教えてくれた。
「昨日の魔術総量試験で基準を超えた人だけがここにいるの。それ以外の人間が魔導兵器を作るのは時間がかかりすぎるし、命に関わることもあるわ」
魔導兵器が人の手によって作られていたことにも驚きだが、もっと驚いたことには、魔力総量が多く魔導兵器の材料さえ持っているなら個人で所有できるという点だった。無論、これを街中で動かそうものなら軍の魔導兵器がすっ飛んできて簡単に抑えられてしまうだろうが。
「でも、魔導兵器を作ること自体が難しいんだから。言ったでしょう? 魔力を持っている人間自体が少ないんだから」
「そうだったな。では、一つやるとするか」
戦牙は自らの求める魔導兵器を完成させるために力を込める。魔力はその姿を具現化させて、一つのイメージを具現化した。
「いいじゃない。これがあなたの駆る巨人になるわけね?」
「まぁ、そうなる。でもこれで完成ってわけじゃない」
戦牙の探求は続く。
実際、最初に作り始めてから戦牙の魔導兵器が完成したのは、3週間後のことだった。
「冷や冷やしたわよ。だってもう、先生たちもあなたを落第させる気満々だったんだから」
ドーラの言葉に、戦牙は苦笑いした。
「そう言うなよ。ずっと俺を見てきただろう?」
「そうよ? あなたは家にいたときも学校にいたときも、ずっと魔導兵器を作ってきた。でも実力が伴わないと、すべて無駄!」
「そうかもしれない。ただ、まぁそれはないと思うぜ」
魔力総量が多く、魔導兵器を作った人間のうち、特進科に進めるのはさらに一握りだ。
幾ら選ばれた人間が魔導兵器を造れたからといって、それが強いとは限らないのだから。魔導兵器に求められるのは、それが戦争に耐えられるかどうかである。
戦牙は鉄製の扉を開けた。
そこには彼が生み出した魔導兵器『旭翔』が佇んでいる。塗装は全体的に赤を基調としており、時たま黒が交る。全体的には武者をイメージしたと言ったらいいのだろうが、これまでの武者型魔導兵器に比べて違うところは、肩に二連奏の巨大な砲台を構えているところだった。遠距離攻撃も可能にせしめたそれは、成功すれば多くの軍隊にとって脅威となりえる。
それだけではない。
旭翔は接近戦においても余すところなく力を発揮するように設計されている。少なくとも、戦牙の設計の上では。
「あなたの世界では、こんなに緻密な計算の上に戦う武器を作っていたの?」
「そうだ。兵器とは常に計算されつくし、洗練されていなければならない。あるときは無骨な棍棒のように。そしてあるときは研ぎ澄まされた刀のように」
魔導兵器を作る過程は、苦難の連続だった。
少しだけ、過去にさかのぼってその過程を振り返ろう。
他の学生は1か月程度で魔導兵器を完成させた。しかし、それらが全て、自らの求める性能を有していたとは決して言えなかった。それでも魔導兵器を完成させたことで単位がもらえる。そして、彼らはこれから性能を向上させていく術を学べばいいのである。
ところが、戦牙だけは違った。
彼は根本から魔導兵器を理解しようとした。どうすれば強力な魔導兵器を生み出せるのか。他の機体と何が違うのか。製造過程の違いなのか、それともパーツや素材の違いなのか。あるいは製作者そのものの違いなのか。
ドーラもそのあたりのことは詳しく知らないようだった。
そこで戦牙は、彼なりに人脈を当たることにした。もしも人間関係が前にいた世界のままなら、こういったことに詳しい人間がいる。そいつは前の世界で、『兵器オタク」と呼ばれていた。
戦争オタクの戦牙といい勝負だ。
「おや、珍しいな。君が僕を訪ねるなんて」
「好きで会いに来ているわけじゃねぇ。少し教えてほしいことがあってな」
見た目は理系の知的な二枚目。しかし戦牙の目の前の男、斎賀九一は完全な兵器オタク。その特性をこの世界でも受け継いでいれば、恐らく同じようにこの世界の兵器に詳しいはずだ。
「魔導兵器について教えろ」
「そういえば、君は今魔導兵器を作ってるんだったけ。いいだろう。僕に教えられることなら、なんなりと教えよう。ただし、条件がある」
「あぁ? 何だよ?」
「僕もその魔導兵器開発に一枚かませたまえ。実は試してみたいことがあるんだ」
何か嫌な予感がした戦牙だったが、現状を考えれば今は九一に頼るほかない。その実験が彼の誇大妄想から発したものではないことを祈りながら承諾した。
「それで、何が聞きたいんだい?」
「全部だ。俺も少しは勉強したつもりだが、魔導兵器の起動方法から動力源まで、一切合財全部教えろ」
「乱暴な質問だね」
しかし九一は話し始めた。分かりやすく全体図を用いて説明を進める。
まず、魔導兵器とは魔力によって加工することができる金属を使い、そこに魔力を注ぎ込むことによって作られる。その金属は『魔晶原石』と呼ばれる。不思議なことに、質の良し悪しで魔導兵器の防御力のみならず、動きなどにも影響するということだ。しかも大きさに量は比例しない。
「まさにファンタジーだな」
「何か言ったかい?」
「いいや、続けてくれ」
さらに、魔導兵器の特性は製作者の持つ魔術特性に左右される。つまり火系の魔術が得意な者が作った魔導兵器は火系統の攻撃が得意であり、遠距離からの間接攻撃や剣、槍などに炎を纏ったまま斬りかかる攻撃を可能とする。他にも、水・氷・雷・土・風などの魔術系統があり、魔術師によって得意とするところが違うのである。
「君はどれが得意だい?」
「いや、どれも得意じゃないね」
「・・・・・・何だか絶望的だな。それでは、まずは君の魔術特性を知ることから始めたらどうだろうか?」
「それも視野に入れておく。動力源やどうやって動いているかの仕組みを教えてほしい」
「これもまだまだ研究段階なんだけどね」
実のところ、魔導兵器は戦争で使用されているにも関わらず、その性能は個人の技量によるところが大きい。しかも最初に兵器として取り入れた日本が魔晶原石の特性に気づいていなければ、恐らくまだこんな兵器は世に出ていなかっただろう。
近年、戦争で破壊された魔導兵器を調べたところ、胸のあたりに埋められている光り輝く球体『コア』から動力を得ていることが分かった。ちなみにコアのエネルギー自体は製作者の魔力総量に左右される。これも魔導兵器が量産できず、性能にムラがある原因となる。
また外装の下には人間でいう筋肉が存在し、いくつもの繊維を編みこんだように作られているそれは伸縮性に優れ、魔導兵器の柔軟な動きを支えているのである。
「なるほどな。魔力総量が大きければ大きいほど、動力は強力になるってことだ」
「ところがそれだけじゃダメなんだ。ある強力な魔術師がね、ありったけの魔力を魔晶原石に注ぎ込んで魔導兵器を作った。そりゃあ、爆発的な動力を持った兵器が出来上がったらしいよ。でも、筋肉がその出力に耐えられなかったんだ」
「バランスが悪いのか」
「そういうこと。筋力は製作者が持っている身体能力や精神能力に左右される。だから剣の道に達者だったりすると、動力を大きくしても耐えられる可能性がある」
「なるほどな。よく分かったぜ。ありがとう」
「何だ、もう帰るのか? まだ話したいことは色々あるんだけどな」
戦牙は手を挙げてひらひらと振った。
「また聞きに来るさ」
放課後、ドーラが待っている場所に向かう。