第35話 連合政府分裂
【コスーム大陸北東 ルイン島 ルイン本部】
ルイン島というのは、極寒の北方大陸(=シリオード大陸)にも近く、ずっと雪が吹き荒れている。ここは雪と氷に閉ざされた島だ。
ティワード、私、アレイシア、バトル=オーディンはこのルイン島に首都から逃れた。私たちは3分の1ほどの勢力しかない。しかも、総督艦や多数の軍艦を失い、もう瀕死状態だ。
「コマンダー・ライカ将軍、バトル=オーディン将軍が次期連合政府総統になるそうです」
薄暗い私の私室で、コマンダー・コルボ少将が話しかけてくる。もう、クローン将官はコマンダー・コルボ少将とコマンダー・ドロップ准将しかいない。一般人間の将兵は1人もいない。
残ったのは、司令艦3隻、コア・シップ25隻、軍艦80隻。軍用兵器60万体。クローン兵が10万人程度。北側の連合政府にかつての勢いは全くない。
「でも、南側の連合政府内では、コマンドが総統になるんだよな?」
「その予定です」
連合政府は北と南で分裂する。ただでさえ勢力が小さくなったのに、更に縮小させるかのような動きだ。もう、連合政府は遠からず崩壊する。私が今後、運よく総統になっても、数日で終わりそうだな……
◆◇◆
私はルイン本部要塞の廊下にある窓から外をぼんやりと眺めていた。雪が激しく降り続いている。白い雪山が連なっている景色が見える。
「アレイシア将軍、ここにいたのですか」
「コマンダー・ドロップ准将……」
パトラー、なぜ国際政府に戻った? 私は最初、彼女が国際政府に戻ったと聞いたとき、呆然とした。パトフォーが彼女を殺す気なのは、今更な話だ。こんなことになるのなら、アレイシア軍が降伏した時に、私も一緒に臨時政府に加わるべきだったかも知れない。
「ドロップ准将、パトラーの情報はあったか?」
「いえ、今のところは全くありません。彼女が下院議員たちを殺してから、総督艦を脱出するにはかなり時間がかかります。どう考えても間に合いません。恐らく……」
「…………」
普通なら死んでいる。私でも死んでいるだろう。パトラーは普通の人間だ。死んでいる確率の方がずっと高い。
でも、死体が見つかったワケじゃない。いや、普通は見つからない。焼き尽くされただろう。なのに、死体が見つからないという事実だけで希望を持ってしまう。
「……続けて、情報を集めてくれ」
「イエッサー!」
……パトラーの生死も気になるが、パトフォーの動きも気になる。次はどんな策を打ってくるのか。あそこまで追いつめられておきながら、まだ何か策があるのか……?
◆◇◆
【コスーム大陸南東 ハーピー諸島 ネオ・パスリュー本部】
コスーム大陸の南東にあるハーピー諸島。諸島の最も東側に、我々のネオ・パスリュー本部要塞があった。
俺はネオ・パスリュー本部最上階にある新総統オフィスに入る。青色のクリスタル・レンガで造られたいい部屋だ。部屋の奥にあるイスに座ると、部下のコモットが俺の前で一礼し、話を始める。
「コマンド総統閣下、七将軍再編が終了致しました。ケイレイト、メタルメカの留任はもちろん、コマンダー・クロア、コマンダー・レンド、ベーチェル、ウィンドシア、ネストールの5名を新しく将軍に任命しました」
「よし、これで7人揃ったな。北連合政府の動きはどうだ?」
「やはり、閣下には従えぬそうです。分離致しました」
愚かな連中だ。あれほど小さい勢力で世界を狙おうなど、どう考えても無謀なこと。ルイン島は資源も何もない極寒の島。元々は無人の島だった。
だが、ハーピー諸島は違う。広大な領域に加え、天然資源も豊富にある。“民”もいる。軍事力も強大だ。統治機構としての形を有しているのは、やはりこちらだろう。
「クリスター政府の攻撃に備え、一刻も早く軍事力を強化しろ。軍備が整い、状況が好転したとき、我らの首都を奪い返すぞ」
「はい、閣下。今、財閥連合の勢力をこの地に集結させております。いずれ、大陸に戻れるハズです」
俺はニヤリと笑って立ち上がる。総統席の後ろにある巨大な窓ガラスに近づき、外に目をやる。原始的な森が広がり、その奥には青々とした海が広がっていた。
もう、10年も前だ。我ら財閥連合が国際政府を利用し、この地を“開拓”した。当時、原始的な者たちが蔓延っていたこの地に、文明をもたらした。
「コマンド閣下、ベーチェル将軍がやって参りました」
「“鳥”が来たか。通せ!」
「はっ!」
黒いスーツを着た男性――財閥連合護衛官は素早く総統室の扉を開ける。廊下から、1人の女性が歩いてくる。……新任の七将軍・ベーチェルだ。
彼女の姿は歪だった。素足で歩き、腰と胸に葉や草で作った服のようなものを纏っているだけ。そして、何よりも――
「コマンド閣下、連合政府第2代総統への就任、おめでとうございます」
そう言って彼女は頭を下げる。その背には、大きな鳥の翼が生えていた。――彼女は我々人間と違う。“ハーピー族”と呼ばれる人間もどきだった。
ベーチェルの祝いの言葉とやらを話半分で俺は耳に入れる。この島には、ああいった鳥女ばかりしかいない。服装から分かるが、彼女たちは文明を持たぬ未開の民。だから、多少手荒だったが、我らが文明を持ち込んだのだ。
やがて、ベーチェルは下がっていく。彼女がいなくなると、コモット議長が俺に話しかけてくる。
「ああいった姿は連合政府の品位を損ねますな」
「全くその通りだ。今度、ちゃんとした服を与えてやれ。あんなのを将軍に任命したと知ったら、クリスター政府の笑いものになる」
全く、品位も何もない鳥め…… 別の人材を見つけ次第、解任した方がよさそうだ。




