第15話 ドーラの秘密
「一週間後か・・・・・・結構早いですね」
元に対して、戦牙は素直に疑問を口にする。
「もう少し戦力が整ってからの方が、相手も叩きやすいのではないでしょうか? どこか事を急いているような気がするのですが、これは、私が心配性だからでしょうか?」
一瞬、元の柔和な顔に驚きが交じる。そう言った表情の変化は見逃さないのが戦牙という男だった。そして、ひょんなことから勘が働く。しかもこういったときの彼の勘はとにかく当たりやすかった。
「元さん、ちょっと耳を貸してください」
「何だい?」
「いいから」
明らかに元は嫌がっていた。戦牙が自らの疑問に対する答えを見つけてしまったのではないかと思ったからである。半ば強制的に戦牙に従う形となってしまった。こそこそと戦牙は神宮沙紀を見ながら言った。
「モーゴウルの討伐を急がれているのは、神宮沙紀様に何か日程的なものがおありだからですね?」
ここまで来たら言い逃れできぬと観念したのか、元は無言だが小さく頷いた。
「俺もあまり深くは関わりたくないんで、多くは聞きません。でも、それだけが理由なら、少し先延ばしにしてでも戦力を整えるべきじゃないでしょうか?」
「そうしたいところなんだけどね、そうもできない理由があるんだ」
元はそれだけ言うと、そそくさとその場を離れようとする。余程作戦を急がなくてはならない理由があるようだ。
「しかし、困ったな。この町には大きなホテルなどないぞ?」
「そこは沙紀様に我慢をしてもらわなければなるまい。すぐに部屋を手配しよう。問題は沙紀様の到着が遅れることによって、会合に影響が出る可能性があるということだ」
「討伐を待つしかあるまい。先方には連絡を入れておく」
聞き耳を立てていた戦牙だが、それを護衛の二人に気付かれて追い払われてしまう。それを見ていた元から警告される。
「あまり興味だけで動かないほうがいいよ。彼らは私達に知らないことを裏でやってるんだから。そしてその裏の話が私達の世界を動かしている。でも、私達下々の者には関係がないことさ」
しかし、戦牙には最終的な目標がある。今はそれを達成する方法を模索している途中だが、そのためにはある程度権力者と接触することも必要ではないかと思うのである。その点、今回神宮家と遭遇したことは一つのチャンスと見て取れる
(アピールするのであれば、今度の討伐の最中だな)
(そうね、神宮家に接触するならその後がチャンスだと私も思うわ)
(神様とかその娘のお前の力で、何とかならねぇの? てっとり早く)
(お父様も私達も、万能じゃないの。生き返らせてあげただけでも、ありがたいと思ってよね)
そりゃそうだと最後に胸の内で呟き、戦牙は自分の家の門へと足を向ける。しかし、ここで再度元に止められた。
「あぁ、それと戦牙君。今日事務所に来てもらった他の友達にも話をしておいてほしいんだけど、明日学校が終わってからでいいからもう一度討伐ギルドに寄ってくれないかな? 君たちに戦闘を依頼したのは良いんだけど、トシさん肝心なこと言い忘れてて」
「何ですか? それは?」
「君たちを討伐ギルドに登録しておかなくちゃならないんだよ。そうじゃないと上から未登録者を働かせたとかでうるさいからね」
一応そこら辺の社会人と同じで、ギルドへの登録が不可欠になるらしい。さらに元はドーラを見て言った。
「そういえば苗字が変わっていたので気が付かなかったのですが、小嶽ドーラさん。君はジークフリード様の遺児らしいね」
「そうですが、それが何か?」
この瞬間、再度ドーラの顔色が険しくなる。彼女はこの話に触れられることが何より嫌いらしい。戦牙もあまり、その点に触れたことはなかった。恐らくこの世界で生きていく上での偽装にすぎないと思っていたからだ。
しかしどうも彼女の様子を見ていると、そうでもないような気になってくる。
「気を悪くしたなら謝るよ。でも、先代の主には討伐ギルドに対して多大なる恩恵を与えてもらった。今討伐ギルドがあるのは、ジークフリード様のおかげだよ」
「・・・・・・お気になさらずに。私はもう、ジークフリード家の人間ではありませんから」
そういえば、ちょっと前に金婆ちゃんが言ったことを戦牙は思い出した。彼が戦いの神に愛されて生まれたとか言う話だ。その後、貴族や皇族方から、えらいたくさん婚約の申し込みが来たとか―――。そういえば、設定とはいえ何で彼がジークフリード家からドーラを婚約者としてもらうようになったのか、これは興味のある所だ。
「そうだったね。今は戦牙君の婚約者だったね。野暮なことを言ったよ。それじゃあ、また明日ね」
神宮家、そして元が乗って来た車双方が走り去り、やっとこさ戦牙の周りは平穏になる。そろそろ秋の訪れを告げそうな、涼しげな風がざわりと吹いた。耳に入ってくる音はそれだけだ。
「やっと行ったな」
「えぇ、やっと・・・・・・」
二人は今度こそ家の門を潜る。いつも通りの変わり映えがしない、古びた木造住宅だ。爺さんの代から引き継がれてきた家は、道場も併設している関係上だだっ広い。今は亡き両親や祖父母。戦牙一人で住むには広すぎる。
やることといえば、今も続けている剣術やその他の武器に関する鍛錬である。彼が得意としているのは旭翔の武器構成からみても分かるように、日本刀と槍だ。その他にも鎖鎌、弓術、合気術など様々な武道に掃除洗濯などの家事くらいなもの。
しかし掃除や料理などは今ドーラがやってくれるため、戦牙は鍛錬のみに専念している。そして残った時間は魔導兵器の研究とそれを取り入れた戦法の研究。現在各国が使用している魔導兵器などは、その方面の専門書を見ればざっくりだが調べることができる。その殆どが量産型の資料である。
その中で気付いたのだが、この世界の魔導兵器の運用法は独特だ。
魔術に優れている者は、魔導兵器の量産型を率いるため専用機を持つことが許されている。いわゆるエースパイロットが独自の兵器を渡されたり、量産機に独自の改造を加えたりするということだ。
それらが量産型魔導兵器を率いて戦場に赴く。そして率いる数も独特だ。
それが貴族の地位という奴で、この世界ではまだ皇族や貴族という階級が力を持っている。第一次世界大戦前後は民主化運動がすすめられていたようだが、第二次世界大戦以降、魔術師を基礎とした貴族階級が再度跋扈している。さらに魔術師の中には剣術まで得意とした騎士と呼ばれる者まで存在し、その家庭は伯爵や公爵などかなり上の階級で呼ばれる貴族が割合を占めていた。
この階級制度が弊害となっているかは分からないが、率いる兵数は貴族階級によって違う。例えば公爵なら1万人、伯爵なら5000人というように。
つまり、小隊や中隊などの規模が決まった軍団制度というものが存在しない。これでは効率的な軍団運用など難しいに決まっている。それでもこの世界の戦争はこういった形で成り立っていた。
「いや、成り立っているわけじゃねぇよな」
効率的に部隊を運用することができれば、まだまだこの世界の戦争は様変わりする。特に魔導兵器を小部隊に分け、独自に判断力を持たせた部隊の集合体として集中運用できれば、そこには作戦内の臨機応変な対応が生まれる。無論、それを成すためには相互の連絡システム、さらに軍規、指揮官の育成などの課題が残るが、それをクリアすれば用兵のダイナミクスが生まれる。
「あいつらに勝つためには、考え得る限りの方策は全て取っておかないとな」
ドーラ達がデビルと呼ぶ、あの日戦牙達を殺した悪魔。あれに蹂躙されるなど、もうごめんだ。奴らの襲来はもう少し先になるとドーラは言っていた。俺達の世界の生き残りはまだ抵抗を続けているらしい。
彼女は前世の世界に生きていた人間運命全てを見ることができるらしく、それによると残り10年以上は時間が残されているらしい。しかし、それが早まることがあれば、遅れることもある。
遅れる分にはいいが、早まれば問題だ。戦牙達に残された時間は多いようで少なかった。
「戦牙、夕飯ができたわよ」
階段の下から、ドーラが呼ぶ声が聞こえた。今日も金婆さんが一緒だ。最近、婆さんが顔を出す機会がいやに多くなっているような気がするのは、気のせいではあるまい。
食卓に行くと、いつもながらに質素な食事が並んでいた。それでも前世で食ってきたものに比べれば豪華だし、何より温かい。それに今は話し相手がいる。
「今日も邪魔しているよ」
「おう、婆さんには聞きたいことがあったんだ。だから丁度良かった」
「聞きたいこと? 私にかい?」
「そう。まぁ、とりあえず飯食おうや」
それから戦牙が口を開いたのは、しばらくしてからのことだった。
「なぁ、婆さん。俺とドーラはどういう経緯で結婚することになったんだ?」
それを聞いた金婆さんは、少しだけ真剣な顔つきになって戦牙を見た。彼女は何かを戸惑っているかのようだったが、ドーラの顔を見て、意を決したように口を開いた。ドーラはいつもの様なポーカーフェイスだったが、少しだけ顔に動揺が見て取れる。
「あんたにもいつか話しとかなくちゃと思ったが、とうとうこうなっちまったね。多分、ドーラちゃんは、このことについて知っているよ。でも、あんたは知らないだろうね。だって、あんたは小さい頃からこの娘と一緒だったし、これまで疑問にも思わなかっただろう。あんたの爺さんは、そういう肝心なことは言わずにあの世に行っちまったし、恐らく大きくなったらドーラちゃんを嫁に取る。その事を当然のように考えていたんだろうから」
そういう訳ではなかったが、ここは話を合わせておくことにする。ドーラは自分のことを多く語らなかった。それなら、目の前の婆さんから聞きだすしかない。
「あんたの爺さんは魔術こそ使えないものの、武術の腕前は化け物じみてた。ちなみに、魔術が使えないだけで、体内に秘めた魔力は相当なものだったてことも明かしておこうかね。だから、私の旦那が魔導兵器を開発していたときは、それに付き合って真っ先にテストパイロットになった」
金婆さんの旦那さんは、それは有名な陸軍の技術士官だった。他国に先んじて魔導兵器を開発、実用化したのはこの男の尽力あってこそといっても過言ではない。その魔導兵器のプロトタイプをテストしていたのが戦牙の爺さんだという。前世でも爺さんは海軍の新鋭機のテストパイロットをしたことがあると言っていたから、そこら辺の事情はこの世界でも変わらないのだろう。
「さて、ここからが本題だ。魔導兵器は知っての通り完成した。でも、それはかなりの魔力を持った魔術師でなければ使いこなせない代物だってのは、周知の事実だよ。次はその点を改良するための開発に入る。当時の日本は、来るべき次の大戦に備えて、国体を維持するための最大の賭けに出ていたんだよ。魔導兵器という、突拍子もない魔道具の開発という賭けにね」
そして勃発した第三次世界大戦。この頃には何とか魔導兵器の量産を日本は行えるようになっていた。そして爺さんは再び、戦争へと出征する。婆さんの旦那、友から預かった魔導兵器を駆り、戦場を縦横無尽に暴れ回った。
「日本が最初魔導兵器を作ったことを目の当たりにして、他の国々も開発を推し進めた。そして次に開発したのが、ドイツ第三帝国だよ」
(そういや、この世界では第三帝国は第二次世界大戦で負けてないんだよな)
この世界ではドイツ第三帝国はイギリスやアメリカと講和を結び、国家を崩壊させていない。ヒトラーはそのまま政権を維持し、第三次世界大戦時も主導権を握ったまま戦争を行った。
「当時、第三帝国の魔導兵器隊を率いていたのが、シュタイナー・ジークフリード様。ドーラちゃんのお爺ちゃんだね。第二次世界大戦でも活躍した名家の出身で、第三帝国時代には既に伯爵号を持っていた。そしてあんたの爺さんとジークフリード様が、ソ連の地で魔導兵器同士の一騎打ちを行ったのさ」
激しい戦いとして戦史に燦然と輝いているのが、『クルスクの一騎打ち』である。これが小嶽戦牙の祖父とジークフリードが対決し、三日間に渡って打ち合った戦史に残る最初で最後の魔導兵器同士の一騎打ち。
これに戦牙の祖父が勝利し、日本軍はドイツの同盟国ソ連の大半を占領することに成功する。ジークフリードは捕虜となったが、戦牙の祖父とその部隊は彼の勇気と強さを称え、丁重にもてなしたという。
「そんな二人に友情が芽生えるまでに時間はかからなかったろうさ。第三次世界大戦が終結しても、何年かに一度は互いの家を訪問しあっていたようだよ。そしてあんたとドーラちゃんが生まれた。あんたは闘神の加護を持っている上に、爺さん譲りの魔力量。ドーラちゃんも名家に恥じない魔術の素質を持っていた。そして爺さん同士は親友ときてる。どちらかが孫同士を結婚させようと言い出すのには、時間はかからなかっただろうね」
「つまり、俺とドーラの結婚は爺さん達が決めたことなんだな」
「そうだね。だけどドーラちゃんは可愛そうだよ。物心ついたときには爺さんにこっちに連れて来られて、小さい頃からこちらに住まわせられてる。親の顔も碌に知らないまま死別しちまった。しかもあのジークフリード様ときたら、ドーラちゃんを両親の葬式にも呼ばなかった。あまりに不憫だよ」
しかし、ドーラは下手くそな笑顔で、困ったように笑っただけだった。どういうことだろうか。これはこの世界で生きていくための設定であるはずなのに、どうも、ドーラはそういう風には見えない。
「戦牙。だからあんたは、絶対ドーラちゃんを幸せにするんだ。嫁を貰うと言った以上、男は女の幸せを第一に考えないといけないんだからね。高校生だか何だか知らないけど、そこら辺は覚悟しとくんだ」
金婆さんの熱が入った言葉に、戦牙は気圧されそうだった。そういえば、自分はまだ高校生。収入源もなければ、これから職を見つけなくてはならないだろう。ドーラを養っていくことなど、まだ考えたこともなかった。その点、今度の討伐ギルドに所属することは良いことかもしれない。先程彼は調べてみたのだが、討伐ギルドに所属していれば依頼を受ける度に成功に応じて報酬が入る仕組みになっている。
「分かってるよ、婆さん。明日から討伐ギルドに所属するから、定期的に収入を得られるように学業がてら働くさ」
「討伐ギルド? 何でまた?」
「今は詳しく話せないけど、来週には色々分かると思うよ。それまで待っててくれ」
「まぁ、私はいいけどね。しかし、あんた討伐ギルドなんてのに所属して・・・・・・。簡単に死ぬんじゃないよ?」
「分かってるさ」
それからは他愛のない話をして、食事を終える。そして金婆さんは帰っていった。
暫くしてから風呂に入り、二人して一階の居間に布団を敷いた。そこで戦牙は、思い切ってドーラに問いかける。
「なぁ、今日の金婆さんの話だけどな? あれって現実の話なのかな、それとも、この世界に住むために設定した話なのかな?」
「知って、どうするの?」
「・・・・・・どうってわけじゃないけどな。ただ、お前の顔があまりに浮かない顔をしていたから」
ドーラは少しの間、俺の顔を無表情で見ていたが、すぐに溜息を吐きだした。それは何かを観念したかのように見える。
「あなただから話すけど、やけにリアリティのあった金婆さんの話。あれは本当よ、現実なの」
「はぁ!? 俺は復活したから前世との記憶がごっちゃになってる。つまり今までのこの世界での俺は偽りになるわけだよな? でもドーラのは全部現実だっての?」
「そう。私のは現実」
「じゃあ、神の子供ってのは?」
「それも現実。つまり、考えたらわかるでしょ? 神はジークフリードで、私の両親も神で、私は本当は神の孫にあたる。でも、お爺ちゃんには父親と呼ぶように言いつけられているけど。多分、私の両親が死んじゃったのもあるし、他の子たちと同列に扱いたいんだと思うわ」
そういえばギリシャ神話なんかには地上に降りてきたゼウスと人間の間に子供が生まれるって話がある。それに同じように地上にいる神同士で子供を作る話もある。戦牙は古くから語り継がれてきた、前世の神話を思い出していた。
「お父様はね、今は天界で最高神の位についてる。でも、それまでは地上に派遣されて人間を監視する神様だったの。その間に何人もの女性と出会って、子供を作りまくった。その子供を産んだ人間たちは、その後悉く死んでしまったけど」
「何で?」
「理由は分からないわ。でも、強すぎる神の力に、人間は耐えられないのかもね。私のことは安心していいわよ。だって、半神半人だから。あなたが死ぬ危険はないわ」
「本当に?」
「多分ね」
「何か保障されない所が怖いなぁ」
「だからあなたのお爺さんとお父様が戦ったのも、こっちの世界では勿論事実よ。そして、あなたのお爺さんは初めて神に勝利した人間だった。その力を持って生まれたあなたを、どうしても私とくっつけたかったんでしょうね」
「なるほどな」
それでドーラはジークフリード家の前当主―――両親―――の忘れ形見とか言われているわけである。しかも貴族の階級として位が高いため、彼女は他の貴族から婚姻を望まれている。
「お前、神様のこと嫌いだろう?」
「嫌いよ。だって、私は両親の死に目に会えなかったし、無理矢理あの人のことをお父様なんて呼ばされてる。本当に、大嫌い。だからジークフリード家を語る奴らも、その血で私を見ている奴らも大嫌い。でも、今の私は小嶽家の人間。だから、すごく自由な気持ちになれる時がある」
彼女なりに、戦牙を復活させて、戦牙と一緒にいることが自らの呪縛を切り離す唯一の方法と考えている部分もあるのだろう。そうだとしたら、戦牙もそれに応えねばならないと思っていた。
「そうか。じゃあ、まぁ確かに俺達には使命ってもんがあるけどよ、お前神様の事なんか忘れちまえよ。段取りは俺がつける。勿論、これからもアドバイスは欲しいけど、無茶せずに俺について来いよ。それにお前の周りに寄ってくる、うるさい蠅も追っ払ってやるさ。俺に全部任せな」
ドーラは驚いたような顔で、戦牙を見ていた。
「何だよ、その顔?」
「あなたって、不思議な人ね。お父様に言われていたわ。人間は未知の力を与えると、与えた者に頼り切りになってしまうことがあるから気をつけろって。でも、あなたはそんなの心配ないみたい。それに―――」
「?」
「多分後にも先にも、この世界でそんなこと言ってくれるのは、あなただけだと思うわ」
「そうか。まぁ、そういうことだ。じゃあ、俺は先に寝るぜ」
戦牙が寝ると言ったのは、ただ急に恥ずかしくなっただけだった。ドーラに背中を見せて寝たふりをする。
そんな彼を見て、ドーラは呟くように言った。
「ありがとう」