第29話 パトフォーの陰謀
私は豪華な廊下を歩いていく。濃い赤色のじゅうたんが敷かれた廊下――マグフェルト総統のオフィスへと通じる廊下だ。
「…………」
それは、私の予想に反したものだった。政府クローン兵は、私をあっさりと通してくれた。中枢施設内でも、襲われることは全くなかった。それどころか、ほとんど人がいなかった。
結局、何事もなく、政府中枢の最深部へとやってこれた。私は目の前の扉を開ける。この先は総統オフィスだ。マグフェルト・パトフォーがいる。
私は挨拶もなしに乗り込んでいく。部屋の奥に、パトフォーは堂々と座っていた。後ろには大きな窓ガラス。黒色の空が広がっている。
「パトラー=オイジュス将軍、無事でよかった。帝国守護艦隊建造施設でクローンたちの――」
「――反乱は私が勃発させた。私がプルディシア2隻とクローン80万人をクリスター政府に逃がした。……パトフォー、そろそろケリを付けようか」
私は部屋に響く声で言い放ち、腰に装備していた剣を抜き取る。もう、これで終わりだ。私がこの部屋から出るときは、この男に勝ってからだ。……勝てなかったら、部屋を出ることはない。
「……パトラー、お前ほどの人間なら分かるであろう。もはや世界の運命は決まったということを。クリスター政府が世界の支配者となる。なぜ、俺のところに戻ったのだ?」
「お前を殺し、お父さんと一緒に国際政府を救うためだ」
「愚かな…… 俺を殺したところで、もはや国際政府の闇は誰にも止められぬ。議会・官僚の腐敗、軍部の暴走、市民の狂気。それを止めることは、誰にも出来ない」
トーテムらに支配された元老院議会と利権を貪欲に求める官僚たちの腐敗。国際政府至上主義に染まった50万人の政府クローン軍。マグフェルト絶対支持の市民…… 確かに政府再生は難しいかも知れない。でも、不可能じゃない。
「帝国守護艦隊は残念だったな。もうお前の計画も終わりだ。聞いたか? ステイラル州とコールド州は国際政府から分離し、クリスター政府に加わるんだぞ?」
「ああ、知っているとも。だが、俺の計画に狂いはない」
えっ?
「帝国守護艦隊はクリスター政府から奪い返せばいい。アレは俺の統治に必要なもので、“世界の奪取”に必要ない。まぁ、それでも手元にあれば、あった方がいいがな……」
私は一歩、後ずさる。この男、どんな計画を持っているんだ……!? 私は完全にパトフォーの計画を潰したと思っていたのに……
「困惑気味だな。俺を超えたと思ったか?」
「な、なにをっ……!」
「……クリスター政府は連合政府を滅ぼす。だが、その後、世界に“惨劇”が起こる」
「惨劇?」
「考えたことあるか? 自分を守ってくれる存在が、自分に牙を剥くことを――」
パトフォーは落ち着いた様子で、淡々と話を続ける。全く動揺した様子はない。これも、全て計画の内なのか……!?
「――クリスター政府軍が、クリスター政府首都ポートシティで善良な市民を虐殺する」
「は?」
この男、頭がおかしくなったか? クリスター政府軍に限って、そんなことはない。国際政府軍ならやりそうだけど……
「ある日、クラスタが軍事総督として、全軍用兵器に市民殺害を命じたらどうなる?」
「そ、そんなことあり得るかッ!」
私は震えながら、叫ぶようにして言う。あり得ない。あり得ないハズだ。……なのに、―― あり得ないをあり得るにする。それがパトフォーだ。
「暴走したクリスター政府軍。議会の連中を皆殺しにし、世界はクラスタに滅ぼされそうになる。そこで国際政府軍が登場する。我々は救世主となる。世界大戦の再戦を心の底から恐れる市民は、熱狂して俺たちを受け入れるだろう」
「…………。……確かにそうなるかもな。でも、クラスタはそんなバカなことするワケないッ!」
クラスタはそんなことしない。でも、パトフォーの計画じゃ、することになっている。どんな方法を使う気なんだ……!?
「で、でもっ、今お前が死ねば、そうはならない! 違うか!?」
「……違わないな。俺を殺せば、真にラグナロク大戦は終わる。――だが、本当にそれをしてもよいのかな?」
「こ、今度はなんだ!」
私は油断なくパトフォーの動きを睨んでいた。いつ、どんな攻撃を仕掛けてこようとも、必ず彼を倒せるように、だ。
「俺を殺し、父親と一緒に国際政府を再生させるらしいが、――その父親はどこにいるんだ?」
「えっ……?」
お父さんはどこ、に……?
「お前が最後に父親に会ったのは、もう何ヶ月前だ? 今、本当に父親はこの街にいるのか?」
「…………!? ど、どういう意味だッ!?」
私の背に冷たいモノが流れる。クリスター政府首都から脱出し、この国際政府首都に入ってから、一度もお父さんに会ってはない。最初、ここに来たときは、すぐに帝国守護艦隊建設場に飛ばされ、今また戻ったばかり。
「……お前の父親は、連合政府新本拠地・ルイン本部にいる」
「な、なんでっ!?」
「政府クローン兵どもによって、連合政府に引き渡されたのさ」
「お、お前が命令したのかッ!?」
「もちろん」
椅子に深く腰掛けたまま、ニヤリと笑うパトフォー。私は背筋が凍りつく。手にしていた剣が床に落ちる。私自身も、崩れるようにしてその場に座り込む。
「俺を殺せば、お前の父親は殺される。そう、ティワードに命じてある」
「な、なんでお父さんをっ……!?」
私の目から温かい水玉がじゅうたんに落ちていく。上半身を支える両腕が震える。そして、私はパトフォーに泣きながら懇願した。
「お、お父さんを、殺さないでくださいっ! 私を殺してもいいからっ、お父さんを、殺さないでくださいっ……!」
「やはりそうか。――お前は国際政府再生のために戻ったワケじゃない」
「ち、違うっ! 私はッ!」
また背にイヤなものが走る。心を見透かされた気がした。――次の言葉を言って欲しくなかった。
「“お前は父親を死なせたくないがために戻っただけ”だ」
「…………! …………ッ!!」
「お前は上っ面、政府再生と言っているだけ。本音では違う。――クリスター政府所属すれば、国際政府と敵対する。つまり、最悪の場合、お前は父親を殺さなければならない。それがなくても、俺がお前の父親を殺すことも考えられるな」
「違う! 勝手なこと言うんじゃない!」
私は怒鳴り散らす。だが、心の底では分かっていた。パトフォーの言っていることは正しい。私はお父さんを死なせたくない。それだけで国際政府に戻った。政府再生は、自分に言い聞かせてた、だけ……?
「そういえばお前の父親を助けに行く連中がいる。国際政府軍だがな。そろそろ出発か?」
「…………!?」
私ははっと顔を上げる。剣を拾い上げ、それを手に持ったまま、泣き叫びながらパトフォーのオフィスから飛び出す。その後ろでは、黒い夢を持つ男の笑い声が響いていた――




