戻ってきた日常
「おい、起きろよ戦牙! 次の授業が始まるぜ」
誰かが戦牙の体を揺すっている。まだ体は気怠く、眠たい。それでも次の授業と聞けば、起きないわけにはいかないだろう。
彼は居眠り常習犯だから、いつも教師に目をつけられていた。
「ったく、お前はいっつも寝てばかりだよな? ちゃんと睡眠採ってるのかよ?」
「悪い。新しい本を読んでいたら夜が更けてて・・・・・・」
「また戦史ものか? お前いい加減にしとかなくちゃ、周りから変な目で見られてるぞ」
「知ってる」
小嶽戦牙は周りから軍事オタクだと言われている。または変人だと。なぜなら彼が戦争の歴史ばかりに興味を持っているから。この平和な世の中で、彼はいつだって好戦的な発言を繰り返してきた。
「お前の第四次世界大戦論。正直受けは良くないぜ?」
「教師どもだろう? どうでもいい」
一瞬脳裏をよぎる違和感。
これは一体何だっけ?
しかし彼の疑問をよそに、世界の理は進む。そのカギを握る少女が、彼の目の前に現れた。
「何してるのよ戦牙。また居眠り?」
銀髪にエメラルドグリーンの瞳。学校中の男子共が振り返る美しい容姿を持った少女はドーラその人だった。
「!! 思い出したぜ・・・・・おま―――」
突如として、戦牙の頭の中に声が響き渡る。
『黙ってて。全く、記憶を消したはずなのに消えてないなんて。あなた、本当に人間?』
『ご心配なく、人間だ。お前だってどうやら言っていたことは本当みたいだな。俺は前生きていた世界に似た、どこかにやって来たみたいだ』
戦牙は思い出した。
彼が天国でドーラと交わした言葉を。そして神と交わした契約を。
『こいつらが生きてるってことは、俺の復活は真実ってことだ』
そう、今彼の目の前にいるのは、前の世界で死んだ友人たち。
特にいつも居眠りから叩き起こしてくれるのは最も親しい奴だった。
「あぁ、しかしよく寝たぜ。助かった、秀吉」
奴の名は橋場秀吉。歴史上の人物によく似た名前だが、全くの別人だ。それに本人の家も、その家の血筋とは関係ない。
「何だよ、水臭いな」
見た目イケメン、髪も金髪に染めているし、一見不良風の男だが実は気のいい奴だ。いつもは彼に礼なんて言わない戦牙だが、今は少し気持ちも違う。さて、この新鮮な気持ちがいつまで持つことか・・・・・・。
「ってか、何でお前がここにいるんだよ?」
「お前聞いてないのか? ドーラちゃんのクラスは解体されたんだよ。ほら、この前軍で新しくエリートコースが再編されただろう? その補充要因にクラスのほとんどがとられちまったんだ」
「へぇ、それでお前はなんで残ってる?」
「私は軍人希望じゃないからね。あくまで魔術師希望」
・・・・・・どういうこった?
そもそも、魔術師ってなんだよ?
『ごめん、説明してなかったわね』
『そっか、俺の頭の中聞こえるんだっけ? ってかお前に常に見張られてるってことかよ!?』
『大丈夫、私だってあなたの頭をずっと見つめていたいとは思わないわ。疲れるし。それより先に話しておくわ。この世界には魔術師っていう職業が存在する。あなたがいた世界は科学で回っていたでしょ? それと同じで、こっちの世界では魔術が人類にとって最大の成功よ』
『ってことは、戦闘機も戦車も、戦艦も存在しない?』
『あるけどそんなに注目はされてないわ。魔術師が使うために必要な魔力を動力源にした兵器は存在するし、そっちのほうが主流ね』
どんなものか、戦牙には想像がつかなかった。こんな状態で、さっきの約束を思い出す。
『戦闘機も戦艦も、戦車もなくてどうやって奴らに対抗するってんだよ?』
『魔術を使ってに決まってるでしょ? でも、あなたなら、もっと違う使い方ができるはずよ。まだ猶予もあるし、戦車とか戦闘機も作れるかも?』
『簡単に言ってるんじゃねぇよ!!!』
戦牙は頭を抱えた。それをみて、秀吉はきょとんとした顔をしていたが、今はそんなことどうでもいい。この世界は彼が前にいた世界に似ているが、全く持って別物だ。どうやってこの世界を救うかは、まずこの世界のことを知ることから始めなければならない。
『歴史の勉強、好きでしょ? だから、こっちに来て最初の授業は歴史にしておいてあげたから』
『ありがとうよ。涙で前が見えなくなりそうだ』
歴史の先生も前世と同じだった。
メガネで痩せぎすの、田中とかなんとかいう先生だ。前世では覚えられなかったどうでもいい先生でも、一度死んだ身からしてみればなんとなしに、それくらいのことも勿体なく思えてくるものだ。戦牙は田中の名前を憶えて、いつになく真面目に授業に取り組んだ。
その甲斐あってというのもなんだが、この世界の歴史はなんとなく理解した。
どうやら、前世で言う神話の世界から、そのまま今の時代に派生しているらしい。
最も、古い記述はイエス・キリストの復活から。この世界でも紀元前と紀元後は存在する。ここから、魔術の歴史と魔術王朝の歴史が始まる。世界的に長い年月をかけて魔術は進歩し、戦争の道具として使われるようになった。
魔術を使用した戦争で最も悲惨な結果を残したのが、第二次世界大戦である。
魔術を使用するには、熟練した魔術への知識を持つか、魔道具を持つことで可能だ。その昔は粗悪品が多かった魔道具も、時代の発展とともに非常に安定した性能のものが安価で手に入るようになった。つまり魔道具の大量生産の時代がやってきたのだ。
その結果、第二次世界大戦の前哨戦である第一次世界大戦から、魔術の知識がない一般人でも魔術を使えるようになり戦争の形態は大きく変わった。これまでとは比べ物にならないほど死人が出るうえ、魔道具を作り出すために必要な資源が一挙に失われた。
そして第二次世界大戦は資源争奪戦の様相を見せ始めた。
『オリハルコンってなんだ?』
『魔道具を作り出すために必要な金属。あなたの世界で言う鉄鉱石やボーキサイトのようなものよ』
『なるほど、そりゃあ重要だ』
鉄鉱石は鉄を、ボーキサイトはアルミニウムを作るのに必要だった。それと同じくらい、この世界ではオリハルコンという素材や魔晶石という素材が必要らしい。
『資源争奪戦の趣だけは、どこの世界も一緒か』
『前の世界でもそうだった?』
『そうだな。だが、このままだと、今でもこの世界は戦争ばかりしているぜ?』
果たして、戦牙の予想は当たった。
第二次世界大戦後、次々に植民地とされていた国々が独立。しかし紛争は絶えなかった。圧倒的な力を持っていた魔術大国がかつての植民地に敗れるところはベトナム戦争に似ている。
しかし、そこで負けた国家はアメリカ合衆国ではなかった。
アメリカ魔術連合国。
それがその国の名前だ。魔術に関しては先進国で、世界の警察を名乗っているところなんか前の世界のアメリカにそっくりだった。
ちなみに第二次世界大戦では、今戦牙がいる国はアメリカと戦って負けているらしい。そこらへんも変わらないが、衝撃の事実が知らされるのはこれからだ。
『第三次世界大戦だぁ?』
この世界では既に第三次世界大戦が起きている。大量に人は死んでも、核兵器のような大量破壊兵器が出なかったせいかもしれない。
この時は二つの陣営に分かれて、かなり激しくやりあったらしい。
大日本帝国として第二次世界大戦に参戦した日本は敗北後、日本国を名乗っていたが、第三次世界大戦の勃発と同時に大日本皇国を名乗ることになる。
そして彼らは世界が驚愕する魔道具を生み出した。
それには人が登場し、巨人を操り、しかも魔術を放ち全てを破壊しつくす。
それは魔道具から、魔導兵器と呼ばれるようになった。
その魔導兵器の活躍で第三次世界大戦は終結。しかし、まだ世界は混沌としているらしい。
今回ドーラの教室が解体されたのも、軍備強化の一環であると田中は話していた。
「こいつはどうも、予想よりよほど厄介な世界に来ちまったみたいだ・・・・・・」
『今更怖気づいてないでしょうね?』
『まさか、わくわくしてる』
強がりだったことは否めない。
無論、彼だってこんな得体のしれない世界で手探りの状態からスタートしているのだから。
しかし、それでも心の奥底で楽しんいる理由があった。
『あの魔導兵器ってのがカギになりそうだ』
『そうね。そういうと思って、あなたが勉強しているところを魔導兵器操縦科にしておいたから。試験に合格するたびに、魔導兵器が強くなっていく。ただ、最初から出来損ないかじゃじゃ馬を使っている学生に関しては話が別だけどね』
『なんだそりゃあ? まぁ、もうちょっとこの世界を経験してみないとわからないな。まだ目が覚めて1時間だ』
『帰りたいなんて言わないでね』
悪戯っぽい笑顔でドーラが戦牙を見ている。それに対して、彼も笑顔で返した。
『言わねぇよ』
こうして転生一時間目が終わった。