プロローグ
その日、世界は死が溢れた。
多くの人が絶望し、恐怖し、阿鼻叫喚の中で命を落とす。
誰もが生きたかったのに、その願望を一瞬で奪われる。
小嶽戦牙もその一人だった。
覚えているのは高校の帰り道、いつものように友人たちと帰っている最中のことだった。
突然起きた爆発、上がる火の手と爆風。
炎の中から現れた巨人は、無機質な光を放つ、のっぺりとした顔をしていた。それが妙に不気味で、しかも細く長い手や前かがみの姿勢をしていることが、恐怖に拍車をかけた。
奴の顔が光るたびに、周りの人間が炎上した。
しかも一人という数ではなく、複数がいっぺんに燃える。
戦牙は走って逃げた。仲間とは散り散りになったが、そのうちの数人とは同じ方向に逃げてきた。
しかし巨人から逃げることは叶わなかった。
次々に友人たちは焼き殺される。生きたまま発火させられ、仲間に助けを求めながら、死んでいく。
恐ろしかった。
ただ、ただ恐ろしかった。
しかしこうも感じていた。
こんなことなら、もっと早くに死んでいればよかったと。
誰が好き好んで、友人が焼けただれて死んでいく光景など見たいだろうか。
そして逃げ続けていた戦牙にも、等しく死は訪れる。
最後に目に焼き付いている光景は、巨人の顔が自分のほうを見て光ったこと。
その瞬間、耐えがたい痛みと、灼熱が体を襲う。
あぁ、畜生。
こんなことなら、こんなことで死ぬなら、早くあの子に告白しておけばよかったな。
くそう、手も繋ぎたかったし、キスだってしたかった。
死んじまったら、もうそんなことなんてできない。
あぁ、ついてねぇなぁ・・・・・・・。
神様、これは夢じゃないんだろう?
あんたって人は。
こんな歳で殺さなくたっていいじゃないか!!
悪態は尽きなかった。
神に対しての悪口は幾らでも出てきた。
これだけ口汚く罵ったんだ。地獄行きは決定だろう。
「そうでもないわよ」
「・・・・・・・?」
何か、今声が聞こえなかったか?
一瞬耳を疑ってみたが、聞こえるはずがない。死んでいるのだから。
そうでなければ、今の声は地獄の子鬼の声だ。
「誰が、地獄の子鬼よ。ほら、さっさと目を開けて」
すっと頬を触られ、戦牙は驚いて目を覚ました。
突然入ってきた光が眩しく、一瞬目を細める。そして目が光に慣れたころ、自分のいる場所が、なぜだかとても美しい森の中だということに気が付いた。
痛みはない。
服装も学生服のままだった。これだけが焼け焦げてボロボロだ。
「ごめんなさいね。服装だけはよく分からなくて。何しろ、私たちの世界じゃ見ないものだから」
「あんた、誰だ?」
戦牙の目の前には一人の少女が佇んでいた。
銀髪、エメラルドグリーンの瞳。そしてかわいらしい紅い唇。ほっそりとした容姿に加えて、露出した肌は透き通るように真っ白だった。誰が見ても美少女の類に属し、しかも飛び切りの美しさを持っている。
歳は戦牙と同い年くらいだろう。
「私はドーラ。小嶽戦牙君で間違いないわね?」
「あぁ、そうだ。なぁ、質問に答えてもらっていいか?」
「いいわよ。なんでも聞いて」
「これは夢か、現実か? それともさっき俺が死んだのが夢なのか? どっちが真実だ?」
どちらが現実なのか、戦牙は判別がつかなかった。
一体どうすればいいのか分からず、混乱していた。
それを見たドーラが、ニコリと笑った。
「どちらも現実。夢じゃないわ。あなたは死んで、今ここにいるのは天国よ」
「あんなに悪態をついたのに、天国に入れてもらえるんだな」
「お父様は寛大だから」
「・・・・・・ってことは、神様が父親ってことか? 冗談だよな?」
「本当よ」
「で、ご丁寧に俺を迎えに来てくれたってのか? ありがたいな。じゃあ、さっさとあの世に行こうぜ」
「それはできないわ。あなたはこれから、復活するんだから」
思考が固まった。それを無理やり解除し、再度頭を回転させる。
しかしますます訳が分からなかった。
この女、今俺を復活させるって言ったのか? そんなゲームじゃあるまいし。
そんなことができたら、世の中死人でいっぱいだろうが。
戦牙の感情を読んだかのように、ドーラは続けた。
「あなたが今まで生きていた世界に復活させるわけじゃないわ。でも、直接的にはつながってる。その世界にあなたを復活させるわ」
「待て待て! 目的は?」
「あなたを殺した奴ら。そしてあなたの大事な人たちや、周りの人間を殺した奴らの侵攻から、世界を守るため。奴らは次に、これからあなたを復活させる世界に攻めてくる」
「なんで俺なんだよ!? 他に幾らでも優秀なやつはいるだろう?」
「ふふ・・・・・・謙虚な人ね」
ドーラの笑顔は優しかった。
しかし、それがなぜだか、戦牙の神経を逆なでする。
彼は謙虚でもなんでもなかった。ただ、恐ろしかっただけだ。
それに復活させられるなら、彼のほかに優秀な人間は幾らでもいるはずだ。
そして、これはあくまで小さな感情でしかなかったが、友人ではなく戦牙なのだ。なぜ自分だけという後ろめたさもあった。
「俺は謙虚なんかじゃない!! 理由を教えてくれ!!」
ドーラの顔から、笑顔が消えた。そして今までにないほど冷たい目つきで、戦牙を見つめる。
「あなたは救世主になるのよ。これから復活する、他の人間たちと一緒にね」
「だから、なんで俺なんだ?」
「お父様が選んだ。あなたじゃないとダメだって。それに彼は寛大よ。あなたはもう一度、世界は違ってもそこで生きている友人や仲間とともに暮らすことができる」
心が揺れた。
もう一度、復活すれば仲間に会える。
「ただ、あなたの変わりはいるわ。あなたが拒否するなら、私からお父様に頼んであげる。でも、そしたら恐らく今から復活する予定の世界も、いつかは滅びる運命にある。同じ敵に滅ぼされるわ」
大きく揺れる心。
また、奴らは苦しむだろう。
「俺がいれば、それを変えることができるのか?」
「あなた次第よ。そして周りの救世主次第。でもあなたがいなければ、結局世界は死に絶える」
「ふぅ・・・・・・。でもなんで俺なんだろうな?」
「お父様しか理由は知らないわ。でも、その答えも含めて次の世界で探せばいいの。目的ははっきりしているんだから」
「その侵略者から、世界を守れってことだな?」
「そのための準備を、あなたにはしてもらわないといけない」
「あいつらを、あの世界を守れるのなら復活する価値はある」
もう友人たちが苦しむ顔など見たくもない。
だから戦牙は復活を決意した。
しかし、あんな化け物に勝つ算段など思いつかない。それから考えるとなると、骨の折れる作業だ。
「大丈夫、今から行く世界はあなたが前に住んでいた世界と似てるけど、ちょっと違う。だから対抗するための武器だってあるわ。それに人々は魔術を使うこともできる」
「そりゃあ、ファンタジーだな。想像がつかねぇや」
「そうでしょうね。それと、あなたには私とお父様から力を授けるわ。今の状態で復活しても、何もできないだろうから」
「確かに、俺は魔術なんて使えない」
そう軽口を叩いて、ドーラに振り返った戦牙。その瞬間、彼の頬に手が添えられ、紅い唇同士が重なった。
突然の出来事に面食らった戦牙だったが、体中に何か異質な力が漲ってくるのを感じていた。やがてドーラの唇がゆっくりと離れる。
「今、あなたの体に私の魔力を送り込んだわ。向こうの世界に着くころには、あなたの体中に魔力が行き届いてすぐにでもお父様が与えた力を使えるようになるわ」
そしてドーラはどこにそんな力を持っているのか、よっこいしょと巨大なリュックサックを背負う。
「何、してるの?」
「私も一緒に行くのよ。他の復活者も私の姉妹がつくから。監視兼援護役ってところね」
「なるほどな。ところで、俺の魔術ってのはどんなのだ?」
「行きながら話をするから。あそこの魔法陣に入って」
ドーラの指差した方向には、白く光り輝く魔法陣があった。
そこに入り、復活する世界を目指す。
白く光り輝く魔法陣。眩しさに目を瞑り、次に開いたときには高校の机に座っていた。




