第4話 覚醒
魔術を発動させるために必要な、体内のエネルギー。それが魔力。
そしてその魔力の総量が魔力総量だ。
今、戦牙の目の前で行われているのは魔力総量の検査だった。ここで高校側が定めた魔力量を超える者は、王宮魔術師特進科という学科に上ることができるらしい。
「なぁ、秀吉。王宮魔術師特進科ってのは、そんなにいいところなのか?
「さぁね。俺もよく知らないよ。だって本当に一握りの人間しか通えないところなんだし」
「ま、エリート中のエリートが行くところさ。いけすかねぇな」
秀吉の話に信長が同調する。正宗は黙ったままだ。
「そもそも、王宮魔術師ってのがどんな奴らなのかも、俺たちはよく知らないからね」
「そんなもんなのか?」
「お前は何か知ってるのか?」
「いや、知らねぇ」
「何だよ、それ・・・・・・」
はたから聞けば友人同士の軽口のたたき合い。それを見て特進科の先輩たちは黙っていない
「そこ、私語を慎みなさい!」
きつく叱責したのはブラウンの髪をセミロングくらいにカットした女子学生だった。瞳の色もブラウンで、見た目にはとても美人である。目じりもきりっとしており、周りの女子の反応を見ていると女性ファンも多いようだ。
「ジェニス・ダルク。王宮魔術師が父親よ」
戦牙の横から、ドーラが耳打ちした。
「ふぅん。で、さっきから疑問なんだが、王宮魔術師ってなんだ?」
周りに聞こえてはまずいことでもあるのか、彼女は脳内で会話を続ける。
『日本がアメリカに負けてから入ってきた、西洋諸国の魔術師たちよ。今は天皇家とつながりが深いわ。でも天皇家には古来からのお抱え魔術師もいるから、彼らとは対立しているわね』
『ふぅん。どう違うの?』
『日本古来の魔術師は精神的なダメージを与えるのが得意。言霊って聞いたことあるでしょ? 相手を言葉で呪ったり、物や自然に宿った神に力を借りて式神を発動させたりするわ。つまり直接攻撃にも、精神攻撃にも特化してる。その点、西洋魔術も自然界に潜む精霊や神の力を借りて魔術を発動させるの。同じように聞こえるかもしれないけど、西洋魔術はかなり規模も大きくて大胆な魔術になるから、直接的な攻撃力ではこちらが上ね』
ともあれ、日本の古来よりの魔術、陰陽道などは相手を精神的に呪って死に追いやる。規模は小さいものの、一度術にかかれば逃れるすべがないほど強力だというのだ。第二次世界大戦中は連合国もさんざんに苦しめられたようだが、一人の指揮官を殺しても命令系統を失わない連合軍の組織構成、そして呪いを無効化する聖魔術師の大量育成によって、呪いの力は失われていったという。
『それで、戦後日本は積極的に西洋式魔術の導入と育成にも取り組んだわ。その中で優れた王宮魔術師たちがスカウトされて日本に入ってきた。各地の教育機関でも授業内容に取り入れることが多くなったから、その名残で彼らみたいな宮廷魔術師特進科に通う学生がいるの』
『なるほど』
経緯は分かった。
そして権力者同士の対立が存在することも理解した。どこの世界でもそんなもんだ。
「次、そこの四人組!!」
紅い制服姿の男、つまり彼らを睥睨しているライオンのような奴に呼ばれて、戦牙を初めとした四人は互いに顔を見合わせた。
「そう、お前らだ。お前ら」
彼らは揃って前に出る。
「そこに並ぶように」
彼らは言われるがままに、魔法陣が描かれた円形の中に入る。
「さて、それでは始めるか」
声がしたのと同時に、魔法陣の周りが高い壁で遮断される。
「へぇ、こりゃあ驚きだ」
そして、次の瞬間、ぼんやりと魔法陣が光り始めた。
それは徐々に光の強さを増して、輝き始める。まばゆいほどのそれに目を瞑った瞬間、戦牙は自分の中にとてつもない力が湧きあがるのを感じていた。
そして、前世の記憶が蘇る。
同時に激しい怒りと後悔が精神全体を覆った。
(なんか、これやばいぞ!!)
そう思った次の瞬間には囲まれた外壁を吹き飛ばして、外に飛び出していた。
まだ残っていた意識で周りを見ると、同じように友人たちが外壁を引きちぎったり吹き飛ばしたりしながら外に出ている。
(どういうことだよ!! これ?)
力は収まらない。
圧倒的な破壊衝動。
全てをぶち壊し、全てを引き千切り、全てを肉塊に変えたい。
戦牙は吠えた。
「何だ、これは!? 奴らの動きを止めろ!!」
次々に目の前の学生たちが呪文を唱え始める。多くの魔術は呪文を唱えなければ発動しない。
「大地を司る神、アースよ。奴らの動きを止めるため、力を貸したまえ。クレイ・ボトム」
戦牙たちの足元が液状化して沈み込む。大軍の動きを止めるための魔術は、問題なく戦牙の動きを止めるはずだった。事実、他の三人の動きは止めたのだ。
しかし三人はそれぞれ、違う攻撃手段で反撃に出た。
信長は自らの腕を銃に変えて、銃口から魔術の塊を吐き出した。正宗は泥の騎馬を作り、拘束から脱出。そのまま泥の槍で目の前の学生たちに切りかかった。さらに秀吉、彼は相手の精神に語りかけるように魔術語を話し、目の前の学生を気絶させていた。
そして、戦牙である。彼は何事もなかったかのように泥の穴から抜け出すと、そのまま目の前の生徒に突撃した。
それが虎だかライオンだかの筋肉質な先輩風情である。彼は自らの体に魔術をまとい、戦牙を迎え撃った。背丈にすれば、戦牙は彼に対して背も低く、体も細い。決して鍛えていないわけではなかったが、実際武道をやっている人間でなければ、彼が鍛えていることは分からないだろう。
だから、戦牙の動きは化け物じみていた。
前世でも死ぬまでは武道界の「怪物」と呼ばれていたのだ。野球やサッカーに比べれば知名度は低かったが。
「ぬおっ!?」
驚くべき速さで繰り出された蹴りは、寸でのところで避けたとはいえライオン男の頬を切り裂いた。
バックステップを踏んで反撃に出ようとしたが、その瞬間に首をつかまれる。戦牙は恐ろしい力で首をへし折ろうとしながら持ち上げ、地面に叩き付けた。
周囲から悲鳴が起きる。
しかし先輩たちは反撃を行う。
「人の世を破壊する火の神アポロスよ」
「や・・・・・・やめろ!!」
ライオン男の抗議など聞くこともなく、無慈悲に魔術は放たれた。
「すべてを焼き尽くせ! ファイア・エンド!!」
無数の火の玉が飛来する。このときには同学年の仲間は避難していたが、当事者たちが避難できるわけもない。ライオン男は不幸なことに、仲間の巻き添えだ。
地面が爆ぜ、熱風と爆音が体育館を揺らした。通常の人間ならここで死んでいるはず。魔術師でもただでは済まないはずだ。
火炎が覆う場所から、4つの影が躍り出た。彼らは生きていた。
そして吠える。
戦牙や他の友人たちが。
「化け物か!? 先生たちを呼んできてくれ!!」
「その必要はないわ」
前に出たのはドーラと他三人の娘たちだった。
「魔力が暴走してる。このやり方はやめるように、前にも打診したはずよ」
学生は黙り込んだ。
「戦牙、落ち着いて」
無防備にドーラは、荒れ狂う戦牙に近づく。当然、彼は彼女を見つけ出し、次の攻撃目標にした。思い切り、破壊力満点の拳を繰り出す。
しかしドーラを打ちぬくことができない。拳は寸でのところで止まり、戦牙はドーラを驚愕と狂気が交った目で見ていた。そこにドーラが再び口づけるする。見る見るうちに、彼は大人しくなっていった。
「まだ魔力がコントロールできないみたいね。今日はとりあえず、家に連れて帰らなくちゃ・・・・・・・」
戦牙は薄れゆく意識の中で、他の友人たちを見た。彼らも戦牙と同じように、少女たちに見られながら床に倒れ伏している。
どうなっているんだ? こりゃあ。
今はまだ、その問いに答えてくれる人はいない。