第26話 最後のチャンス
「パトラーさん!」
「……ヴィクター!」
帝国守護艦隊管理要塞の出入り口付近で待っていると、外から濃い赤色のコートを羽織ったヴィクターが走ってくる。よかった、無事だったようだ。
「その様子だと、上手くいったみたいだな」
「ええ、施設はほとんど制圧しました。今は反乱の中核を担うクローンたちによって、反乱軍は纏められています」
「そうか」
……この計画も、私の経験がベースとなっていた。いや、厳密には私じゃない、か。私の仲間“だった”クラスタから聞いた話がベースとなっている。
「それで、今は彼女たち、どうしている?」
「反乱を起こしたクローンたちをクリスター政府領内へと逃がす為に、計画通り、プルディシアに入れています。今は元連合政府所属だったクローン達を中心に、操縦者を募っています」
ヴィクターは白い息を吐きながら言う。
80万人のクローンたちを、ここに置いておくワケにはいかない。彼女たちを逃がす必要があった。そこで、完成した2隻のプルディシアを使い、クリスター政府領内に逃がすことにした。
プルディシアの搭乗員数は1隻につき30万人。だが、80万人もいる。100パーセントを超える搭乗率になりそうだが、乗れないことはない。
超大型飛空艇に分類されるプルディシアは強力な力を誇る世界最大の飛空戦艦。1隻で大型飛空艇10隻以上を相手にすることができる。例え、国際政府の追手が来ても、簡単に追い払うことが出来る。
80万人のクローンをクリスター政府領内に逃がすことは可能だ。クリスター政府なら、絶対に彼女たちを奴隷扱いしないハズだ。
「……パトラーさんは来ないんですか?」
クローン達を逃がすための、今後の話がある程度終わったとき、ヴィクターは小さな声で言う。彼女はクローンたちを無事にクリスター政府領内に逃がし、保護して貰う為に、彼女たちと行動を共にする予定だった。
「…………。……ああ」
私は僅かに間を置いてから答えた。本当は今も迷っていた。クリスター政府を飛び出してきたことを。そして、クリスター政府に戻った方がいいんじゃないかと考えていた。……これが恐らく、最後のチャンスになる。クリスター政府か国際政府かを判断する最後の――
「国際政府に戻れば、今度こそマグフェルトはパトラーさんを殺しますよ……?」
「…………」
「例え、100歩譲ってマグフェルトに“そういう意図”がなくても、元老院議会があなたを許さないハズです。もう、法的にも、パトラーさんは――」
分かっていた。私が殺されることぐらい。賞金稼ぎや盗賊を殺したことはさておき、ランディやキースといった正式な政府軍人さえも殺している。それに、クローンを逃がすこと、完成したプルディシア2隻を反逆国家――クリスター政府に勝手に渡す。これはどう考えても大きな犯罪だ。死刑はどうやっても免れないだろう。
「――国家反逆者だな、私は」
ヴィクターの言葉に続けるようにして、私は呟くように言う。
「では、一緒にクリスター政府に戻りましょうよ!」
「…………」
戻っても国家反逆者。戻らなくても国家反逆者。いや、国家反逆者になることはどうでもいい。国際政府再生。それだけが頭にあった。戻れば、それは永遠に成し得なくなる。1800年という伝統と歴史のある国際政府の終わりだ。
クリスター政府に戻らなければ、国際政府再生の道は、僅かに残されている。マグフェルト・パトフォーを殺し、元老院議会をお父さんと一緒に健全なものにする。そうすれば、国際政府を再生させられる。ただ、可能性があまりに低すぎる。
「……私は、――」
「…………?」
「――これまで何度も、絶望的な状況下に叩き落されてきた。でも、その度にそれを乗り越えてきた」
もう、死にかけたことは何度あっただろうか。私よりも遥かに強大な難敵に、何度ぶつかったか。絶望的な状況に、何度倒れそうになったか。それでも、私はその全てを乗り越えてきた。
「ヴィクター、――」
「パトラーさんっ……!」
「――私はクリスター政府に戻らない」
そう言い、私は彼女に背を向ける。側にいたクローンの少女の手を取り、ヴィクターの方に誘導する。彼女は困惑しつつも、私の後ろにいるヴィクターの側に向かって行く。
「計画通り、80万人のクローン兵を2隻のプルディシアに搭乗させ、クリスター政府領内に逃がすんだ」
「…………ッ! わ、分かり、ましたっ……!」
声を絞り出すヴィクター。最後は涙声になっていた。私は迷いを断ち切るように、薄暗い管理施設内へと足を出そうとする。
「パトラーさん!」
「……すまない、ヴィクター」
「必ず、また一緒になりましょうね!」
「もちろんだ」
私はそう言い、施設内へと戻っていく。迷いを断ち切るかのように、半ば駆け足でその場を後にした。
*
【帝国守護艦隊建設場 管理要塞内 最上階 長官室】
やがて、朝日が昇る。窓から光が差し込んでくる。私は長官室の窓から外を眺める。2隻のプルディシアが浮上し、誰もいなくなった建設場から飛び立っていた。あのどちらかにヴィクターが乗っている。
私はクリスター政府に戻らない。国際政府に戻り、パトフォーと正面から対決する。そして、お父さんと一緒に、国際政府を再生させる。
「いよいよ、だな」
今度こそマグフェルト・パトフォーは私と対決することになる。“これ”はその挑戦状として、充分なものだろう。彼が目指す帝国の、強大な力を奪ったのだ。
私は第4兵団の制服を脱ぎ、最初に着ていた服を身に纏う。拾った自分の剣を鞘に戻し、荷物をまとめると、長官室を後にした。
後から知ったが、ヴィクターたちは妨害や追撃を受けることなく、クリスター政府に逃げることが出来た。そして、彼女たちは全員、クリスター政府によって保護された――




