第2話 アレイシアとパトラー
【臨時政府首都ポートシティ 臨時政府議事堂 総帥オフィス】
中央大陸(コスーム大陸)南西の臨時政府首都ポートシティ。青空の下、美しい外観をした建物群が遥か彼方にまで続いている。その大きな建物の間を、何千ものエア・カーが飛び交う。歩行道路には、たくさんの市民が行き交っていた。
国際政府の首都から遠く離れたこの大都市は、発展を続けていた。3年と8ヶ月に渡る世界大戦のさ中、国際政府の下位国家として生まれた臨時政府に希望を託す市民が、たくさん集まってきていたからだ。
臨時政府の成立から7ヶ月。その力は強く、国際政府・連合政府を遥かに凌ぎ、誰がどう見ても世界最大の力を持っていた。パトフォー・マグフェルトからすれば、自身の野望を叶えるのに、一番邪魔な組織だろう。
「…………」
その臨時政府の総帥オフィスで、私たちは1つの命令書と睨み合っていた。――国際政府総統マグフェルトより下された命令だ。
「マグフェルトは連合政府=アレイシアを討つように命令してきたか……」
私は机の上の命令書を見ながら言う。臨時政府というのは、国際政府の下位国家だ。最初は連合政府と国際政府の戦いで荒廃した土地の復興を目的に作られた組織だ。国際政府の命令に私たちは、法の上では、逆らうことが出来ない。……それと、実はアレイシア軍と戦うには、大きな問題がある。
「パトラー閣下、アレイシア軍は連合政府本部以上の力を持つ強大な組織です」
部屋にいた男性将軍――ロッド将軍が私に言う。
勢力の上では、これまでの戦いの甲斐もあって、遥かに私たちが上だ。臨時政府はアレイシア軍の6倍の勢力があると言われている。それでも、アレイシア軍は強大な力を誇る。
「アレイシア軍は、女性クローン兵で構成される連合政府の軍だ。その数は今や250万人に達したとの情報もある」
今度は女性将軍――クラスタが言う。
アレイシアはこの10ヶ月、全く兵を動かさず、侵略もされなかった。それが、勢力拡大に繋がり、遂には連合政府本部を超えてしまった。
「しかし、そんなことよりも大きな問題がある」
クラスタが私に目配せしてくる。……そう、戦えない理由があるんだ。
「あー、“アレ”、ですか?」
ライポート将軍が話しかけてくる。
「そう、“アレ”だ」
「どうしようか……」
アレイシア軍と戦えない理由。勢力が6倍とか、クローン兵が250万人とか、そういうことじゃない。もっと大きな問題があった。
「失礼します!」
扉が開き、1人の若い男性が入ってくる。彼は臨時政府軍のトワイラル少将だ。
「“例のあの人”が臨時政府首都に到着しました!」
「……来たか」
私は椅子から立ち上がる。戦えない理由の登場だ。
*
【臨時政府議事堂 会談室】
臨時政府議事堂には、重要な人物と会談・会合をする豪華な部屋がある。赤色のクリスタルで造られた扉が開かれる。豪華なじゅうたんが敷かれた部屋へと私は入る。壁や天井にも豪華な装飾が施されている。
私は席に座る。私が入ってきた扉から見て、向かい側の扉――青色のクリスタルで造られた扉が開かれる。2人の女性クローン軍人と共に、青色の装甲服を着た女性クローン軍人が入ってくる。3人共アレイシアの軍人だ。
万が一のこともある。部屋には臨時政府軍の将官20名が配置され、私の後ろにもホーガム将軍とスロイディア将軍が立つ。
「フフ、久しぶりだな。パトラー」
赤茶色の髪の毛に赤茶色の目をし、青色の装甲服を纏うクローン軍人が椅子に座りながら言う。彼女の後ろに、その部下が立つ。アレイシア軍のコマンダー・レベッカ中将とコマンダー・サーラ中将だ。
「……“キャプテン・アレイシア”」
連合政府七将軍の1人にして(もう7人いないケド)、連合政府リーダーの1人――アレイシア軍の総指揮官だ!
「今日はだな、――」
キャプテン・アレイシアは机の上に置かれた飲み物をグラスに入れ、それを手に取って一気に飲み込む。
「以前から話してたように、私たちアレイシア軍は――」
一杯目を飲んだキャプテン・アレイシアは、二杯目を注ぐ。それを私に渡してくる。
「――臨時政府に降伏しようと思う」
「…………」
真顔で言うキャプテン・アレイシア。私はひとまず、渡されたグラスに口を付ける。……これが戦えない理由だった。
実は臨時政府上層部とアレイシア軍は、ずっと前から連絡を取り合っていた。このポートシティが、アレイシア軍の支配する地域の近くにあるのに、攻め込まれない理由も、これだった。――私たちとアレイシア軍は、裏では既に手を握っていた。
「今更こんな会談だか会合なんて意味はないんだ。パトフォーとかいう世界の黒幕が聞いたら、引っくり返るかも知れないがな。世界を引っくり返す前に、自分が引っくり返るんだ」
笑いながら話すキャプテン・アレイシア。マグフェルト・パトフォーがこれを知ったら、まず間違いなく激昂するだろう。彼のこの計画は完全に壊れる。
……だからこそ、私は怖かった。次はどんな命令を下してくるか。次はどんな手で私の命を狙って来るか。それに、私のお父さんは首都にいる。お父さんは大丈夫だろうか?
だからと言って、キャプテン・アレイシアとは戦いたくない。この結果は、私以外の多くの人にとっては、奇跡に近いことだ。それを壊すワケにはいかない……