第5話 死を無駄にしたくないんだ
「……リーク?」
煙が晴れていく。地面に、真っ赤な血が飛び散り、彼の持っていた剣が、折れて転がっていた。……私の見間違いでなければ、砲弾は彼の身体を正確に――
「…………。……リークっ」
私は素早くコンピューターを操作し、3人しか乗れない小型戦闘機のハッチを閉める。そして、そのまま、1人で空に飛び出す。
空を飛ぶ1機の黒色をした大型戦闘ヘリ――ガンシップ。その砲口から煙が上がっていた。リークを殺した機体だ。
「…………」
私はぐっと操縦レバーの先のボタンを押し、そのガンシップに向かって砲撃を行う。砲弾が正確にガンシップを木端微塵に破壊する。炎に包まれ、落ちていく。
そのまま、市街地の上空へと飛び出す。私を追ってきたと思われるガンシップが3機も飛んでいた。私はその3機のガンシップに向かって飛ぶ。次々と砲撃で破壊していく。市街地へと落としていく。1機はビルの中腹に突っ込む。
リークはただの私の部下だ。階級は准将。
[コマンダー・コミット少将、コマンダー・ライカ中将は追撃の為に出したガンシップを次々と撃ち落としています! 市街地に大きな被害! 死者・重軽傷者が多数出ています!]
彼は、元々はおカネで付いていたようなヤツだ。国際政府軍人から、私の誘いで連合政府軍人となった。私はおカネで彼を誘った。
[ガンシップがまた1機やられました! 第4病院C棟に墜落! 反撃の許可を!]
誘ったのは、もう6ヶ月も前か。それからずっと私の下で戦ってきた。何度もレート=クライシスやその他の戦場で生死を共にした。その彼が死んだ。
「さみしくなったな……」
私はそう呟くように言うと、アレイシアシティの外に向かって小型戦闘機を進める。ガンシップを7機、市街地に落としただけで仇を取れたとは言えないが、これ以上いると、彼の死が無駄になってしまう――
◆◇◆
【アレイシア城 星の間】
私はライカの脱走とアレイシアシティにおける被害報告をアレイシア将軍にしていた。逃げる際にガンシップを7機も落とし、ずいぶんと大きな被害が出ている。死者だけでも数十人だ。
「そうか。たくさんの姉妹が死んだんだな」
「はい。予想もしなかったことです。まさか、あれほどのことになるとは……」
「…………。……ご苦労、コマンダー・コミット」
アレイシア将軍はイスから立ち上がり、割れた窓ガラスに向かって歩いていく。風の吹きこんでくる窓からは、市街地から聞こえてくるレスキュー・サイレンの音も入ってきていた。
将軍はクローンを大切にする人だ。昔はそうでもなかったが、かつて自分が起こした“ディメントの戦い”以来、彼女は変わった。
あの狂気の渦ともいえるディメントの戦い。15万人以上ものクローン兵が死んだ。アレイシア最悪の戦い。私も参加した。そのときの記憶は今でも蘇る。
*
どしゃ降りの雨が降るあの夜。アレイシア将軍――当時のキャプテン・フィルド将軍は、瀕死の重傷を負っていた。
「キャ、キャプテン・フィルド将軍、――」
国際政府軍40万と連合政府=アレイシア軍40万人の戦い。ラグナロク大戦史上に大きく刻まれたディメントの戦い。――狂気的な戦い。
戦いの発端は、私たちクローンのベースとなった女性――国際政府の女性軍人フィルドの生死を争うものだった。フィルドを取り返そうとする国際政府と、彼女を処刑しようとするアレイシア軍の戦いだった。
「み、味方は総崩れ、です……」
「……コミットっ」
瀕死の重傷を負ったアレイシア将軍は泣いていた。
「これは、私のせいかっ……?」
彼女がそう言ったとき、すぐ近くで爆音が鳴り響き、地面が激しく揺れる。私は立っていられず、将軍に覆いかぶさるようにして倒れ込む。その身体を、ボロボロの腕で抱きしめてくる。将軍は、震えていた。
「ハハハッ、どうした!? 軟弱なアレイシアのゴミ共!」
高らかに笑う1人のクローン。彼女の周りにはクローン兵の死体が山積みになっていた。死体の山から流れる血が川となっていた。
――キャプテン・エデン。彼女も連合政府軍人だ。だが、異常だった。アレイシアのクローン兵を次々と葬っていた。
彼女の狙いは、連合政府の黒幕・パトフォーから下された命令の遂行――フィルドの誘拐だった。連合政府議会はフィルドの処刑を望み、パトフォーは実験台として有能な彼女の誘拐を望んでいた。
「クソッ、よくも姉妹たちを!」
1人のクローン兵がエデンに向かって行く。だが、彼女はいとも簡単に、そのクローン兵を超能力で斬り殺す。死体が1つ増えた。
エデンは最強のクローンだった。彼女の手によって、数十万人ものクローン兵が殺された。当時、将軍の右腕ともいうべきクローン――コマンダー・クナとコマンダー・フィルストも殺されていた。
その後、私も、将軍も、エデンも、フィルドも、あの戦いを生き延びた。だが、将軍はあの戦いをずっと気に病んでいた。自分が起こした戦いで、15万人のクローン兵が死んだ。それが呪いのごとく彼女の頭から離れないでいた。
それから10ヶ月後――
「――ええ、間違いはありません」
「……そうか」
キャプテン・エデンが死亡したという知らせが届く。臨時政府のパトラーが、エデンを剣で刺している写真付きで。――あの最強にして最狂のクローンが、パトラーによって殺された。
*
割れた窓から外を見ていたアレイシア将軍が戻ってくる。再び椅子に座る。
「コマンダー・コミット――」
「…………?」
「――私は連合政府首都に戻ろうと思う」
「えっ!?」
私はもちろんのこと、その場にいたコマンダー・サーラ中将や他の将官たちも驚いたような表情を浮かべる。
「臨時政府と合流する予定ではないのですか!?」
「……もちろん、アレイシア軍はこれから臨時政府と合流する。だが、私だけは違う」
「な、なんでですか……? もしかして、連合政府将軍として首都に戻り、――」
「――パトフォーとティワードを隙見て殺し、連合政府の息の根を止めるためだ」
アレイシア将軍はすでに決意を固めたような目をしていた。一体、なぜ急に……?
「首都に戻れば殺されます。ライカがこの騒動と合流を報告するハズです」
「そうです。今更、戻るべきではありません!」
「……アレイシアで今日、悲劇が起きたのは事実だ。これを利用する。――私が、ガンシップを落としたことにすればいい」
「…………!」
そういうことか……! アレイシア将軍は今日死んだクローン兵たちの死を無駄にしたくないんだ。だから、この悲劇を最大限使って連合政府を滅ぼそうと考えたんだ。
「コミット、サーラ、それに他のみんなも、後は頼んだぞ」
「アレイシア将軍……」
私たちは、強い決意の下に去って行くアレイシア将軍の後ろ姿を、不安を感じながら見守ることしかできなかった――






