第12話 ギルドという存在Ⅱ
魔導兵器と呼ばれる巨人たちが走り始める。巨大化したそれの体内に収まった戦牙たちが、恐れるものなどほとんどない。
しかし多くの人間が、この竜という存在を恐れているのだ。
人間に対して反逆する、唯一無二の存在。
自然界の頂点に君臨し、人間を食らうモンスターの頂点に君臨する種族。
その口からは火を吐き、あらゆるものを凍らせる冷気を吐き、そしてあらゆるものを畏怖させる咆哮をは発する。
誰もがそれを恐れ、忌み嫌うのだ。
『援護してやる。とっと突撃してくれ』
通信が入ったのは信長からだった。魔導兵器の場合、通信は耳に入るのではなく直接脳内に流れてくる。初めての感覚に吐き気を覚えそうになった戦牙だ。
「クソッタレ、えらく気持ち悪いな」
『うえぇぇぇぇぇっぇぇぇ!!』
「馬鹿野郎! 吐くなら通信切ってからにしやがれ!」
信長も同じく、かなりの不快感を感じているらしい。しかも戦牙たち以上に。
「秀吉? どうする?」
秀吉の駆る魔導兵器。その名がアイコンに表示される。
その名を野風。
重圧感たっぷりの得物を持っているくせに、実は直接攻撃型の魔導兵器ではない。
『すまねぇが、お前と正宗で行ってくれ。俺はここで信長を支援する』
「はぁ? お前の得物、飾りじゃねぇんだろ?」
『うん。でも使い方がわからないから、あまり打撃を与えられないと思うんだ』
「じゃあなんで装備したんだよ?」
『自分の身くらいは自分で守りたいからね』
これには戦牙も正宗も、ため息をつくしかなかった。
「それじゃあお前は何をしてくれるんだ?」
『相手の注意をこっちにひきつける。精神状態を錯乱させている間に、君たちが討ち取るんだ』
「てぇことは、お前が敵の攻撃を防ぐ城壁になるってことか?」
『ま、そんなところかな?』
野風は旭翔に比べると、一回りほど機体が大きい。恐らく防御力に特化しているのだろう。それに骨太の機体はパワー出力も大きい。
『さぁて、行くぞ!』
野風から黒い煙が湧き上がる。徐々に機体のカラーも黒く染まり、目が赤く光る。
『精神共鳴!!』
黒い煙が一直線に竜に向かって飛んでいく。それが周囲を取り囲んだとき、異様な光景に化け物は動きを止めた。
その間に、戦牙は機体に登録していたモンスターの情報を一気に読み込む。
各モンスターには特性があり、それに応じて得意な攻撃方法、弱点なども存在する。それを登録しておき、常時確認することができれば対策を立てることも容易となる。
これまでこの世界には、魔導兵器に敵の情報を入力して役立てるような考え方は存在しなかった。多くの国も、多くの人々も、戦いの全ては経験と勘によるものだと思い込んでいたからだ。
そういう意味でも、この世界は戦牙が元いた世界と全く別の歴史を歩んでいる。
情報は力―――。
この考え方は、この世界の戦いのあり方を大きく変えていくに違いない。
「相手の名はモーゴウル。大陸型の竜となっているな・・・・・・」
竜の種類は大きく分けて三種類。
一つは大陸型。これは文字通り広大な大陸で地面を這い、得物を力強い走りで追いかける。身体能力に優れ、繰り出す一撃は魔導兵器を一撃で砕くこともしばしばである。上位大陸型の竜ともなれば、それは一つの災害にも例えられる。
もう一つは飛龍型。竜の中でもっとも移動距離が長く、しかも行動が読めないため厄介な存在である。この世界にはジェット戦闘機のような存在がないため、一度逃げられると追いかけるのが困難だ。しかもこの竜に共通する事項として、遠距離攻撃を得意とする。口から火炎の玉を吐き出すもの、雷を吐き出し地を這う敵を薙ぎ払うもの、氷の礫を降らせ相手を凍らせるもの―――。その種類は様々である。
そして最後に潜水型。大海や湖に棲みつき、水中生活に特化した竜である。水中において、生物が最強であるのは戦牙が昔いた世界、そしてこの世界でも変わらない。どれだけ科学が発展しようが、水中での行動力は生物が最強だ。その意味では魔導兵器をも凌駕する水中行動力を持つ竜は三種類の中で最も厄介であるかもしれなかった。
「どう料理してやるかな?」
突如、黒い煙の中から竜が飛び出してきた。その巨体には似合わない速度で野風に接近してくる。
「正宗、どうする?」
『俺が左側を攻撃する。お前は右側を頼む』
「いいだろう」
正面は秀吉が受け止めるだろう。
そうこうしているうちに竜の顔面めがけて砲弾が飛来し始める。竜の顔に魔法陣が浮かび上がり、そこに砲弾が吸い込まれるように命中する。まだ一撃も外れておらず、全弾が命中していた。
後方を見れば、信長の魔導兵器『火牛』が全火器を使用して砲撃を行っていた。
『全方位型魔導弾使用。目標、敵の顔面。全弾を魔法陣による誘導により着弾させよ』
何だかまた新しい装置を魔導兵器に導入してるようだ。見た目だけではわからないものの、前世で言うところの誘導装置を魔導兵器に導入しているのだろう。どうやって相手をロックオンしているのかはわからないが、今のところ命中率は100%だ。
「しかし、近くに迫ってくるほど、でかいなぁ」
『でかすぎだ』
正宗が驚くのも無理はない。魔導兵器も相当大きいが、モーゴウルはその倍はあった。遠目から見たとき、馬車はもう少し大きくなかっただろうか? いや、それとも彼らが実際のモンスターを目の前に恐怖しているだけなのだろうか?
「秀吉!? 受け止めきれるのかよ!?」
秀吉とてこんなに巨大だとは思ってもいないだろう。
『ありったけの魔力を防御力に込める! そして相手の頭を砕く棍棒にもな!!』
野風がモーゴウルの頭に手を伸ばし、鼻先に触れる。とてつもない力のそれは、城壁に野風を追い込み、そのまま圧潰させようと試みた。
ところが、動きが止まる。
モーゴウルの四肢が地面にめり込み、それでも目の前の相手を押し込もうと前進を試みる。
それでも、動かない。
『今だ! やるぞ』
「おう!」
正宗の小十郎が風のように動く。
『旋風槍1式!!』
頭上で大車輪のように大槍を回し、その勢いを活かしたままモーゴウルの前肢に斬りかかる。硬い鱗で覆われていることなど少しも気にならないかのように、小十郎の槍は肉と骨を傷つけた。
『五月雨式砲槍撃!』
とてつもないスピードで繰り出される、槍の突撃。そのどれもが衝撃波を纏い、突き刺さると同時に周囲の肉をもごっそりと奪い去っていく。
「えげつねぇな・・・・・・。俺もやるか」
二つの刀を抜き去り、そこにありったけの魔力を込める。
「行くぞ! 銀狼一式、砕刃!!」
相手の武器を砕くための奥義。敵と打ち合いになった際、刀で敵の戦力を極限まで奪い去るために編み出された豪の剣がこれである。無論、防御力が高い相手にも有効だ。その昔、戦牙が学んだ流派の開祖は刀で西洋甲冑の騎士をも切り裂いたと言われる。
その剣術に、打撃力を高める戦牙の魔力が加わるのだ。
それが破壊的な攻撃力を生み出すことなど、誰にでも想像がついた。
繰り出された横凪の一閃は、正宗が攻撃していた反対側の前肢に向けて放たれた。その瞬間、肉どころではなく、骨まで断ち、衝撃は反対側の胴体まで抜けた。
あまりの苦痛に咆哮を上げるモーゴウル。
この隙を秀吉が逃すはずもなかった。
『叩き潰してやらぁ!!!』
フルスイングで相手の顎を叩き上げるかのように振りぬいた棍棒が、的確に狙ったポイントにヒットする。衝撃は骨から脳に伝達し、それを破壊しつくしたに違いない。
気を失ったモーゴウルに止めを刺すべく、戦牙は大上段に刀を構えて振り下ろした。大量の返り血が魔導兵器を赤く染める。そこから先、血なまぐさい香りがしばらくは町中に漂うことになったが、これはまた後日の話だ。
戦牙たちはこの日、初めて魔導兵器を駆ってモンスターを倒すことに成功した。