第10話 ドーラ
ワイバーンは倒れた。
後には静寂が訪れる。しばらく後、荒く息をついていた戦牙は呼吸を整え、機体ごとドーラに向き直った。
「お前、結構もてるみたいだな?」
しかし、ドーラの顔は戦牙の冗談に微笑みはしなかった。
「そんなのじゃないわ。奴らの場合はね。この調子じゃ、こんなのが後から沸いて出てくるわよ」
「どういうこった、そりゃあ?」
「さぁね」
彼女の態度は、明らかに戦牙に何かを隠していた。
昨晩までドーラと一緒に暮らせるということは戦牙を舞い上がらせていた。恥ずかしいことだが、彼だって男だ。うれしくないはずがない。
しかし、それが運命だとはいえ、そして必然だとはいえ、別に望んでくっついたわけではないとはいえ、隠し事をされるのは何事においても面白くないものだ。
「お前、何か隠してるだろう?」
「別に?」
「いいや、隠してるな」
「何を?」
「それを聞いてるんだよ」
「何も隠してないわ!」
「嘘だ」
「本当よ! 疑うのもいい加減にして!」
「いいや隠してる。お前さ、自分が嘘をついてるときに口をとがらせることに気づいてるか?」
「なんですって!?」
ドーラがきゅっと口の端を結んだ。
「嘘だよ。お前、やっぱり何か隠してるだろう?」
「騙したわね?」
そう、戦牙が言ったことはでたらめだ。ドーラは嘘をつくのが下手糞だが、何か顔に特徴が現れるわけでもない。彼女は基本的にポーカーフェイスだ。
「そうだよ。騙した。だけど、お前も同じことを俺にしている」
ずいっと、旭翔の顔がドーラに近づいた。その迫力に、彼女は後ずさる。
「まぁ、無理に離せとは言わないぜ? ただ話すと双方ともに楽にな―――」
突然背中に衝撃を受けたのはその時だった。前のめりにつんのめった旭翔でドーラと彼女が助けた少女を潰してしまわないように、戦牙は何とかバランスを取る。旭翔もそれに連動して、姿勢を維持した。
「ったく、不意打ちは感心しねぇな」
長年の経験で、それが不意打ちだということは予測がつく。前の世界でもケンカってのはこういう状態から始まった。後ろからの不意打ちというのは、ある意味でセオリーだ。だからそれに対しての反撃方法も心得ている。
一番近い奴からぶちのめす。
「らぁっ!!!!」
一番近くにいたのは、先ほど対峙した騎士とよく似た魔導兵器だった。そいつの頭をひっつかみ、とび膝蹴りをかます。盛大に金属がひしゃげる音を立てながら、勢いよく後方に吹き飛ぶ魔導兵器。そのほかにも五体が旭翔を狙っていたが、見た目に今吹き飛ばした魔導兵器と変わりはない。もしかしたら、量産機なのかもしれなかった。
「おやめなさい! あなたたち!!」
他の五体が一斉に戦牙に飛びかかろうとしたとき、ドーラが一喝した。
その瞬間に、敵の動きが止まる。
「何だよ? いいところだ。別に止める必要はないぜ?」
戦牙は暴れたりなかった。
彼は知っている。自分の中に潜められている戦闘願望を。だから、彼は前の世界でも友人が少なかった。危険人物と思われていたからだ。
だが、奥底から湧き上がってくるようなこの感情だけは、どうしようもない。抑え込む術は知らないのだ。
「悪いけど、私はあなたたちの手に収まるつもりはないわ。そしてあなたたちの主人に伝えなさい。あなたのモノになるつもりもないって」
『姫君、それはいかに?』
「私は身も心も、この人のモノ。私は戦牙と一緒に生きる」
なぜそうまでしてドーラが戦牙にこだわるのか、戦牙には分からなかった。しかし一つだけ思い当る節があるとすれば、彼女が彼を復活させたという事実だ。そしてそのサポートを行うということ。大した義務感だと思う。
ただ、彼女がどうあれ、戦牙には一つだけ確かなこともある。
それは彼が彼女に惚れているという事実だ。別に愛おしいとかそういう感情ではない。ただ単に、惚れているのだ。若い感情でありながら、これも戦牙の戦闘意欲と同じくらい衝動的で、止めることができない。
「そうとも。渡さねぇぞ?」
『黙れ下郎! 貴様のような下々の者が姫君と一つ屋根の下で住むとは言語道断である!』
やっと一人、戦牙に向けて口を開く奴がいた。とりあえずロボットではないようだから、話はできるだろう。それだけでも安心の要因になるものだ。
「姫君ってドーラが? そりゃあ知らなかった」
「言ってなかったかしら?」
「いやぁ? 聞いてねぇな」
げらげらと笑う戦牙。ドーラはそんな彼を見て、呆れたような笑顔を浮かべた。困ったような、何かを楽しんでいるような、不思議な笑みだ。
『ふざけおって。そのお方はジークフリード家の前当主の忘れがたみ。お前には惜しい』
「お前には相応しいってか? その前に俺のことをどうこう言う前に自分たちのことを名乗ったらどうだ?」
『よかろう、貴様にも名乗ってくれるわ。我が名は―――』
無論、最後まで聞くつもりなどない。
相手が名乗っている先からツインキャノンをぶっ放す戦牙。
『なっ!!?』
『卑怯者!!』
「うるせぇ! 一人に複数で攻撃してきてよく言うぜ!!」
ツインキャノンは魔力を装填したパックさえあればいくらでも繰り出せる。つまるところ、補給さえ確保できればいくらでもぶっ放せるということ。しかし補給先のことなど確約されてもいなかったが、彼はお構いなしだった。
とりあえず、今は目の前のむかつくやつらを排除できればそれでいい。
それに、ドーラが後ろにいて、目の前の敵が彼女を狙っているならなおさらだ。
砲撃を避けて反撃に転じたのは二体。その動きは速く、先ほどワイバーンに変化した奴よりは手練れのようだった。
しかし彼らは決定的なミスを犯している。
それは自らよりも武芸に優れたものを相手に、背後が取れないということだ。戦牙の後ろは壁でドーラたちがそこにいる。少しでも旭翔が壁から離れればどちらか一体が背後に回り込み挟み撃ちにもできるだろう。
しかしそれすらかなわない。
まず戦牙が目を付けたのは二体のうち何とかして後方に回ろうと突出している機体。ぎりぎりまでひきつけて、相手に先に攻撃をさせる。巨大な剣が大上段から振り落とされるが、これをいなして槍による斬撃を与える。これだけで相手は戦闘不能だ。
そしてほぼ同時に斬りかかってきた相手に対しては、まず柄で機体のコクピット部分を打ち、動きが止まったところに斬撃を加える。槍の遠心力を活かした一撃は、敵の機体に引っ付いていた首を吹き飛ばし宙に舞わせた。
再度、静寂が訪れる。
「ったく、何だってんだ?」
「よく逃げなかったわね、あなた。あれくらいの数に囲まれたら、どんなベテランだって降伏を考えるわよ」
「悪いが惚れた女を目の前にして、その選択肢はない!!」
どこまでも戦牙はまっすぐなのである。