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魔王と呼ばれた救世主  作者: ドノバン
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第16話 面倒くさい奴ら

予想通り、次の日は学校中がえらい騒ぎだった。まず、真っ先にすっ飛んできたのはダフト軍曹である。彼は魔導兵器の操縦を教える身として、戦牙達がモーゴウルを撃破したことが、よほど嬉しかったのだろう。

「討伐ギルドを手伝って、モーゴウルを撃破したそうではないか! よくやった!」

 彼は戦牙達のことを、よほど気に入っていたらしく、先日の魔導兵器実用試験の時以来、特に目をかけてくれた。将来軍人志望で入学を果たしている戦牙達にとってはこれほど心強い人間もいない。

「いやぁ、人助けみたいなもんでして。成り行きですよ」

「謙遜することは日本人の美徳なのである。そしてその驕りない心が、お前達の日々の研鑽をより高めるであろう」

 相変わらず、堅苦しいことを言っている軍曹に苦笑いをしながら、戦牙達は教室に向かった。そこではそれまで話をしたこともないような学生達が、戦牙や彼の仲間の武勇伝を聞こうと集まっていた。

 すぐに取り囲まれてしまうが、戦牙はそのことをあまり話す気にもなれない。前世でも武術の腕が化け物みたいに優れていて、その道では畏怖の念さえ持って見られていた彼だったが、それを誇れば誇るほど周りから人が消えて行った。

 だから、ただ一言だけで片付けることにする。

「あまり期待しているような話はできないぜ? ほとんどやっちまったのは城門の兵士と討伐ギルドの職員だからな」

「そんな。聞いている話とだいぶ違うじゃないか? 本当は君たちでやったんだろう?」

「俺達はモーゴウルが城門の突撃しようとしたのを防いだだけだ。それ以外は特に何もしていない」

 自らの勲を誇らず。それが他人から付け狙われぬための、そして上手く付き合っていくための一番の方法である。それを彼は知っていた。お調子者の秀吉ですら、戦牙に倣って固く口を閉ざしている。

 

それに多くを語れない理由は他にもあった。

「何よ、御手柄だったじゃない? 誰にも話さないの?」

 悪戯っぽい笑顔で話しかけるのはドーラである。彼女は昨晩以来、少し戦牙に対して笑顔を見せる回数が多くなったような気がする。

「まぁな。それにあまり喋れるもんでもない。来週には本格的な討伐作戦が控えているからな。だとすれば変に話をしてボロを出すのもまずいだろう。悪戯に不安に陥れるのも問題だ」

「それもそうね。でも、あなたって、思った以上に真面目」

「真面目かどうかは知らねぇが、結構慎重なところはあると思う。あと、凝り性なところもな」

 そう言って、戦牙は笑った。ドーラがそれに合わせて再度笑う。そこに割って入ってきた連中は、余程空気が読めないと見える。そして彼らの顔には、戦牙もドーラも見覚えがあった。ちなみに正宗や秀吉、信長も同じくである。


「よぉ、王宮魔術師特進科の連中が何の用だ」

 周りの温度が急に凍りついたような気がする。誰かが氷系の魔術を放つ準備でもしているのだろうか。そうでもなければ、ここまで温度が下がるわけもない。ただし戦牙は怯まなかった。

「貴様などに用はない。我が主君がお望みなのは、そちらの銀髪の美女、ドーラ様とお目通りすること」

「おいおい、テメェは何も知らないらしいな? ドーラは俺の女だ。手ぇ出すんじゃねぇよ」

「黙れげろ―――」

「何だって? もう一回言ってみろや?」

 戦牙の手が、無礼なことを言おうとしていた学生の顎を覆っていた。口を含めて、顎の関節までがっちりホールドされた学生にはそこから逃れる術がない。

「お前、どうせ何か呪文でも唱えなけりゃ魔術を使うことなんかできねぇんだろう? その点、俺のは楽でいいよな? 何も唱える必要はねぇ」

 戦牙の魔術特性は技・力・闘気。それは戦牙の持つ武術の要素を最大限まで発揮させ、魔術や直接攻撃に対しての耐性も向上させる。また絶妙に繰り出される技の威力を引出し、戦う力と気力を無限に保つ。

「いい加減にしねぇと、貴様の顎砕くぜ?」

 戦牙が掴んっでいる場所から、ミシミシと嫌な音がする。

「んー! んー!!」

悲鳴が響き渡る。もしもこの後関節が外れるような音がすれば、学生は重傷を免れないだろう。

『フローズンアロー!』

 突如、取り巻きたちの最も後方から氷の矢が放たれる。それを難なく蹴り壊し、戦牙は魔術を放った人物を見た。

レインの様な美しい金髪とまではいかない。しかしよく手入れが行き届いているそれは、男性が持つものとしては十分に良い男を引き立てるものである。表情も柔和で、多くの女性は彼の外見を悪いようには言わないだろう。しかしほっそりとした体に見える、筋肉質な獣のような雰囲気は、男が持って生まれた凶暴な素質を見せつける。

「ブルーノ・ジローラモ。王宮魔術師を父に持つわ。しかも、筆頭魔術師に近い男といわれている。その息子よ」

「なんだ、御坊ちゃんか。そいつが 何の用だ?」

「まずは、後輩を放しちゃくれないか? もうじきあの世に旅立っちまいそうだ」

「おっと、忘れてた」

 見れば先程顎の関節を掴んでいた学生が、ぐったりとしている。顎の骨は砕いていないから、恐らく息ができなくて窒息しそうなのか、あるいは痛みで気絶しかけているかのどちらかだろう。

「こりゃ失礼」

「いや、僕も後ろから見ていたけど、今回はこちらに非があったね。確かに君が言うことの方が尤もだ。僕も婚約者が同じ目にあったら反抗するだろうからね」

「話が分かる奴は好きだぜ?」

「だったら少しだけ話を聞いてくれ。僕の主は何も君の婚約者を今すぐどうこうしようという訳ではないんだ。ただ挨拶がしたいだけなんだと」

「挨拶だ? それじゃあ、まずは俺を通してからにしてもらおうか」

 これに対して、ブルーノは肩を竦めて彼の後ろにいた男に目くばせした。そいつは少し、いや、かなり陰気な雰囲気で白い肌はこの夏を乗り切るには苦労しただろうなというような無用の心配を戦牙の心に浮かばせる。確かに美男子といえなくともないが、この肌の白さや陰気な雰囲気が全てを台無しにしている気がする。これじゃあドラキュラ伯爵だ。


「小嶽戦牙殿、お初にお目にかかる。私の名はバグダート・シュルツ。シュルツ伯爵家の第一後継者である。元ドイツ第三帝国貴族の由緒正しき家柄であり、父親は皇家の筆頭魔術師をしておる」

「またお偉いさんの家柄らしいな。それで、何の用だ?」

「ただ単に挨拶に来ただけだ。そちらのドーラ・ジークフリード様にね」

 これに対して、ドーラは鼻でせせら笑う。

「ドーラ・ジークフリード? 誰かしらそれは?」

「あなたの事ですよ。ジークフリード家の遺児様」

「私はそんな名前じゃない! 私の名前は小嶽ドーラよ!」

「そう簡単に家の名前は捨てられるものではないでしょう。特にあなたの様な名家であれば、それは墓場までついて行くというもの」

 戦牙が動く。彼は彼女の心の闇を知っていた。バグダートの胸ぐらを掴もうとして、素早い動きで突き進む。それを妨害しようと、取り巻き達は様々な魔術を放ってきた。本来ならば複数の魔術師が、学校の許さない所で魔術を使うことは禁止されている。そうでなければ学校は魔術同士の喧嘩が許された無法地帯と化してしまう。死人が出るのは最も避けねばならない事態である。

 しかし、戦牙に放たれた魔術は明らかな殺意を持っていた。

「効かねぇよ」

 魔術による肉体強化。それは彼に向けられた炎、雷、氷の刃、全ての魔術を戦牙の体は弾き返した。そしてバグダートの前に立ちはだかっている数人の学生を、纏った闘気の塊を爆発させて吹き飛ばした。彼らは教室の端っこまで吹き飛ばされて気絶する。

「よぉ、シュルツ先輩だっけか? テメェ、ドーラの何を知っているか知らねぇけど、あんまり勝手な事ばっか言ってたらひき肉にしちまうよ?」

「ふん、威勢がいいことだ。お前みたいな未熟な魔術師が、この私と対等だとでも? そしてお前の様に位の低い平民が、ドーラ様と対等だと? 本当に婚約者として成り立つと思っているのかね? 名家の令嬢は名家の男子にこそ相応しい」

「そうかい。でもテメェは俺の目から見れば、ただの卑しいハゲタカかハイエナにしか見えねぇけどな」

 これには王宮魔術師特進科の他の学生や、戦牙のクラスメート達も凍りついた。誰かが氷系の魔術を準備しているわけではない。ただ単に空気が凍りついたのである。さすがにバグダートのこめかみにも青筋が走る。

「貴様、俺のことをハゲタカかハイエナだというのか!? あの卑しい獣と一緒だと侮辱するのか!?」

「同じだよ。家のことを笠に着て、人の心の闇にずかずか入って来るんだから。ある意味、その獣よりも性質が悪い」

「貴様!」

 激高しようとしたバグダートを止めたのはダフト軍曹である。彼は討伐ギルドから連絡が入ったことを戦牙に伝えに行こうとして、この騒ぎに気が付いた。

「止めんか! 何をしておる、バグダート・シュルツ!」

「ちっ、邪魔が入ったか。小嶽戦牙、覚えたぞ」

 バグダートはダフト軍曹の姿を見て、踵を返す。他の学生達はここで戦牙とバグダートの喧嘩が始まらないか怯えていた。彼らは魔術師というほど魔術が使えるわけでもなく、一度戦闘が始まれば命の危険に晒されるかもしれない。

「助かったって言った方がいいのかな? 戦牙も無茶するねぇ」

 秀吉が相変わらずの軽口を叩いている。それを睨み付けながらも、次の瞬間には口元を歪めていた戦牙である。

「どんな奴が相手でも、死ぬまで戦い抜いてやるよ。こちとら一回死んでるんだ。別に怖いとは思わねぇ」

 それは戦牙の強さであり、ある意味では危うさでもあった。

「死んじゃダメよ。そうじゃないと、あなたを復活させた意味がないから」

 ドーラに窘められて、そういえばそうかと思い直す戦牙。

「そりゃそうだ。すまんな」

 しかし彼が見たドーラの顔は笑っていた。それを見ると何故だか安心する戦牙である。彼はそこに何か安らぎに似たものを覚えつつあった。

「全く、またシュルツの奴が問題を起こしそうだったのである。あいつはいつも問題ばかり起こしやがる」

 ダフト軍曹の悪態が戦牙にも聞こえた。彼の吐き捨てるような言い方は、バグダートが相当な問題児であることを語っている。

「そんなに問題ばかり起こしてるんですか、あの人は?」

「そうとも。他の学生が魔術を使えないのをいいことに、女関係ではかなり派手に暴れているらしい。あいつの父親は王宮魔術師としての実力も、人柄も良い傑物なのであるが、母親がどうもいかん。あいつがこれまで起こしてきた不祥事は、全て母親が握りつぶしているらしいのである」

「うわぁ、傲慢な上にマザコンかよ。最悪だぜ」

「あんたは馬鹿だけど、その点だけは賛同してあげるわ」

 信長とサーシャの意見が珍しく一致した。しかしダフト軍曹に聞けば聞くほど、バグダートが最悪な事件を起こしていることを知らされる。あの男は一度目を付けた女を手に入れるまでは家名から部下から何でも使って手に入れようとするから、身に気を付けるように戦牙は言われる。

「それと本題なのであるが、討伐ギルドから連絡だったのである。言い難いのではあるが―――」

「何ですか?」

「討伐ギルドからは、貴様達が一週間後に極秘で行われる討伐作戦に参加するということを聞いた。向こう側からの依頼で、特別に討伐ギルドに所属させるいうこともな」

 討伐作戦に参加しなくていいというのなら、戦牙達はそれでもよかった。討伐ギルドに所属できないのは少し残念な気がするが。声を潜めながら、ダフト軍曹は言った。

「それに王宮魔術師特進科の連中も参加するとのことである。恐らく、昨日貴様達がモーゴウルを討伐していたところを、どこぞの貴族か、それに仕える者が見ていたのであろうよ。平民だけに手柄をたてられていては、面目が保てないと思ったのだろう」

「短絡的だな。こんな機会、これから幾らでもある」

 皮肉交じりの正宗の言葉に、ダフト軍曹も頷く。しかし貴族というのはそういうものなのだろう。体面を彼らは非常に気にする傾向にある。

「問題は俺達が独立して動くことができるかどうかということだ。あいつに従うなんてごめんだぜ?」

 信長の問いに、ダフト軍曹は答える。

「安心しろ。お前達があの連中と一緒にやっていけるとは思っていない。だから別行動で問題ないように取り計らってもらった。実はな、討伐ギルドの元とは昔からの顔馴染みでな。あいつも俺の頼みとあって考慮してくれたようだ」

「軍曹、あの人と知り合いなんですか? とにかく、気を遣って頂きましてありがとうございます」

「いいってことだ。まぁ、そういうことだからな。ちゃんと伝えたぜ?」

 そう言うと軍曹は去っていく。この日はそれ以降、戦牙達の周りを騒がすような出来事は起きなかった。

 帰りに元に言われていたとおり、討伐ギルドに寄って登録を完了。書類に手書きというアナログな方法でそれを終えた後、帰路についた。


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